第3話

 暫く二人で歩いていると、裕太も頭が冷えてきた。


(うわぁぁ……。僕は、なんて事しちゃったんだろう!?)


 佳子に煽られたとは言え、付き合って一時間も経っていない女の子に抱きついて、胸の間に顔を埋めて、スーハ―スーハークンカクンカしながら、エッチしたいと連呼してしまった。


 しかも学校で、見境なく発情してしまった。


 制服越しでも佳子の身体は柔らかく、温かく、抱きしめているだけで乾いた心が瑞々しく潤うような、空のコップが甘いミルクで満たされるような、得も言われぬ幸福感があった。


 何時間でも何日でも、そのまま抱きしめていたい気持ちになった。


 匂いだって最高だった。


 帰り際の女の子の胸の谷間には、生々しく蒸れた女子の体臭が溜まっていた。


 お菓子のように甘く、いけない薬のように脳を痺れさせる、どこか危険で淫靡な香り。


 そこに顏を突っ込んで息をしているだけで、その内自分は達してしまうんじゃないかと思える程だ。


 最高の体験だった。


 それだけで、佳子と付き合った甲斐があったとすら思う。


 でも今は、酷く不安で恥ずかしかった。


(嫌われてないかな……。引かれちゃったらどうしよう……)


 恐らく佳子は普通じゃない。


 裕太同様、非モテを拗らせた、ムッツリスケベのエッチな変態だ。


 付き合おうと言い出したのは彼女だし、エッチしようと言い出したのも彼女である。


 そもそも裕太を誘惑したのは佳子なのである。


 それでも裕太は怖かった。


 まだ付き合って一時間も経っていない。


 彼女の事などなにも分っていないに等しい。


 突然降って湧いたこの幸運が、些細な事で壊れてしまわないか心配だった。


 部室を出てから、二人はほとんど無言だった。


 手を繋いでいたのは最初だけで、ふと冷静になると恥ずかしくなり、どちらともなく放してしまった。


 今は寂れた住宅街を歩いていた。


 佳子は少し前を歩いていて、裕太はそれを追っている。


 本当にこれから自分は佳子とエッチをするのだろうか。


 現実味などまるでなく、夢でも見ているような気分だ。


 長く続いた沈黙が息苦しい。


 とりあえず裕太は謝る事にした。


「……えっと。さっきはゴメン……。その、いきなりあんな事しちゃって」

「あんな事ってどんな事かしら」


 振り向きもせず佳子は言った。


 気にしてないようにも思えるし、怒っているようにも思える。


「……その。急に抱きついちゃったから……」

「それだけじゃないでしょう」


 冷ややかな口調だった。


 やはり佳子は怒っているのだろう。


 その事に、裕太は慌てた。


「ごめんなさい……。その、内田さんの胸に……」

「私の胸に、どうしたのかしら」

「……顔を突っ込んで……、その……匂いを……嗅ぎました……」


 一つ言葉を絞り出すたびに、恥ずかしさで消えてしまいそうだ。


「そう。付き合って間もない彼女に赤ちゃんみたいに抱きついて、女の子の胸の谷間に顔を埋めて、必死になって匂いを嗅いでいたわね。まるで発情した犬みたいに」

「……ごめんなさい」

「いいのよ。いいの。私は松永君の彼女なのだもの」


 その言葉にホッとした。


 どうやら怒っていたわけではないらしい。


 足を速めて横顔を覗くと、佳子はニヘラとニヤけていた。


 だらしなく、湿っぽく、幸せそうでエッチだった。


 なぜだか裕太も嬉しくなった。


 幸せで、またエッチな気分になってきた。


「ねぇ、松永君。私の匂い、どうだった?」

「……いい匂いだった。すごく……」

「どんな風に?」

「……上手く言葉に出来ないけど、とにかく良い匂い。甘くて、可愛くて、むんわりって感じかな……」

「……むんわりはやめてちょうだい」


 佳子の唇が拗ねたように少し尖った。


「でも、いい匂いだったよ。それにすごくエッチだった……」

「……ならいいのだけど。松永君もいい匂いだったわ」

「どこの匂い?」

「頭の匂い。私もこっそり嗅いじゃった」

「恥ずかしいなぁ……」

「それがいいんじゃない。私、松永君が恥ずかしがっている姿を見るの好きよ」

「……からかわないでよ」

「事実なのだから仕方ないわ。それにさっき気付いたの。松永君が気付かせたのよ。恥ずかしがってる松永君を見ていると、エッチな気分になってしまうの。つまりこれはあなたのせい。松永君がエッチなのがいけないのよ」

「そんな事言われても……」


 困ってしまう。


 恥ずかしいし。


 それなのに、どこか興奮している自分もいる。


「もう一つ謝る事があるはずよ」

「ぇ?」


 嬲るようにじっとりと、ニヤニヤしながら佳子は言った。


「硬くなったおちんちん、私の脚に押し付けてたでしょ」


 恥ずかしくて、裕太は声にならない悲鳴をあげた。


「そ、そんなこと!?」

「してないって言うの? 私に抱きついて、ハーハー息を荒げながら、ぐりぐりぐりぐり押し付けていた硬いものはなんだったのかしら。硬すぎて、ちょっと痛かったくらいよ。青あざになっているかも」

「うそ!? ごめん!?」

「冗談よ。それ程痛くはなかったわ。うふふふふ」


 ねばついた笑みを浮かべると、佳子は聞いた。


「ねぇ。あれはなに? 私の脚に、松永君はなにをぐりぐり押し付けていたのかしら。随分切なそうな顔をしていたわようだけれど」

「わかってるくせに、意地悪しないでよ!?」


 恥ずかしくて、裕太は涙が出そうだった。


 それなのに、不思議と背中がゾクゾクした。


「そんな可愛い顔をしてよく言うわ。私が意地悪をしているわけじゃない。松永君が私に意地悪をさせているの。さぁ言いなさい。あれはなに? 言わないと、エッチさせてあげないんだから」

「……ず、ずるいよそれは……」


 半泣きで呻くと、裕太は必死に声を絞り出した。


「あれは僕の……ぉ……ち……ん……だよ」

「聞こえないわね。聞こえるようにはっきり言って」

「うぅぅぅぅぅ!」


 真っ赤になって唸ると、裕太は佳子の耳元で囁いた。


「あれは僕のおちんちん!」

「はふぅっ……」


 佳子がふらりとよろめいた。


 そして胸を押さえ、蕩けた顔で息を荒げる。


「最高ね……。あなたを選んで正解だったわ……」

「……僕が言うのもなんだけど、内田さんってちょっと趣味がアレなんじゃないかな」

「そんな事ないわよ。女の子はみんな、男の子の恥ずかしがる姿が大好きなの。だからこれはいたってノーマル、一般的で正常な性癖よ」

「そうは思えないけど……」


 裕太はぼやくと。


「それで、内田さんの家ってどの辺にあるの? まだ結構かかりそう?」

「もうすぐよ。でもその前に、一つよりたい場所があるの」

「寄りたい場所?」

「コンビニよ。コンドームを買わなくっちゃ」

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