第5話
大袈裟な事などなにもなかった。
一歩踏み出した途端、佳子のそばを離れた途端、急に裕太は心細くなった。
さきほどまでの心強さ、僕にはこんなに可愛い彼女がいるんだぞ! という全能感は消失し、以前と同じ、小心者の冴えないボッチ君に戻ってしまった。
そんな僕が一人でコンドームを買うなんて!
それはまるで、モブの村人が勇者の剣を抜きに行くような場違いな行為に思えてならない。
裕太は自分を叱咤した。
(しっかりしなくちゃ! 内田さんにガッカリされるぞ! それに、グズグズしてたらエッチする時間がなくなっちゃう!)
これから佳子の家でエッチをするのだ。
どれくらいかは分らないが、それなりに時間は必要だろう。
親には友達に誘われて遊びに行くと伝えてあるが、あまり遅くなったら心配される。
向こうの都合だってあるはずだ。
時間なんか幾らあったっていい筈だし、こんな所で足止めを喰らっている暇はない。
(……すぐ出ちゃったらどうしよう)
コンドームを探してウロウロしながらそんな事を考える。
普段の一人プレイの感じでは早漏ではないと思いたいが。
エッチなんか初めてだから分からない。
正直に言って、自信はなかった。
文芸同好会の部室で佳子に告白されてから、裕太の裕太は興奮しっぱなしだった。
痛いくらいに張り詰めて、心臓が二つになったみたいにドキドキしていた。
佳子が可愛い態度を見せる度、触れてもないのに切なくなった。
先程からずっと見えない手で焦らされて、愛撫されているようなものなのだ。
こんな状態でエッチなんかしたら、すぐにイッてしまう気がする。
(……こんな事なら昨日沢山しとけばよかった)
普通に昨晩もしたのだが、血気盛んな高校生男子の裕太である。
一晩もすればチャージ完了、120%と言った具合である。
(ていうかコンドームどこにあるんだよ!)
裕太は焦った。
先程からウロウロしているのだが、どこにあるのか分らない。
非モテの童貞の裕太である。
コンドームの売り場なんか気にした事もなかった。
(食べ物コーナーにあるはずはないし……。このへんかなぁ……)
日用雑貨のある棚に当たりをつけると、ようやくそれらしき箱を発見した。
(いくつかあるけど。これ、どれがいいんだろう……)
そう思いながら通り過ぎる。
手に取ってじっくり調べてみれば違いが分かるのだろうが、そんな勇気はなかった。
コンドームなんか、エッチな本を買うのと大差ない。
買うのは勿論、手に取る事すら恥ずかしい代物だ。
(とりあえず、値段と量と薄さが違う事はわかったけど……)
売り場の前を行き来しながら考える。
なんとなく、薄い方が気持ちよさそうではある。
値段も高いから、薄いのは高級品なのだろう。
初めてのエッチだし、多少高くても奮発したい気持ちはある。
一方で、高いコンドームはいかにも必死で、がっついている感じがして恥ずかしい。
それに量も少ない。
安い奴なら同じ値段で四倍も入っている。
これはお得だ。
今後の事など分らないが、佳子の口ぶりを考えるとこれ一回で終わりという事はなさそうだ。
事情は知らないが彼女の家で出来るみたいだし。
場合によっては放課後の度に彼女の家で……という事もあり得る。
そう思うと、予算的にも質より量を取りたい気もする。
(ていうか三個入りで1000円は高すぎだよ!)
極薄タイプの値段である。
三個という事は三回分。
惹かれる気持ちはあるけれど、高校生の身分にはあまりに高い。
それに、童貞と処女のエッチだから、失敗してダメにしてしまう可能性もある。
第二ラウンドが発生する可能性だってあるわけだし……。
(気にはなるけど、極薄タイプはナシかな……)
となると残る選択肢は沢山入っているお徳用と、普通っぽい奴だ。
(コスパで考えるとお徳用一択だけど……。初エッチでそんなの選んだら内田さんにケチな奴だと思われそうだし……。ていうかお徳用なんか選んだらいかにも下心丸出しって感じで引かれちゃうかもしれないし……。ここは無難に普通っぽい奴にしとこうかな……)
そんな事で引くような子ではないと思うのだが、それでも不安になってしまうから不思議だ。
ともあれ決めると、裕太はコンドームの箱に手を伸ばし……。
その上のサプリメントを手に取った。
「……へー。これだけでレモン50個分のビタミンCが摂れるんだー」
わざとらしく呟くと、逃げるようにその場を去る。
(あぁ、もう! 僕のバカ! なに日和ってるんだよ!)
