第13話

『文芸同好会の部室に行きましょう』


 それが佳子の秘策だった。


 確かに、それならば人目を気にせず二人で昼食を食べられる。


 ……それに、イチャイチャなんかも出来ちゃったりして。


 流石にそれはマズいだろう。


 分かっていても、否応なく身体が勝手に期待してしまう裕太である。


『天才! 流石内田さん!』

『そうでしょうそうでしょう。自分で言うのもなんだけど、私は結構切れ者なのよ。彼氏を作ると決めた時から、この日の為に密かに準備を進めていたの。私のような冴えない地味子に彼氏が出来たと知られたら悪目立ちしてしまうわ。それに私、こう見えて甘えたいタイプなの。折角同じ学校に彼氏が居るのにイチャイチャ出来ないなんて絶対イヤ。そんなのもどかしいし勿体ないわ。だから人目を忍んでイチャイチャ出来る秘密の拠点を作る事にしたの』

『確かに、文芸同好会に入りたがる人はなかなかいないもんね』

『そういう事。さぁ、時間が勿体ないわ。私が先に出ていくから、松永君は時間差で部室に向かって。一応念の為、怪しまれないようさり気なくよ』

『ラジャー! なんかこういうのワクワクするね』

『そうなのよ! これは予想もしていなかったのだけど、秘密の関係というのはなんだかワクワクするものね。クラスのみんなは誰一人として私達が付き合っている事を知らないわ。それどころかエッチまでしているなんて、想像も出来ないでしょうね。うふ、うふふふ、うふふふふ。楽しくて頬がニヤケてしまいそう。それじゃあ行くわね』


 携帯をしまうと、おもむろに佳子は窓の外へと視線を向ける。


「……良い天気ね。こんな日は外で食べるのも悪くないかしら」


 わざとらしく呟くと、佳子は弁当を手に立ち上がった。


 漫画キャラみたいにふぁさりと長い黒髪をかき上げると、ウキウキした様子で教室を出ていく。


『どうかしら。かなりさり気なかったと思うのだけれど』


 ピースサインの絵文字までついていたのだが。


『いや、物凄く目立ってたよ』

『WHY!?』

『何人か見てたし。今のなに? って雰囲気になってるかな……』

『そんな……バカなッ!?』


 バカは佳子である。


 でも、裕太からすればそんな所すら愛らしい。


『ど、どどど、どーしましょう!? 折角の作戦がバレてしまわないかしら!?』

『う~ん。大丈夫じゃない? なんかみんな、まぁ、いつもの事か、みたいな感じで納得してるし』

『ニャッ!? なんでよ! おかしいでしょう!? それではまるで、私が常日頃奇行を行ってる不思議ちゃんみたいじゃない!』

『まぁ、どちらかと言えば不思議ちゃんよりではあるよね』

『………………(ぴぇん)』

『気付いてなかったんだ……』


 常日頃という程ではないが、佳子が時々変な挙動を見せるのは事実だった。


 アニメや漫画のキャラに被れたと思われる振る舞いや独り言など。


 元ネタが分かる裕太としては、面白い子だなくらいに思っていた。


『恥ずかしい……。恥ずかし恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかし恥ずかし恥ずかしい恥ずかし恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかし恥ずかし恥ずかしい恥ずかし恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかし恥ずかし恥ずかじいいいいいいい(じたばた)』

『あははは。僕は好きだよ。内田さんのそういう所』

『………………ならいいのだけど。寂しいから、早く松永君も追って来てね』

『ラジャー!』


 そんなわけで、裕太も後を追う事にした。


 さり気なく弁当箱を懐に隠し。


「あ、あれ? なんか急に、お腹痛い!」


 そのままお腹を押さえて教室を飛び出す。


『どう? 上手く行った?』

『完璧』

『流石松永君だわ!』


 実際は、なんだあいつ? とめちゃめちゃ目立っていた。


 まぁ、佳子同様に裕太も不思議君のポジションだったのでそんなもんかと納得されたが。


 知らないのは本人達だけである。


 ともあれ裕太は文芸同好会の部室に急いだ。


(内田さんとお昼! 内田さんと話せる! 内田さんとイチャイチャ出来る!)


 そう思うと一秒だって無駄には出来ない。


「内田さんお待たせ――うぁっ!?」


 勢いよく扉を開けると、待ち構えていた佳子が裕太に抱きついた。


「松永君……。大好き……」


 両手でギュッと抱きしめながら、裕太の胸元にグリグリ顔を押し付けて、クンカクンカ、スーハースーハー、ハスハスハスと匂いを嗅ぐ。


「ま、まって内田さん……。ドア、閉めないと……」

「無理……。待てない……。この時を、私は昨日から待っていたの。教室に松永君がいるのに、目も合わせられなければ声もかけられない。辛かったわ……。辛くて辛くて気が狂いそうだったの……。もう私、松永君なしじゃダメみたい……。こうして松永君の成分を補充しないと、切なくて窒息してしまうわ……」


