第14話
そんなわけで、普通にお弁当を食べる事になったのだが。
「えぇええええ!? 内田さん、僕の為にお弁当作って来てくれたのぉおおおお!?」
驚きと嬉しさで、裕太は腰が抜けかけた。
「彼氏を作る上で、手作りお弁当イベントは一度はやってみたいと密かに憧れを持っていたの。昨日は興奮してよく眠れなかったし……。それでついハイになってしまって……。せっかくだからここで実績を解除してしまおうと思って作ってしまったのだけど……。付き合って二日目でこんな事をしたら重い女と思われてしまうかしら……」
直前まであんなにウキウキしていた佳子は、いざ弁当を取り出すと急にモジモジと恥ずかしがりだした。どうやら自分の行いを行き過ぎだったと後悔しているようである。
実際、付き合って二日目で手作り弁当はかなり重い女の部類だと思われるが。
「そんな顔しないでよ! 僕は凄い嬉しいし、重い彼女も大好きだから! 僕だって、彼女の手作りお弁当イベントには憧れてたし!」
「本当? そう言ってくれるとホッとするのだけど……。松永君の事は事前に色々リサーチしているとはいえ、まだまだ未知な事だらけだから……。変な事をして嫌われないか心配になってしまうわ……」
「こんなに可愛い彼女が僕の為に寝る間も惜しんで手作りのお弁当を作って来てくれたんだよ!? 嫌いになる理由なんかどこにもないよ! むしろ惚れ直して、余計に好きになっちゃったよ!」
大興奮の裕太に佳子は頬を赤らめた。
「食べる前からそんなに喜ばれたら困ってしまうわ……。一年生の時に多少は練習したのだけれど、まだまだ大した腕ではないの……。本当はもっと上手くなって、絶対に喜んで貰えると確信が持てるようになるまで待つつもりだったのだけど……。なぜだかどうにも我慢が利かなくて作ってしまったの……。だから、その……。美味しくなかったらごめんなさい……。その時は、無理に食べなくていいからね?」
自信なさげにチラチラと、上目遣いを向ける佳子がいじらしい。
それだけで、裕太の胸はこってりとした幸福感で満たされた。
「それは無理かな。だってこんなに可愛くて素敵な彼女が作ってくれたお弁当なんだもん。絶対美味しいに決まってるし、もし仮にそうでなかったとしても、嬉しくて全部食べちゃうと思うな。っていうか食べるよ! どんな味でも絶対食べる! そうじゃなきゃ、折角作ってくれた内田さんに申し訳ないし!」
「松永キュン……」
佳子はキュンとしたように胸を押さえ。
「その、気持ちはとても嬉しいのだけど……。それだけで作ってきた甲斐があったと思えるのだけど……。だからこそ、無理して食べて身体でも壊されたら嫌だわ……。だから本当に、マズかったら残していいのよ……」
「平気だってば! 僕、お腹は丈夫な方だと思うし。っていうか内田さんも練習したんでしょ? 絶対そんな事にはならないって!」
佳子が不安になればなる程、裕太の決意は固くなる。
どれ程マズくても絶対に顏には出さず、美味しい美味しいと言って完食しようと心に決めた。
「あっ……。でも、困ったな。僕、自分のお弁当もあるんだった……」
こんな事になるとは思っていなかったから、いつも通り母親の作った弁当を持って来ている。折角母親が用意してくれた弁当を残すのは忍びない。
でも、そんな事を言ったら佳子が気にするかもしれない。
「だ、大丈夫だよ! 僕だって一応食べ盛りの成長期だし! 内田さんのお弁当を食べた後でも、もう一個くらいはいけると思う!」
慌ててフォローするのだが、正直ちょっとキツそうだ。
裕太はインドア派の帰宅部で、身体だって華奢な方だ。
同世代と比べたら、食は細い方だろう。
「そこは心配しなくて大丈夫よ。松永君がお弁当を持って来ているのは知っているから。松永君のは私が食べるわ。そうすれば松永君のお母さんの味も知れて一石二鳥でしょう?」
裕太は首を傾げた。
「なんで僕のお母さんの味を知れたら一石二鳥になるの?」
「私の調べた所によると、男の子はお母さんの味に弱いらしいわ。それを盗む事が出来たなら、松永君の胃袋を掴んでこの関係を長続きさせる役に立つでしょう?」
「えぇ……」
ニッコリと告げる佳子を見て、裕太はゾワっとした。
まさかそこまで考えていたなんて。
佳子も気付いたのだろう。
「ご、ごめんなさいっ……。今のは流石に重すぎたわね……。その、どうせ食べて貰うなら松永君に喜んで欲しくて、幸せな気持ちになって欲しくて、私の事をもっと好きになって欲しくて……それで、それで……。あぁ! 言えば言うほど重くなってしまう!? キモくなってしまうわ!? ごめんなさい! やっぱりお弁当交換はなしにしましょう!?」
机に出したお弁当を取り返そうと佳子が手を伸ばす。
裕太はサッと胸元に佳子のお弁当を引き寄せた。
「ダメ! これはもう僕の物なんだから! 確かに今の発言は重かったけど。普通の人ならちょっと引いちゃいそうなくらい激重だったけど」
「いや、いや、言わないで!? 今のは間違い、忘れてちょうだい!」
「忘れないよ。それに、間違いにしないでよ。言ったでしょ? 僕、重い女の子がタイプなんだ。それとも、内田さんが好きだから重い子が好きになっちゃったのかな? だから平気。むしろ嬉しい。嬉しすぎてゾワっとしちゃった」
「うぅぅ……。それならばいいのだけれど……。松永君を彼氏に選んで良かったわ……。並の男なら、今のできっとドン引きされて、嫌われていたもの……」