でも恥ずかしい。
すっごく恥ずかしい!
コンビニでコンドームを買うのがこんなに恥ずかしいなんて!
でも買わないと!
外で佳子を待たせているし、こうしている間にもエッチする時間は減っていく。
(と、とにかく、落ち着かないと!)
深呼吸をして顔をあげると、外にいる佳子と目が合った。
(あぅっ……)
情けない姿を全部見られていた。
その事に気付いて裕太は死にたくなった。
(幻滅されたかな……)
恥ずかしさに眩暈さえした。
ところがだ。
(松永君! がんばって! 応援してるわ!)
声には出さず、佳子は言った。
窓越しでも分かる程、ハッキリと口を動かして。
大きな胸の前でギュッと拳を握り、一生懸命エールを送っている。
それだけで、裕太は勇者になった気分だ。
(うん! 頑張るよ!)
口パクで答えると、裕太は今一度コンドーム売り場に向かった。
そして堂々と目当ての小箱を手に取った。
呪いのアイテムを手にしたように心臓が激しく鼓動した。
一刻も早く会計し、店を出なければ!
それなのに!
(なんでこんな時に限って店員さんが可愛い女の子なんだよ!?)
派手な金髪に日焼けしたゴリッゴリの黒ギャルである。
他の店員は品出しをしていてレジに戻る気配はない。
(ど、どうしよう……)
裕太は困った。
コンドームを買うだけでも決死の覚悟が必要だったのに、女の店員さんに会計をして貰うなんて無理である。
かと言って、今更手に取ったコンドームを戻すのも恥ずかしい。
そもそもゴムを買わなければエッチが出来ない。
絶望的な状態に焦っていると、コンコンと佳子が窓を叩いた。
(松永君! ジャンプよ! ジャンプを使うのよ!)
裕太のピンチに気付いたのだろう。
佳子は店の外から雑誌コーナーを指さしていた。
確かに、ジャンプと一緒に隠すように持っていけば少しは恥ずかしさも紛れるかもしれない。
(内田さん、ありがとう!)
礼を言うと、早速裕太はジャンプを手に取り、その下にコンドームを隠した。
ついでにお茶も手に取り、ドキドキしながらレジに向かう。
「っしゃーせー」
「……あの、これ……」
「ざーっす」
ギャル店員がだるそうに(その割に手早く)商品を袋に詰める。
「ど、どうも」
「そこの子、彼女?」
「えっ」
チラリとギャル店員が外の佳子に視線を向ける。
「そ、そうですけど……」
(なんでそんな事聞くんだよ!?)
パニックになりながら答えると、ギャル店員が励ますように笑う。
「グッドラック」
親指を立てるギャル店員に見送られ、裕太は店を出た。
「大丈夫だった!? なにか言われてたみたいだけど……」
「なんか応援されちゃった……」
「なによそれ!? 私達がカップルだってバレてたって事!? 恥ずかしすぎるじゃない!?」
「まぁ、あれだけ大騒ぎしてたらね……」
幸い店には学生の客はいなかったが。
冷静になって考えると、僕達これからエッチしますと公言しているようなものだった。
「うぅぅ……。最寄りのコンビニなのに……。これじゃあ二度と顔を出せないじゃない!?」
「まぁ、ドンマイだね……」
頭を抱える佳子に苦笑いで答える。
なんにせよ、コンドームは入手した。
(……これから僕達、エッチするんだ)
そう思うと、ギャル店員の事なんかどうでもいい裕太だった。
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