第11話
「ふぁぁぁぁ……。眠いなぁ……」
翌朝。
裕太は大欠伸をしながら通学路を歩いていた。
結局昨日は遅くまで佳子とラインのやり取りをしていた。
これからの事や他愛のない事、お互いの趣味やエッチの感想。
好きな気持ち、切ない気持ち、エッチな気持ち。
色んな事を伝え合い、寝落ちするまでやり取りしていた。
その一晩でこれまでのラインのやり取りを全部合わせても超えるくらいのメッセージを送り合っていた。
お陰でこの通り寝不足だ。
その癖、目覚めた途端携帯に飛び付いた。
昨日の事が夢ではないと確かめるように、全てちゃんと現実だという事を確かめるように、彼女が出来た事を、エッチした事を確かめるように、ラインの履歴を確認した。
『おはよう松永君。早く会いたいわ』
『おはよう内田さん。僕も早く会いたいよ』
『好き』
『僕も大好き』
『私の方が大大大好き』
『僕はその倍大好きだよ』
佳子の方が先に起きたのだろう。
そして、裕太の返信をずっと待っていたのだろう。
一時間前のメッセージに返事をすると即既読が付き、そこから今に至るまで、途切れることなくメッセージをやり取りしている。
『不思議な気分。昨日と同じ朝なのに、そんな風には思えない』
『分るわ。こんなに素敵な朝は初めてよ。憂鬱でもないし、面倒でもない。昨日と同じ朝なのに、今まで何度も繰り返してきた普通の朝の一つなのに、とてもそうは思えない。誕生日やクリスマスの朝みたいに特別な気がしてしまうの。上手く言葉には出来ないけれど』
『良い朝だよね』
『そう! 良い朝なの! とても良い朝だわ! 今まで生きてきて一番の朝と言っても過言ではないくらいよ!』
『すごく眠いけどね』
『えぇ。すごく眠いわ。こうして松永君とラインをしていなければ居眠りをしてしまいそう』
『もう学校?』
『そうなのよ。失敗したわ。なんだか落ち着かなくて、いつもより早く学校に来てしまったの。バカな事をしてしまったわ』
『起こしてくれたらよかったのに。そしたら僕も早く行ったよ』
『そんなのダメよ! ただでさえ昨日は二人とも夜更かしをしてしまったのに。ラインしながら、お互いに寝落ちするまで起きていてしまったのに。完全に寝不足なのに、松永君を起こすなんて出来ないわ!』
『そうだけどさ。内田さんを学校に一人ぼっちにしておく方が僕はイヤだな』
佳子も裕太もクラスには友達と呼べる程仲のいい相手はいなかった。
浮いている訳ではないけれど、露骨に変な目で見られたり、イジメられたり、常にからかいの対象になっているわけではないけれど。
道端に生える名前も知らない雑草のように、クラスメイトの物語にまったくもって無関係な、背景を賑やかす手抜きのモブキャラのように、いてもいなくても気付かれない存在として放置されていた。
二人もそれを良しとしていて、気配を消して背景に溶け込むモブキャラを演じていた。
気楽と言えば気楽だが、言う程楽な生き方でもない。
むしろそれは、石ころの下に隠れる陰気な虫達の生活のような息苦しさがあった。
日の光の下で生きる者達に見つからないように気を使いながら、息を潜めて気配を消す生活だ。
身動き一つ、咳払い一つにも神経を使い、有り余る退屈な時間をどうにかこうにかやり過ごす日々。
聞きたくもないバカ話や陰口を聞かされながら、その矛先が自分に向かないよう祈る毎日。
なにかの気まぐれで注目を浴び、彼らの退屈を紛らわす為に話題に上げられても、知らない振りをしてとぼけなければいけない日常。
イジメられてこそいなかったが、それでも裕太にとって学校とは、退屈で憂鬱で苦痛を伴う場所だった。
佳子もそれは同じはずで、だからこそ、そんな場所に彼女を一人で居させるのは心苦しい。
裕太の気持ちは、佳子も分かっているらしかった。
『平気よ。松永君とラインしているから全然退屈じゃないわ。寂しくないし、孤独でもない。気まずさなんか全然なくて、むしろ楽しくて仕方がないくらいよ。幸せすぎて、頬がニヤけないように我慢する方が大変なくらいだわ』
『ならいいんだけど』
『そう。だからいいの。それに、学校では私達が付き合っている事はバレないようにする作戦でしょう。その方がお互いに面倒がないと思うし。だから、松永君が早く来てくれた所でイチャイチャ出来るわけではないわ。話す事は勿論、挨拶したり、目線を合わせたり、疑われるような事は、違和感を持たれるような事は全然出来ないじゃない。だからいいの。早く来て貰った所で切なくなるだけだわ。もどかしくて、じれったくなるだけよ』
