第10話

 一度達した後だからか、二度目はかなり余裕があった。


 先程は入れた瞬間達してしまった裕太である。


 その事に負い目も感じていて。


(今度はちゃんと内田さんも気持ち良くしてあげなくちゃ!)


 と、手探りながら、不器用ながら、余裕の続く限り精一杯佳子を愛した。


 佳子は佳子で、道中のやり取りで精神的な前戯はすっかり済んだ状態だった。


 だから、入れた瞬間裕太が達してしまっても、その事実だけで達する事が出来ていた。


 それだけで満足出来るくらい、精神的には満ち足りていた。


 なのにそこから第二ラウンドだ。


 男と違って女の佳子には賢者タイムは発生しない。


 一回出して余裕が生まれた裕太とは違い、一度達した事で余計に敏感になっていた。


 感度三千倍は言い過ぎだが、それに近い状態だった。


 お陰で、裕太の願いは簡単に叶えられた。


 簡単すぎて少し不安になる程に、佳子は些細な事で甘い声をあげ、快感に悶えて幸福の彼方に達した。


 そうなると裕太も楽しくなってくる。


 非モテの僕が、さっきまで童貞だったこの僕が、初めての彼女を、こんなに愛らしい内田さんを、気持ちよくさせてしまっている。


 見た事もない顔をさせ、聞いた事のない声を出させ、イヤよイヤよと、もっともっとと、彼女自身知らなかった秘めたる顔を曝け出させている。


 もっと見たいと裕太は思った。


 もっと聞きたいと裕太は思った。


 もっともっと、僕の初めての彼女を、可愛い彼女を、気持ち良くして、幸せにしたいと思ってしまう。


 それで裕太はいっそう励み、佳子を快楽の高みへと押し上げた。


 自分の行為によって気持ちよくなっている幸せそうな佳子の表情が可愛すぎて、愛らしすぎて、程なくして裕太も達してしまった。


 途端に二人は電池の切れたロボットみたいに動きを止め、ひたひたのおひたしみたいにくったりとベッドに横たわる。


 はぁはぁと、まだ淫靡な余韻の残る熱っぽい吐息を吐きながら、夢見心地で佳子が呟く。


「……松永君の嘘つき」

「ぇ?」

「全然早漏じゃなかったじゃない……。物凄く逞しくて、男らしかったじゃない……。私の事をあんなにイかせて、私だけを一方的にイかせまくって、余裕の顔で腰を振っていたじゃない……。屈辱よ。恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうだったわ……」

「ご、ごめん……。さっきは情けない所見せちゃったから、その分を挽回しようと思ったんだけど……。イヤだった?」


 佳子はなけなしの力を振り絞って寝返りを打ち、裕太の腕に抱きついた。


「イヤじゃない。イヤなわけないじゃない。最高だったわ。最高オブ最高よ。最高オブザイヤー決定よ。佳子ちゃんセレクション金賞受賞よ」


 ウットリと、楽しい夢を反芻するような顔で佳子が言う。


 それで裕太もホッとした。


「僕もそうだよ。最高だった。エッチって凄いね。一人でするのとは全然違う。気持ちいいのもそうだけど、一人でするんじゃ得られない、二人でしか得られない栄養素がある気がするよ」

「分るわ……。凄く分かる。激しく同意よ。一人で得られるのは身体の快楽だけ。精神的な物は何も得られない。むしろ虚しくて、寂しくさえ思てしまう。二人なら、全てがあるわ……。心も体も満たされて、虚しさも寂しさも消えてしまう……。でも、悲しいわ。寂しくて、虚しい気分……」


 心細くなったのか、佳子の抱きつく腕に力が入る。


「……その気持ち、分かる気がするよ。こんなに幸せで良いのかなって不安になるって言うか……」


 天井をぼんやりと見上げながら裕太が呟く。


 その横顔をウットリ眺めながら、佳子は裕太の腕に頬ずりをした。


「……素敵だわ。それが分かってくれる人で。やっぱり松永君を選んでよかった」

「内田さんは、僕の事嫌いになってない?」

「なってない。なるわけないでしょ? どうしてそんな事を聞くの?」

「エッチしちゃったから。しちゃったら、もういいやってならないかなって……」

「……そんな奴に私が見える?」

「見えないけど。見えないけどさ。不安なんだ。勝手に不安になっちゃうんだ。さっきのエッチが幸せ過ぎて、内田さんと一緒に寝ているこの瞬間が幸せ過ぎて、余計な事を考えちゃうんだ」


