第4話

 コンビニの前までやってきて、二人の足が自然に止まる。


 まるで見えない壁でもあるように、二人はそれ以上進めなくなってしまった。


「さて。ここからが問題ね」

「……だね」


 二人は童貞と処女である。


 コンドームなんか、生まれてこの方一度も買った事がない。


 二人にとって、コンドームを買う事はとんでもなく敷居が高くて恥ずかしい事だった。


「一人で買うよりは、二人で買った方が恥ずかしくなさそうだけど……」


 そわそわしながら佳子は言った。


 裕太もそわそわしていた。


 童貞と処女の二人にとって、避妊具を買うという行為そのものが、エッチの一部のような気がしてしまう。


 これから僕達エッチするんだ。


 そんな実感がじんわりと広がって大事な所が切なくなる。


「でもそれじゃあ、店員さんに僕達これからエッチしますって言ってるようなものだよね……。お客さんにもバレちゃうかもしれないし。うちの学校の生徒に見つかったら噂になっちゃうかも……」


 冴えない地味男と地味子の二人がコンビニでコンドームを買っていた。


 いかにも噂好きの連中が飛び付きそうなゴシップである。


 クラスメイトに知られたら、絶対にからかわれる。


「面倒な事態は避けたいわね。そうなると、どちらかが一人で行くしかないわけだけど……」


 ちらちらと佳子が視線を向けて来る。


 裕太をからかっていた時の強気な態度は何処へやら。


 酷く弱気で、申し訳なさそうで、それでいて縋るような、か弱い女子の目をしていた。


 可愛いなと裕太は思った。


 それだけの事で、小心者の裕太の中にムクムクと勇気が膨れ上がる。


 別の所もムクムクした。


 自分に対して強気な女子がふと見せる弱さは裕太の大好物だった。


「僕が行くよ」

「そうしてくれると助かるのだけど……。いいの?」

「恥ずかしいけど、内田さんには情けない所ばかり見せてるし。一応これでも彼氏だから。彼女に恥ずかしい想いはさせたくないよ」

「松永きゅんッ……」


 佳子は胸を押さえてよろめいた。


「今の言葉、とても素敵よ。ロマンチックでエッチだったわ」

「エッチかなぁ……」

「エロエロよ。私の身体の乙女な部分がキュンキュンしたわ。女の子はね、普段は情けない男の子が不意に見せる男気に弱い生き物なの。それが私の為なら猶更に。愛されている気がして嬉しいわ」


 濡れた目に頬を赤らめ佳子は言う。


 率直な物言いに裕太の顔も赤くなる。


「……ただの見栄だよ。内田さんの前で格好つけてるだけだから」

「それでもいいの。それがいいのよ。私にも、見栄を張って貰えるだけの価値があるんだって思えるもの……」


 気付けばいい感じの雰囲気になっていた。


 エッチなムードと言い換えてもいい。


 佳子は裕太を求めていて、裕太も佳子を求めていた。


 こんな場所でなかったら、また抱きついてしまいそうだ。


「……じゃあ、行くね」

「待って。お金の問題もあるわ。高校生にとってコンドームは安くない買い物よ」

「僕が出すよ」


 確かに安くはない買い物だが、物が物だ。


 童貞の裕太にも分かる。


 コンドーム代を彼女に出させるのは格好悪い。


「そういうわけにはいかないわ。ここは公平に半分ずつ出しましょう」

「いいってば」

「松永君が良くても私が良くないの。コンドームを一人で買わせて、その上代金まで全部出させたら嫌な女になってしまうじゃない」

「そんな事ないと思うけど……」

「私は思うの。松永君が私の前で格好つけたいと思うように、私だって嫌な女にはなりたくないと思うのよ。それに、申し訳ないわ。きっと私は気後れして、エッチにも身が入らなくなってしまうもの。それでもいいの?」

「……それはいやだけど」

「でしょう? それに、ここで松永君が全額出してしまったら、これから先も出さないといけないような空気になる。それってとても息苦しいわ。言い出す方も断る方も面倒よ。そんな事になってしまったら私達、長続きなんか出来ないわ。そんなのイヤ。別に私は松永君の事を好きではないけれど、松永君も私の事は好きじゃないけれど、だからって、適当な気持ちで付き合うつもりはないの。むしろ、お互いに好きじゃないからこそ、私は松永君を大事にしたいわ。言いたい事をハッキリ言って、お互いに楽しく、気楽な関係でいたいのよ。そうでなければ、好きでもない相手と付き合う意味がないじゃない。もちろん、松永君の気持ちは嬉しいけれど。それはそれ、これはこれ。気持ちだけ受け取っておくわ」


 そこまで言われたら裕太も断れない。


 むしろ、そんな風に思ってくれてるんだと嬉しくなった。


「……わかったよ。じゃあ、半分ずつね。他になにか欲しい物ある?」

「そうね。じゃあ、ジャンプとお茶をお願いするわ」

「いいけど……。内田さん、ジャンプ読んでるんだ」


 しかも雑誌を買う程とは。


「女の子だってジャンプくらい買うわよ」

「まぁ、そうだけど……」

「……いやだった?」

「まさか! 僕も読むから、話が合うなと思って」

「よかった……。松永君ならそう言ってくれると思っていたけれど。それでも少し緊張したわ」

「僕相手に緊張する事ないよ」

「松永君だから緊張するのよ。だって松永君は私の彼氏なのだから。松永君だってそうでしょう?」

「……まぁ、そうだね」


 その通りだと裕太は思った。


 佳子は冴えない地味子だけど、お互いに好き合ってもいないけれど。


 それでも裕太にとっては魅力的で、嫌われたくない、大事にしたいと思える相手だ。


「……じゃあ、行くね」

「いってらっしゃい。気を付けてね。私はここで応援してるわ」


 心配そうに佳子は言う。


「大袈裟だなぁ」


 裕太は笑った。

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