覇者は村を出る

 村の大広場に行くと、すでにココが待ち構えていた。

 その影に隠れるようにして村の子供達らしき数人が恐る恐ると言った様子で俺を見ていた。


『心配するなです。あれは人間ではなくベルと言う生き物なのです。凄く強いですけど怖がる必要はないのです』


 俺も子供を怖がらせるつもりはないので、愛想よく笑みを浮かべてやる。


「うにゃぁぁあ」


 しかし肝心のココが俺の笑顔を見て悲鳴を上げやがった。


『ベルが意味もなく笑うと何だか怖ろしいのです。意味なく笑うのは禁止しやがれなのです』


 そんな俺らのやり取りを気の抜けた様子のミカエラが見ていた……と言うより上の空だ。

 ココもミカエラの様子がおかしい事に気付き声を掛ける。


『あのミカエラ様。大丈夫なのですか? もしかしてベルに変な事されたのでやがりますか?』


『ひゃい。なっなにもありませんよヴェル様との間にやましい事なんてこれっぽっちもありませんでしたから』


 慌てて取り繕うミカエラ。

 空回り全開だ。

 ここはひとまず落ち着いてもらう為に軽く脳天にチョップをする。

 これは気を流し脳を活性化させる効果もある。


「オパッ」


 痛みは無いはずだが、頭を抱える仕草をするミカエラ。


「もう、酷いじゃないですかヴェル様。何も頭を叩かなくても」


「なに、すこしポンコツになっていたのでな。修正しただけだ」


 前世で発掘される機械文明の遺物の大半が叩くと治ったので同じ要領だ。


「うっ、それについては反省します。ちょっと我を失っていました」


「そうか、なら今は何も言うまい。それより猫耳族の子供達に言葉を書けてやってくれ」


 俺の勘ではミカエラは子供達に慕われている気がする……と、思っていたが、ココよりかなり下の子になるとミカエラを初めて見る子も多かった。

 ただ村を守ってくれているエルフという認識は浸透しているようで、尊敬されつつも畏れ多いと一歩引かれている様子だ。

 俺というか人間に対する恐怖と嫌悪感とは大違いだ。

 ただ俺以外の人間は友好的とは限らないので、その警戒心は持ち合わせてほしい所だ。


『えっと、私の名はミカエラです。初めての子は。宜しくね』


 子供相手にも丁寧に挨拶しつつ、朗らかに笑いかけると一気に子供たちがどよめく。分かってはいたが、俺とは大違いだ。


『さすがミカエラ様です。ベルとは天と地の差でやがります』


 そう分かっていたことだがココに言われると無性に腹が立つ。


『おいココよ。随分と言ってくれるじゃないか』


『だって本当の話なのです。皆ベルの怖い顔よりミカエラ様の綺麗な顔を拝みたいというものなのです』


 それを言われれば身も蓋もない。

 しかしココにここ迄言われるとなんだが腹が立つ。


『ほぉ、昨日散々俺に負けた癖に言うじゃないか』


 俺はニッコリと笑みを浮かべて、拳を鳴らしながらココににじり寄る。


『ひぃ、なんかベル本当に怖いのです。ごめんなさいココが悪かったから許してくれなのです』


 ココは本気で怖がって俺にペコペコ頭を下げる。

 そんな俺とココのやり取りを見ていた子供達から歓声が上がる。


『すげぇぇぇ。ココ姉がビビって謝った』

『ベルって人、本当に強いんだ』

『うん。ココねぇちゃんの耳が完全に折れてるの初めて見た』


 すると何故か羨望の眼差しを向けられる。


「良くも悪くも獣人族の基準は強さですから」


 フォローするようにミカエラが告げる。

 つまりガキ大将だったココより、俺の方が上だと認識させたことで、子供達は俺をより上位者として見てくれるようになったのだろう。

 まあ結果良ければ全て良しだ。

 俺も俺で単純なもので、子供たちからの視線がまんざらでもなく感じてしまう。



 その後は場所を変え、村長のゴルゴルが主催した村の集まりに参加し、そこでネネを助けた功労者として他の猫耳族の大人達に紹介された。