 さっきまで、あんなに幸せだったのに。


 満たされて、幸福だったのに。


 気が付けば、理不尽な程の孤独を感じた。


「……私もそう」


 寂し気な裕太の横顔に告げると、佳子はうんしょと上の方に移動して、大きな胸で裕太の頭を抱きしめた。


「……私もそうよ。全くそう。幸せ過ぎて不安だわ。松永君が居なくなってしまわないか。この関係に興味を失くして、私の元を去ってしまうんじゃないかって」

「……そんな事にはならないと思うけど」

「分からないじゃない。私達は互いに好きでもなんでもないのよ? 非モテの処女と童貞が、お互いの欲望の為に手を組んだ、ただそれだけの関係じゃない。今はもう、処女と童貞ですらないじゃない……。特に男の子は、賢者タイムに入ったら醒めてしまうと言うし。一回ヤって冷静になったら、私なんかどうでもよくなってしまうんじゃないかって……」


 カチンときた。


 何故だか酷くムカついた。


 佳子の暖かく柔らかなマシュマロみたいに甘い匂いのする大きな胸に抱かれながら、裕太は両手で力いっぱい、佳子の胸に負けず劣らず魅力的な大きなお尻を抱きかかえた。


「ニャンッ!」


 佳子が甘い悲鳴をあげる。


 無視して裕太は尻を揉みまくった。


「ぁん、ま、松永君? く、くすぐったいわよ!?」

「確かめてるんだ。内田さんの事、どう思てるか。そんな必要なかったけど。そんな必要あるとは思えないけど。一応、念の為。男って、チンチンに左右されちゃう生き物だから。それは否定できないから……。だから今、確認してる。スッキリして、欲望を吐き出して、それでもまだ、内田さんの彼氏で居たいと思えてるか……」

「……どうだったの?」

「また勃ってきちゃった……」

「さっきあんなに出したのに!?」

「出したけど、まだ出るみたい。内田さんが相手なら、何度でも勃っちゃうみたい。だから、少なくとも僕のおちんちんは内田さんの事どうでもいいなんて思ってないと思う」

「……それはまぁ、嬉しいと言えば嬉しいのだけれど……」


 佳子は、そうじゃないだんよなぁ……と言いたげだ。


「僕は内田さんの事好きだと思う」

「ニャッ!?」


 腕の中で佳子が跳ねた。


「おちんちんとは関係なく、僕は内田さんの事が好きだと思う。好きになっちゃったんだと思う。……だから、少なくとも、僕は好きでもない相手と付き合ってるつもりはないよ。……エッチした後じゃ、説得力に欠けるかもしれないけどさ」


 ギュッとお尻を抱きしめる。


 掌に吸い付くような、そのまま中に取り込まれてしまいそうな、大きくてスベスベのムッチリとしたお尻だ。


 佳子も力強く裕太の頭を抱きしめた。


 大きくて柔らかくて良い匂いのするおっぱいを思いきり押し付けて、その中に取り込んでしまおうとでも言う様に。そして、スーハー、スーハーと、裕太の頭の匂いを美味しそうに嗅いだ。


「私だってそうよ! 私もそう……。松永君の事、好きになっちゃったかもしれない。ううん。本当は、ずっと前からそんな気がしていたの。私の告白を受けてくれる都合の良い相手を選んでいる内に、その候補を絞り込んでいる内に、松永君の事をもっとよく知ろうと観察している内に、とっくに好きになっていたのかも……」

「……だったらいいなぁ。もしそうだったら、すごく嬉しい。最高だよ」

「……でも、分からないじゃない。好きとか愛とか、よく分からないじゃない。私の好きが本当の好きなのか、松永君の好きが本当の好きなのか、そんなの誰にも分からないじゃない……。エッチをしたら分かるかもと思ったけど、余計に分からなくなってしまったわ……」

