第19話

「流石にそれは……」


 可愛い彼女の願いである。


 出来る事なら叶えてやりたいが、女装デートは抵抗がある。


 普通に恥ずかしいし、女装なんか似合うわけがないし、万が一にも女装バレしたら社会的に死亡する。


 一方で、佳子は余程裕太を女装させたいらしく、かなりしつこく食い下がってきた。


「なんでもするって言ったのに……」


 未練がましく訴えたり。


「裕太君はドMだから、やってみたら絶対に気に入るはずだわ!」


 根も葉もない言いがかりをつけてきたり。


「中性的な顔立ちだから化粧映えしそうだし、身体つきも華奢だからバレっこないわよ! 私に任せてくれたら、絶対にその辺の女の子より可愛くする自信があるわ!」


 根拠のない自信を示してみたり。


「私達が誰にもバレずにデートするには必要な事でしょう? これなら人前で堂々とイチャイチャ出来るわ!」


 合理的な理由を提示してみたり。


「男の子が本気で恥ずかしがっている姿が私の性癖だという事は裕太君だって知っているでしょう!? どうしても見たいの! 女装して恥ずかしがっている裕太君の姿が! 見たい見たい見たい! そんな裕太君をあっちこっち連れまわして、あぅあぅしている姿を愛でたいのよ!?」


 身も蓋もない事を言って逆ギレしてみたり。


「お願いよ! この通り! 女装デートしてくれたら私も裕太君のお願いをなんでも聞くわ!」


 恥も外聞もなく土下座してみたり。


「試すだけ試してみましょう! それでダメだと思ったら私も諦めるわ! お願いお願い! ほんのちょっと、先っちょだけ! ね?」


 定番のボケを入れつつ拝み倒して来たり。


 そこまでされたら、流石の裕太も嫌とは言えなかった。


「……うぅぅ……。そこまで言うなら……。ちょっと試すだけだよ?」

「いぃぃやったぁあああああああああ!」


 歓喜のあまり、佳子はその場で昇竜拳を放った。


 バルンと大きな胸が宙で揺れる。


 事後なので、二人とも裸だった。


 なにやってるんだろうと心底思う。


「それじゃあまずはおパンティーから! どーれーにーしーよーおーかーにゃ~ん♪」


 ウキウキで佳子はタンスを漁るのだが。


「ちょっと待って!? 女物の下着はやだよ!?」

「どうして?」

「どうしてって……。普通に恥ずかしいし、変態になっちゃうでしょ!?」

「だからいいんじゃない! 嫌がる彼氏に無理を言って女物の下着を履かせる……。これぞ女のロマンだわ! はぁ……。想像するだけで濡れてきちゃう……」


 ウットリすると、佳子はゾクゾクと身体を震わせた。


「うわぁ……」

「な、なによ!? 裕太君だって男勝りなボーイッシュ系の女の子にフリフリの可愛い服を着せて恥ずかしがっている姿を見るのは癖でしょう!? いい歳をした大人の女の人に女児服を着せて恥ずかしがっている姿の二次創作をふぁぼりまくっていたじゃない! それと何が違うって言うのよ!」

「……悔しいけど、なにも反論できない……」

「でしょう? そういう事よ! これは至ってノーマルな普通の性癖だわ。それに、私はなにも個人的な癖だけで裕太君に私のパンツを履かせたいわけではないの」

「しかも佳子ちゃんのパンツなの!?」

「私もどうせ履かせるなら自分のを履いて貰いたいし。それを後で自分で履いたら一粒で二度美味しいわ。裕太君だって好きでしょ? こういうの」

「べ、別に好きじゃないけど……」


 サッと裕太は視線を逸らすのだが。


「異議あり! 嘘をついても無駄よ! おちんちんの反応を見れば一目瞭然なんだから!」

「ち、違うもん! 僕の意思とは関係なく、勝手に動いちゃうんだもん!」


 真っ赤になって股間を隠す裕太を見て、佳子は熱っぽく息を荒げる。


「はぁ、はぁ、はぁ……。これよこれ。こういうのを見たかったの。最高だわ裕太君。可愛すぎるわ裕太君……。ていうか、エチチな漫画でよく男の人が女の人にゲヘヘヘ、下のお口は正直みたいだな! みたいなシチュエーションよく見るけど」