 だが加害者が人間族、しかし助けたのもその人間族という相反する出来事に戸惑いは隠しきれなかった。

 しかし長老であるボルボルがココが俺に付いていく事と、今後は俺個人に限り協力関係を結ぶ事を告げた事で周囲は何も言わなくなった。


 村で一番人間族を嫌っていたボルボルが賛同したのが大きかったらしい。


 ネネに関しては子供達には伏せられ、ココもこの場で初めて知って衝撃を受けていた。


 なので、その件に関しては出発間際まで拗ねていた。どうやらネネとは親しい仲だったらしい。


 ただ、尚更あの姿を見せなくて済んで良かったとも思う。きっとミカエラもその点を配慮して会った時点で伝えなかったのだろうから。

 結局俺達が旅立つ迄にネネの瞳に色が戻ることはなく虚ろなままだった。

 そして、それがココの闘志に火をつけた。

 ココより強かったネネも敵わなかった人間族の魔術師、それを倒すという目標を改めて定めたらしく、村に滞在している間でも稽古を強請るようになっていた。



 そしてココの準備も兼ねて二日待ってから、いよいよ村から出発する日。

 村の者達に別れを済ませていたココが息巻いて話しかけてくる。


『ベルさま、ココはもう準備は済んだのです。早く魔術師を倒しに行くのでございますです』


 ミカエラがココに丁寧な言葉遣いを教えていたがなんだか変わったような、変わらないような言葉遣いだ。


『ココ。本気で走って付いて来るつもりですか?』


 そのミカエラが心配してココに声を掛ける。

 最初、炎莉の馬格なら三人乗っても大丈夫そうなので、三人乗りで向かうつもりだった。しかしココが猫耳族は馬には負けないと言い出し、走って付いていくときかなかった。


 まあ鍛錬にも繋がるので俺がそこまで反対しなかったため、ココは走って付いていく事になった。

 勿論全速で駆けるのは鬼畜すぎるので常歩で行くつもりだが、それでも炎莉の速度は並では無い。ただ自分が言い出したことには責任を取らせるつもりなので、つかれて駄々をこねても途中で炎莉に乗せることはしないつもりだ。


『ミカエラ。ココなら大丈夫だ。自分でそう言ったのだからな。男女、種族、年齢に関係なく自分の言葉には責任を持たねばならない』


『……わかりました。ヴェル様がそう言うのなら』


『フッフッフ。ココなら大丈夫なのです。遠慮なく飛ばすと良いのでございますです』


『とりあえずは霧は出て行く分には道を阻みませんのでご安心下さい』


 ミカエラの言う通り村から少しづつ離れ森に近づいても霧は立ち込めて来なかった。


『ココ、しっかり付いてこいよ』


『ベルさま。ココを舐めては困るのでございますです』


 うん。やはりココの口調が以前よりおかしくなっている。しかし本人は一所懸命に丁寧に話してるつもりなのでなんとも言い難い。


『済みませんヴェル様。もっと良く言葉遣いを教えますので』


 俺の意思を読み取ったミカエラが困った顔で告げる。


『そう気にするな。あれはあれで努力しているのであろう、今後に期待だ』


『ありがとうございますヴェル様』


 そうミカエラとココについて話しているうちに森に入る。


『ほえー、これが外の世界なのですか、あまり村と変わらない感じでございますです』


 周囲を見渡しながら付いてくるココが呟く。


『そうですね。霧の結界はあくまで霧で迷わせ侵入を拒むためのものですからね。地理的には同じです』


『なるほど分からないけど、分かったのでございますです』


 ココの残念な返答に、武を高めるのも重要だが知を育むのも必要だと痛感した。

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覇者転生 〜スローライフなにそれ美味しいの? コアラvsラッコ @beeline-3taro

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