昨日二人で決めた事だった。
学校の連中はどいつもこいつも噂好きのゴシップ好きだ。
その中でも異性の話、恋愛の話、エッチな話は大人気だ。
いくら二人が普段スポットライトの当たらない冴えない地味子と地味男でも、いやむしろ、普段スポットライトの当たらない冴えない地味子と地味男だからこそ、付き合っているなんてバレたら騒がれる。ここぞとばかりに友達でもない連中が群がってきて、面白半分に根掘り葉掘り質問攻めにされそうだ。あるいはある事ない事噂されたり、からかいの対象にされそうだ。
それはイヤだ。
自分一人でもイヤなのに、大好きな佳子までそんな目に合わせるのは絶対にイヤだ。
お互いに同じ気持ちだから隠すことにした。
昨日はそれでいいと思ったのだが。
『面倒くさいね』
裕太は思った。
こんなに可愛い彼女がいるのに。
こんなに素敵な彼女がいるのに。
こんなに最高の彼女がいるのに。
学校では他人の振りをしなければいけない。
それが酷く煩わしい。
裕太は学生で、一日の多くの時間を学校で過ごし、佳子と過ごす多くの時間は学校なのに。
何も出来ないなんて煩わしい。
一緒にお昼を食べたり、楽しくお喋りをしたり、朝の挨拶をしたり、何気なく視線を合わせて笑い合う事も出来ないなんてつまらない。
仕方ない事なのは分かっているが。
『私もそう思うけれど。心底同じ事を思っているけれど。でも仕方ないわ。これも私達が楽しく青春を謳歌する為に必要な事よ』
『分かってるよ。分かってる。上手くやるよ。内田さんに嫌な思いはさせたくないもん』
『私だってそう。私のせいで松永君に嫌な思いはさせたくない』
『僕は平気だよ』
『私だって平気よ。でも、私は平気じゃない。松永君もそうでしょう?』
『まぁ、そうだけど』
『それに、放課後になれば二人の時間は作れるわ。たっぷりとは言えないけれど。時間なんて幾らあっても足りないけれど。でも、二人っきりにはなれるわ。松永君が良ければだけれど……』
『それって、今日も内田さんの家に行っていいって事?』
『松永君が良ければ』
『良いに決まってるよ! やった! 嬉しいな! 今から楽しみ!』
『私もよ! 今から学校が終わるのが楽しみで仕方ないの。松永君に昨日のリベンジをするのが楽しみで仕方ないわ』
ほのめかすような文章に、裕太の股間が切なくなった。
『なに? またエッチするつもり?』
『……イヤならしないけど』
『ごめんなさい。イヤじゃないです。でも、僕だって負ける気はないよ? むしろ、昨日よりも内田さんを気持ちよくさせるつもりだから』
『やめて。言わないで。切なくなってしまうから。学校に居るのに、クラスメイトに囲まれているのに、切なくなってしまうわ。エッチな気持ちになってしまうじゃない。危うく顔がニヤける所よ』
『それを言うなら僕だって。通学中なのに前が大きくなっちゃうよ。もし誰かに見つかったら変態だって噂になっちゃう』
『男の子って大変ね』
『そうだよ! エッチな気分になってるの丸わかりだし、自分じゃどうにも出来ないんだから!』
『でも、女の子だって大変よ。パンツを汚してしまったらお母さんに怪しまれるわ。昨日なんか松永君が帰った後に急いで手洗いしてドライヤーで乾かして証拠を隠滅したんだから』
『ストップ! そこまで! もっと聞きたいけど、すごく興味をそそる話だけど、流石にエッチ過ぎるよ! そんなの聞いたら勃っちゃうから! バキバキになって、真っすぐ立てなくなっちゃうから!』
『お言葉ですけど松永君。あなたのそういう反応だってエッチ過ぎるわ。そんな事を言われたら濡れてしまって困るじゃない。切なくなって思わずお尻がモジモジしてしまうわ』
『もうやめよう。本当に』
『そうね。本当にやめないと危ないわね』
手遅れ気味な股間を出来るだけ自然に見えるようにカバンで隠した。
ジクジクと疼くように切なくて、思わずカバンをぐりぐりと押し付けてしまう。
そんな話をしていたら、あっと言う間に学校についてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。