「僕だって、内田さんに選んで貰えて良かったよ。お弁当一つでこんなに幸せな気持ちにして貰えるんだから」
ニコリと微笑む裕太を見て、佳子はニヘラと頬を蕩けさせた。
「松永キュン……。好き」
「僕だって大好きだよ」
「私の方がもっと好きよ」
「僕はその倍好きだもん」
「じゃあ私はその倍の倍!」
「キリがないから食べようか」
「そうね……。はぁ……。なんだかこれだけでお腹が膨れてしまいそう……」
佳子がウットリと溜息を吐き、お互いに弁当を開いた。
「わぁ! 凄い! 美味しそう! それに綺麗だし! こんなの絶対美味しいに決まってるよ!」
四角いお弁当は半分に区切られ、一方は唐揚げや玉子焼き、アスパラのベーコン巻きやミニサラダが綺麗に盛り付けられている。もう一方は白米だが、ピンク色のふりかけで大きなハートが描かれていた。
「それに僕、このピンク色の甘い埃みたいな奴大好きなんだ!」
「桜でんぶね。松永君のお弁当によく入っているのを見かけたから入れてみたのだけれど」
変な例えが面白かったのだろう。佳子がクスリと笑う。
「松永君のお義母様のお弁当も素敵だわ。色良し、バランス良し、香りよし。食べる前から絶対に美味しいって分かるもの。おかずの品数も多いし……。分かってはいた事だけれど、当たり前の事ではあるのだけれど……。これを盗むのは中々に骨が折れそうだわ。しかもこれを毎日だなんて……。恐れ入るわ……」
探究者の眼差しで佳子が弁当を観察する。
「内田さんは無理しなくていいんだからね! お弁当を作ってもらいたくて付き合ってるわけじゃないし! 気持ちはすごく嬉しいけど、うちは普通にお母さんが作ってくれるし! こういうの負担になって内田さんが疲れちゃったらイヤだから! 僕も申し訳ない気がしちゃうし! ていうか、今度お礼するよ! 僕も内田さんにお弁当を……作るのはちょっと無理そうだから、なにか別の事で!」
「ふふふふ。安心して頂戴。私も流石に毎日お弁当を用意する気はないわ。そうしたい気持ちはあるのだけれど。将来的にはそうしたいと思っているのだけれど。早起きしてお弁当を作るのって思っていたよりも大変だから。分かっていたつもりではあったのだけれど、改めてお母さんの凄さを実感したわ……。ふぁぁぁぁ……」
気が抜けたのか、佳子が小さく欠伸をする。
「そ、そうだね……」
裕太はちょっとドキッとした。
将来的にはそうしたいと思っているのだけれど?
それってつまり、結婚を視野に入れているという事なのだろうか?
いやまさか!
でも、佳子はこの通り激重だし……。
だったらいいなと裕太は思った。
裕太は裕太で結構重い男なのだった。
「それじゃあ食べましょうか」
「うん」
「「いただきま~す!」」
二人で手を合わせて箸をつける。
その行為だけで裕太は幸せな気持ちになった。
いつもは寂しいボッチ飯だ。
別に一人で食べるのがイヤなわけではないけれど。
クラスメイトがみんな楽しそうにワイワイお昼を食べている中でのボッチ飯は物悲しい。
気まずくて、よく味わいもせず急いで食べて寝たふりをしてしまう。
裕太にとって、昼休みは少なからず苦痛を伴う時間だった。
それが今は、嘘みたいに幸せだ。
「美味しい! これ、凄く美味しいよ! 内田さん、料理上手だよ!」
母親の作る弁当と比べても遜色ない。
というのは流石に言い過ぎかもしれないが。
それでも裕太には世界一美味しいお弁当に感じられた。
きっとそれは、佳子が作ったお弁当だからなのだろう。
「松永君のお弁当も美味しいわ。私が食べてしまって申し訳ないくらい」
言いながらも、佳子は幸せそうにバクバクと弁当を頬張る裕太を眺めている。
「どうしたの? ほっぺにご飯でもついてるかな?」
「ううん。違うの。そうじゃないの。幸せなの。そんなに美味しそうに食べて貰えたら、頑張って作った甲斐があったわ」
幸せそうに佳子は言う。
「大袈裟だよ」
「そう思うでしょう? 私もそう思っていたの。どうしてラブコメのヒロインはやたらと相手に手作りお弁当を作りたがるのかしら。あんなの、どう考えても大変なのに。でも分かったわ……。頑張って作ったお弁当を好きな相手が美味しそうに食べているの見ていると、凄くいい気分になれるわ。幸せで、誇らしくて、嬉しくて、ウキウキする。頑張った甲斐があったって思えるの。頑張りが報われた気がして、それ以上の物があるわ……。毎日は大変だけれど、それはまだ無理そうだけれど、でも、その価値はあるって事が分かったわ……」
熱っぽい視線で見つめられ、なんだか裕太は切なくなった。
嬉しくて、恥ずかしくて、暖かくて、幸せで……。
ちょっとだけエッチな気持ちになってしまった。
なぜ!? と自分でも思うのだが。
なってしまったものは仕方がない。
「そんなに見られたら恥ずかしいよ……」
「いいじゃない。私は頑張ってお弁当を作ったのだから、恥ずかしがる松永君を視姦する権利くらいはあるはずだわ」
「それはそうだけど……」
佳子も気付いたのだろう。
先程まで暖かだった佳子の目は、いつの間にかジットリと淫靡な熱を帯び始めていた。
「ふぁっ!?」
唐突に股間を刺激され、裕太は甘い悲鳴をあげた。
机の下を見ると、佳子の足がピンと伸び、指先で裕太の股間をくすぐっていた。
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