「見るかなぁ……」

「見るの! とにかくよ? 私が思うに、男の子の下の棒の方がよっぽど正直じゃないかしら?」

「……それは否定しないけど。女の子が男の子におーっほっほ! 口では嫌がってても下の棒は正直みたいね! とか言ってるシチュエーションイヤじゃない?」

「私は普通に萌えるけど。裕太君の下の棒もイヤがってるようには見えないのだけれど、むしろ自分で言って興奮しちゃっているように見えるのだけれど?」

「もうやだぁ! 見ないでよ!」


 佳子の言う通り、正直すぎるおちんちんのせいで些細な嘘すら看破されてしまうらしい。


「とか言って、本当は満更でもない癖に……。そんな所も愛らしいのだけれど。それで、話が脱線したのだけれど、女物のパンツを履くのにはちゃんとした理由があるのよ。なにかの拍子でパンチラして男物の下着を履いていたら、それこそ女装してますと白状するような物でしょう? 女装バレを防ぐ意味でも、裕太君は私のパンツを履くべきなのよ!」


 ビシッと謎のポーズを取り、「我ながら完璧な理論ね」と佳子が呟く。


「……まぁ、それはそうかもしれないけど」

「でしょ? と言う事で、早速履きましょう!」

「ちょ!? 無理だよこんなの!? ほとんど紐だし、スケスケな上に際ど過ぎだよ!? ていうか佳子ちゃん、こんなパンツ持ってたの!?」

「持ってたの。一応勝負下着のつもりで買ったのだけれど。たまに学校に履いて行って密かにスリルを味わっているわ」

「えぇ……」

「とか言ってチンピクしている癖に。私は何も、裕太君を辱めたいという理由だけでこの下着を選んだわけではないのよ?」

「もはや辱めたい事は否定しないんだね……」

「性癖には素直になった方がお互いに楽だもの。で、理由なのだけれど……」


 と、急に佳子は恥ずかしがってもごもごした。


「……その。男の子と女の子ではどうしても体型が違ってしまうし。その中でも、私は少しだけ、ほんのちょっと平均よりもお尻が大きな部類だから……。普通のパンツではお尻が余ってしまうと思うのよ……。紐パンなら、色々と調整が効くでしょう? って、今の話のどこに興奮する要素があったのかしら?」


 正直者の裕太を見て、佳子が首を傾げる。


「僕だって佳子ちゃんが恥じらってる姿は性癖だし……」  

「それはまぁ、嬉しい事ではあるのだけれど……。とにかくそういうわけだから。ほら、あんよを出してちょうだいな」


 紐パンを両手で広げ、佳子が足元にしゃがみ込む。


「い、いいよ! 自分で履くから!」

「あ。履いてはくれるのね」

「うっ……。だって、一応それなりに理由はあるみたいだし。べ、別に僕は女物の紐パンなんか履きたくないんだからね!」

「その割に――」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ! 聞こえないし聞きたくない! 僕にだって羞恥心はあるの! お願いだから言わないで! 見ても知らない振りをして!」

「くぅぅぅっ……。私の彼氏、可愛すぎぃ……」


 それこそ、どこに可愛い要素があったのか。


 佳子は気持ちよさそうにブルブルを身悶えした。


 ともあれ佳子から紐パンを受け取る。


 それだけで、裕太はイケない事をしている気分になった。


 サラサラとした紐パンは羽のように軽く、酷く心許ない。


 心臓が、初エッチの時みたいにバクンバクンと鼓動していた。


(ぼ、僕は変態じゃない! 本当だぞ! こ、これは緊張してるだけ! 誰だってこうなるよ!)