「どうして? あんなに最高だったのに」

「あんなに最高だったから。好きでなくてもまたしたいと思ってしまったから……。ただ松永君とエッチがしたいだけで、好きでもなんでもないのかもしれないじゃない……」

「一理あるね」

「そうでしょう? だから怖いの。私は松永君の事が好きだと思う。松永君もそうだって言ってくれている。でも、それは何かの間違いで、何かの勘違いかもしれない。そんな人ではないと思いたいし、実際に思っている筈なのだけれど、それでも怖いの。松永君がある日突然私の事を嫌いになるか飽きてしまって、彼氏ではない他人に戻ってしまう事が……」

「僕もそうだよ。内田さんが僕との関係に飽きてしまって、もっと別の素敵な相手を見つけてしまって、僕の事を捨ててしまうんじゃないかって気がして怖いんだ」

「そんな事ない! 絶対ないわよ!」

「僕もないよ。でも、そんな事、誰にも分からない。僕自身にも、内田さん自身にも。だから怖いんだ」

「怖い、怖いわ……。怖くて怖くて、消えてしまいそう……」

「怖いね。怖くて怖くて、叫びだしたくなるくらい」

「どうしたらいいのかしら……」

「分からないけど、幾つか言える事はあるかな」

「それはなに?」

「僕はもっと内田さんとエッチがしたい。お互いにそう思ってる内は大丈夫だと思う」

「……それはそうね。私ももっと、もっともっと松永君とエッチがしたいわ。あんな事やそんな事、普通の相手には言い出せないイケないプレイをしてみたいの」

「僕もだよ。それにさ、エッチ以外の事もしてみたい。内田さんが良かったらだけど……。普通のカップルがするみたいな、普通に好き合ってる恋人同士がしているみたいな、デートとか? 今すぐには思いつかないけど、そういうの色々、やってみたいな」

「もちろんよ! なにも私は、エッチだけがしたいから松永君に告白をしたわけじゃないわ! ただそれだけの理由で松永君を恋人に選んだわけじゃないの。それは大きな理由ではあるけれど、それでも星の数ほどある理由の中の、たった一つの事柄でしかないの」

「ならさ、大丈夫なんじゃないかな? 少なくとも、やりたい事がある内は大丈夫だと思う。それで、お互いにやりたい事を色々やって、恋人っぽい事を色々してみて、もうちょっと時間をかけて、本当に好きなのか確かめてみたらいいんじゃないかな。だって僕達、まだ付き合って一日も経ってないわけだし。焦る事、ないと思うよ」