 さながら佳子は、飢えた獣のようだった。


 必死になって裕太にしがみつき、貪るように匂いを嗅いでいる。


 それでいて、佳子は三ツ星レストランのメインディッシュを味わうみたいにじっくり裕太の匂いを堪能していた。


 お腹いっぱい吸い込むと、はふぅ~っと幸せそうに息を吐く。


 満足するのは一瞬で、またすぐに裕太に飢えてハスハス、スーハー。


 嬉しくて裕太は震えた。


 これ程までに誰かに強く求められるのは初めてだ。


 ただ匂いを嗅がれているだけなのに、愛撫されているみたいに感じてしまった。


 それでもなんとか理性を保ち、後ろ手にドアを閉める。


 幸い、文芸同好会の部室は五階にあって、外から見られる心配はない。


「……僕も大好きだよ」


 スッと佳子のお尻に手を回し、モニュモニュと捏ね回した。


「ぁん……。くすぐったいわ……」


 恥ずかしそうに佳子が上目遣いを向けて来る。


「内田さんが嫌ならやめるけど……」

「……いやじゃないけど。松永君、お尻が好きなの?」


 恥ずかしくなり、裕太の手が尻から離れた。


「……そういうわけじゃないけど」

「照れなくていいのよ。私達、付き合っているのだもの。遠慮なんかしないでちょうだい。私も遠慮しないから。むしろ松永君に遠慮されたら、私も遠慮をしてしまうわ。それって凄くまどろっこしいでしょう?」


 言いながら、佳子の手が裕太の手を、さぁ揉めと言わんばかりに尻へと誘導する。


「……別に、お尻だけが好きってわけじゃないけど。おっぱいとかお腹とか、他にも好きな所は色々あるけど……」

「お腹も好きなの???」


 言い訳している内に我慢できなくなり、ムニュっとお尻を揉んでしまう。


「内田さんのお尻が特別なんだ! だってこんなに大きくてムッチリしてて柔らかいんだもん! こんなの僕でなくたって揉みたくなっちゃうよ!」

「松永君以外の男には揉ませないわよ」

「当たり前だよ! そんなの絶対許さない! 内田さんのお尻は僕の物だ!」


 思わず佳子の尻を揉む手に力が入る。


「痛い! 痛いわ! 松永君!?」

「ご、ごめん!? 内田さんのお尻が最高過ぎて、つい……」

「怖かったわ……。それにすごく痛かった……。正直感じてしまったわ……」

「え?」


 恥ずかしそうに佳子が視線を逸らした。


「……認めたくないのだけれど。こんな事を言うのは恥ずかしいのだけれど。でも、今後の為にも素直になるわ。どうやら私、ほんの少し、本当にちょっとだけ、小さじ四分の一くらい、Mっ気があるみたい……。もちろん、松永君の前だけよ! 松永君が特別なの! 松永君があまりにも素敵だから、ついついMっ気が出てしまうだけ。ただそれだけなのよ……」


 チラチラと、上目遣いで佳子が顔色を伺った。


「……ごめんなさい。今のは流石に、気持ち悪かったかしら……」

「まさか全然!」


 再びガシっとお尻を鷲掴みにし、ギリギリと指に力を込める。


「あぁぁ!? 痛い、痛いわ松永君! お尻が取れてしまいそう!」

「でもいいんでしょ? 痛いのがいいんでしょ? 内田さんはドMだから」

「言わないで! ちょっとだけ、ちょっとだけよ!」

「嘘だね。こんなの全然ちょっとじゃないよ。お昼休みの学校で、彼氏にお尻を痛いくらい揉まれて気持ちよくなってるなんて、そんなの完全に変態だよ」

「いや、いや、いや……。お願いだから嫌いにならないで……」

「なるわけないよ。最高だよ。可愛すぎるよ内田さん。エッチ過ぎるよ内田さん。お陰で僕もちょっとだけ、爪の先だけSになっちゃいそう。内田さんに意地悪するのが好きになっちゃいそう……」


 ギリギリと抓るように尻を揉みながら、グリグリと硬くなったモノを押し付ける。


「あぁん、ダメよ松永君……。それ以上は……」

「そんな事言って本当は良いくせに。全然ダメな顔してないじゃないか」

「そうだけど、そうだけれど……でもダメなの、これ以上はダメなのよ……」

「どうして? 理由があるなら言ってみてよ」


 赤くなった耳元を噛むようにして裕太が囁く。


 もう止まらない止められない。


 裕太は完全に発情し、火が付いていた。


「ダメだってば」

「フギャァッ!?」


 いきなり乳首を抓まれて裕太はその場から飛び退いた。


「な、なにするのさ!?」


 胸を押さえて裕太は尋ねる。


 乳首なんか親にだって抓まれた事がない(あったら怖い)。


 当然耐性もゼロで、かなり衝撃的な体験だった。


「流石に学校でエッチはダメよ。それに、あんまりイチャイチャしていたらお弁当を食べる時間がなくなってしまうわ」

「ぁ、はい」


 まったくもってその通りである。

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