 謎の後ろめたさに言い訳しつつ、裕太はぎこちなく佳子の紐パンに足を通した。


 ポロポロと、胸の中にある大事な物が崩れていくような感覚に襲われる。


「……うぅぅぅ。これ、想像以上に恥ずかしいよぉ……」


 尊厳破壊と言っても大袈裟ではないダメージを受け、裕太は顔を覆った。


「ああああああああ! がわいずぎるうううう!」


 佳子はバケモノみたいな声をあげ、パシャパシャと携帯で画像を撮りまくった。


「ちょ!? 佳子ちゃん!? なにやってんの!?」


 慌てて裕太は女の子みたいに身体を隠した。


「き、記念に! あまりにも可愛いから! 可愛すぎるから! 後でその、ごにょごにょする時、使おうかと!」

「ダメ! 消して! こんなの誰かに見られたら生きていけないよ!?」

「え~!」


 物凄く不満そうな顔で佳子は言うのだが。


「え~! じゃない! 本当にダメ! 流石にそれはライン越え! どうしても見たいならたまに履いてあげるから!」

「本当!?」

「うっ。やっぱり今の取り消しで……」

「ダメ! 画像を許してくれるかエッチの時にたまに履いてくれるか、二つに一つ!」


 余計な事を言ってしまったと後悔しつつ、渋々裕太は後者を選んだ。


「……ていうか佳子ちゃん。これ、全然収まってないんだけど。完全にはみ出しちゃってるんだけど……」

「それは裕太君が興奮しているからでしょう? 通常モードならギリ収まるわよ」

「佳子ちゃんとデートしてたら、絶対何回か勃っちゃうと思うんだけど……」


 もごもごと裕太は言うが。


「エッチ抜きの健全なデートをするんでしょう? 興奮する要素なんかどこにもないはずだわ」


 分かっている癖に、佳子はそんな事を言う。


 でも、それを言われたら裕太も反論出来なかった。


「それはまぁ、そうなんだけど……」

「でもまぁ、お毛々がはみ出してしまっているのは問題よねぇ?」

「じ、ジロジロ見ないでよ!?」

「見るなと言われたら余計に見たくなってしまうのが人の業よ! という事で、ついでに全部剃っちゃいましょうか」

「い、いいよ。恥ずかしいし……」

「ダメよ! どこの世界にそんな際どいパンツを履いてお毛々をもじゃもじゃにしている女の子がいるの! 折角女物のパンツを履いてもこれでは台無しだわ! 紐パン履いてお毛々剃らずよ!」

「いや、諺みたいに言われても困るけど……。剃ってもいいけど自分でやるよ……」

「え~!」

「いや、絶対佳子ちゃんが剃毛プレイしたいだけでしょ……。今日剃ってもデート前にまた剃らなきゃだし……」

「それはそうだけれど……。いいの? こんなに可愛い彼女にお毛々を剃って貰う機会なんて滅多にないわよ?」


 正直に言うと心惹かれる物がないわけではない。


 だが、裕太はグッと堪えてプイっとそっぽを向いた。


「要りません」


 さっきから佳子には押されてばかりである。


 ちょっとくらい反抗しないと、彼氏の威厳がなくなってしまう。


 もはやかなり手遅れなきもするが。


 そんな裕太を見て、佳子はサァーッと青ざめた。


「ゆ、裕太君? もしかして、怒っちゃった? ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったの! あぁ、私がバカだったわ! 裕太君が私の為に女装デートに付き合ってくれる事が嬉しくて! 私の為に履きたくもない女物の紐パンを恥じらいながら履いてくれる姿があまりにも可愛すぎて、テンションがおかしくなってしまったの! つい調子に乗ってしまったのよ! イヤなら全部白紙に戻すわ! デートだってしなくていい! だからお願い! 私の事、嫌いにならないで!」


 半泣きになって縋りついてくる。


「お、大袈裟だよ! ちょっと拗ねただけ! 僕も佳子ちゃんとはデートしたいし! こんな事で嫌いになんかならないから! そんな事で泣かないでよ!」

「ならいいのだけれど……。ごめんね裕太君。裕太君があまりに優しくて、可愛くて、素敵過ぎるから……。あまりにも理想の彼氏過ぎるから……。私時々、自分の制御を失ってしまうの。調子に乗って、ついやり過ぎてしまうのよ……。それで後で一人になってから物凄く後悔するの。なんであんな事を言ってしまったのだろうって。裕太君に嫌われてないかしらって……。不安で不安でたまらなくなるのよ……。だからお願い。そういう時はちゃんと言って。私の事を嫌いになってしまう前に、調子に乗るなと釘を刺して。別人みたいに怖い顔で凄んで、蹴ったり叩いたりしてもいいわ……」