 言われて佳子はハッとした。


「そう言われたらその通りね……。私達、まだ付き合って一日も経っていなかったのね……。濃密過ぎて、全然そんな気がしなかったわ……」

「エッチしちゃったしね」

「えぇ。エッチしてしまったものね」


 どちらともなく、共犯者の笑みで笑い合う。


「ねぇ、もう一回してもいい?」

「望む所よと言いたい所だけれど……。ごめんなさい。そろそろお開きの時間みたい」

「そっか。もう良い時間だもんね」

「ごめんなさいね……」

「謝らないでよ。むしろお礼を言いたいくらい。今日一日で、今までの人生の全部よりも楽しかったと思うから」

「私もそうよ。これまでの灰色が嘘みたいに輝いたわ。やっと今日から人生が始まったって感じがするもの。名無しのモブから主役になれた。そんな気さえするわ」

「そう思ってくれたなら光栄だけど。それじゃあ、行くね」

「名残惜しいけれど。本当は泊って行って欲しいくらいだけれど。でも、さよならね」

「また明日」

「また明日。あぁ、今から明日が待ち遠しいわ!」

「最後に一ついい?」

「なにかしら?」

「大好きだよ、内田さん」

「ヒュコポォッ!?」


 オタクの呻き声をあげると、佳子は真っ赤になって慌てふためいた。


「ず、ズルい、ズルいわ! ズル過ぎるわよ! そんなの反則、レッドカードよ!」

「ごめんね。どうしても言いたくなっちゃって。僕が内田さんを好きな事、分かってもらいたくて」

「わ、私だって大好きよ! むしろ私の方が好きなはずだわ! だって私は、一年生の頃から松永君の事を思っていたんだから!」

「それを言われると反論しにくいけど。時間がないから今日の所は引き分けにしとこうか」

「ズルい、ズルいわ! 絶対私の方が好きなのに! 好きで好きでたまらないのに!」

「ありがとう。こんな僕を好きになってくれて」

「こ、こっちの台詞よ! まさか松永君がこんなに素敵な人だなんて思わなかったわ!」

「エッチも上手いしね?」

「ぬぁっ! ちょ、調子に乗らないで! 確かに二回目はやられっぱなしだったけど、一回目は即イキだったし! それこそ精々引き分けよ! 次は私が主導権を握って松永君の事をイかせまくるんだから!」

「僕は内田さんも気持ちよくなってくれなきゃイヤだなぁ」


 呑気に笑うと、裕太は言った。


「じゃあ、本当に帰るね。このままじゃ無限に話しちゃいそうだから」

「……ぅん。気を付けてね……。そうだ! どうせなら、お家まで一緒に送っていくわ!」

「それはダメ。心配で、結局僕が送り返す事になっちゃうから」

「じゃあせめて、玄関まで!」


 言葉通りに送り出し、佳子は一人になった。


 部屋に戻ると、裕太の残り香が彼女を出迎えた。


「……寂しいわ。凄く寂しい。ようやく彼氏が出来たのに、独りの頃より寂しいくらい」


 ぽてりとベッドに倒れ込む。


 汗ばんだシーツには、裕太のフェロモンが濃厚に残っている。


 スーハースーハー、クンカクンカ、ハスハスハス……。


 寂しくて、寂しくて、ついつい佳子は嗅いでしまった。


 切なくて、切なくて、ついつい佳子の手は下の方へと伸びてしまった。


「仕方ないじゃない……。だってこんなに寂しいんだもの。切ないんだもの。……松永君の事が、す、す、す……好きになってしまったのかもしれないのだもの……」


 確信はまだないが。


 でもそう思う。


 そう思わざるを得ない。


 裕太もそうだったらいいのになと思う。


 あっという間に佳子は上り詰め、あと少しで達しようという時。


 ピンポーン!


「ひぁい!?」


 惜しい所で邪魔が入った。


 慌ててパンツをあげ、バタバタと玄関に向かう。


「どちらさま!?」


 苛立ち紛れにドアを開けると裕太がいた。


「ごめん。そう言えば、連絡先交換してなかったと思って……」


 照れ笑いを浮かべる裕太を見て、佳子も気付いた。


 エッチに夢中になってすっかり忘れていた。


 今後の事について後で話し合いたいと思っていたのだ。


「そうね! そうだったわ! ちょっと待ってて! 今携帯取ってくるから!」

「焦らなくていいけど……。なんか内田さん、エッチな匂いしない?」

「え!?」


 言われてつい、佳子は隠していた右手を見つめてしまった。


 生乾きの二つの指がてらてらと、意味深な光沢を纏っている。


 それで裕太は察したらしい。


「内田さん、もしかして――」

「まさか!? そんなわけないじゃない! 誤解しないで! これはその、えっと、あの、だから、違くて……」


 誤魔化しようがなく、佳子は真っ赤になって俯いた。


 そんな佳子がどうしようもなく愛らしくて、可愛くて。


 好きで好きで仕方なくて。


 裕太はつい、意地悪な笑みを浮かべてしまう。


「内田さんのエッチ」

「ヒィウッ!?」


 言葉の愛撫に蕩けると、佳子は涙目で裕太を睨んだ。


「だって、だってぇ……」

「いいよ。すごく良い。内田さんのそう言う所、大好きだよ」

「バカ、バカぁ……。嬉しいけど、嬉しいけれど! そんな事言われたら、切なくなってしまうじゃない……。エッチな気分になってしまうじゃない……」

「僕もだよ。内田さんのせいで、前を隠して帰らなくっちゃ」


 カバンを退かすと、裕太のズボンが膨らんでいた。


 可笑しくて、佳子は笑った。

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