「最後のはちょっと性癖出ちゃってない?」

「だって……。私だって裕太君と同じくらいにはMっ気があるし……。たまには私も乱暴にイジメられたいんだもの……」

「善処します……」


 なんてやり取りをしつつも、裕太女装化お試しプランは進行した。


 ブラの着用でひと悶着あったり(パンツと同じような理由で結局付ける事になった)。


 ゴスロリなんか恥ずかしいよ! と揉めたり(男の骨格を誤魔化すには丁度いいらしい)。


 ドロワーズを履くなら紐パン履く意味なかったじゃん! と揉めたり(勢いで誤魔化された)。


 ウィッグをどれにするかで揉めたり(地味なのでよかったが、佳子の希望でツインテールになった)。


 初めてのお化粧でドキドキしたり(学校ではそんなに化粧をしていない癖に、佳子は妙に上手かった。ちょっと厚化粧だったが)。


 そんなこんなでついに裕太の女装は完成した。


「最後にマスカラをつけて……完成よ! はい鏡」


 佳子が三面鏡を向ける。


 そこに映る姿に、裕太は呆気に取られた。


「……嘘。これが僕? 別人みたい!?」

「それはそうよ。万が一学校の人にエンカウントしても特定されないよう、裕太君とは分からないようにメイクしたんだもの。この出来なら裕太君のお母さんだって見分けられないと思うわ! なにより、物凄く可愛いでしょう?」

「可愛い……。凄く可愛い! ちょっと地雷系っぽいけど……。僕じゃないみたい……」


 本当に、どんな魔法を使ったのか。


 女装した裕太は普通に美少女で通用しそうなゴスロリ少女に変身していた。


(……これは、不味いぞ。すごく、不味い……。こんなの絶対変なのに、すごく嬉しい……。楽しくて、ワクワクして、顔がニヤけちゃうよ……)


 鏡に映る美少女に見惚れながら、裕太は夢中になって笑ったりウィンクしたりアヒル口をしてみたり。


「うふふふふ。気に入ってくれたみたいで嬉しいわ」


 ガシっと両肩を掴まれ、裕太の心臓が飛び跳ねた。


「べ、別にそういうわけじゃないよ! 佳子ちゃんのメイクが凄いから、感心してるだけって言うか……」

「恥ずかしがらなくてもいいのよ? 女の子だってメイクして、普段より可愛い自分になれたらワクワクするもの。男の子がそうなっていけない理由なんかどこにもないわ」

「ち、違うってば! 本当に、そんなんじゃないから……」

「本当かしら? 下の方についている、正直者の裕太君に聞いてもいいのだけれど?」


 ねっとり言うと、佳子の右手がするすると、蛇のようにスカートの中へと潜り込む。


「だ、だめぇ!?」


 慌てて裕太は拒絶した。


 心臓が弾けそうな程ドキドキしていた。


「お願いだから、意地悪しないでぇ……」


 半泣きになって裕太は言う。


 ドロワーズの内側では、正直者の裕太が紐パンから大きく身を乗り出していた。


 バレバレなのは分かっていたが、それを佳子に知られるのが恥ずかしかった。


 恥ずかしくて恥ずかしくて、泣いてしまいそうだった。


 まるで心まで女の子になってしまったみたいに、裕太は心細い気持ちになっていた。


 対照的に佳子の目は血走って、飢えた狼の形相になっていた。


「は? なにそれ。誘っているの? そんな事を言われたら、襲いたくなってしまうに決まっているでしょう!?」

「ぁむ――佳子ちゃん――ら、らめぇええええええ!?」


 乱暴に唇を奪われて、その後メチャクチャエッチした。

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