覇者は絡まれる

 ちょうど十二歳を迎える頃だった。

 この世界での親父殿に呼び出されたのは。


 魔力が皆無だと判明して以来、直接会うのは十年ぶりである。

 もう俺には興味など無いと思っていたがどういう風の吹き回しだろうか。


 流石に世話になっている以上無視するわけにもいかず呼び出された場所に向かう。

 来るように言われていたのは屋敷の裏庭、そこで俺の二つ下の弟と親父殿が並んで待っていた。 

 

「久しいなヴェルガー」


 湾曲した口髭を伸ばし、毅然とした態度で俺の名を呼ぶ親父殿。久しいと言っても、俺の魔力が無いと分かった二歳頃から、直接顔を合わせた事など無かったはずだ。


「良く来たな出来損ない」


 次に俺を出来損ないと呼ぶのは次男として生まれながら、その魔力の高さから次期当主として育てられている弟のアルターだ。

 本当なら、ひとつ歳上の姉上もいるのだが、ここには来ていないようだ。


「それで父上と次期当主殿が今更俺になにようで?」


 この二人が俺を呼び出す理由が本当に思いつかないので確認する。


「ヴェルガー。お前隠れて何かやっておるであろう。私が気付いていないと思っていたか? 使用人からも聞いておるぞ。日々、奇怪なダンスを踊っているとな」


 ダンス?

 最初は分からなかったが、よくよく聞いてみると、どうやら俺が日課にしている気功と武術訓練の事を言っているのだと思われた。

 俺としては基本的な武術の型を修練していただけなのだが、武術の知識の無い他の者からすれば奇妙な踊りと思われたらしい。

 知らないから大丈夫だろうと思っていたが迂闊だった。


「だからな、今日はお前に身の程を弁えさせる為に僕が直接躾に来たんだ。いくら継承権の無い出来損ないでもザグリング家の品位を貶める行動は許せないからなお仕置きだ」


 アルターはそこにかこつけ、お仕置きという名目で最近習ったばかりの攻撃魔術でも試したいのだろう。


「というわけだヴェルガー。流石にアルターの我儘で臣民を傷つける訳には行かぬからな。兄として付き合ってやれ」


 親父殿もアルターの真意を理解した上で、俺に相手になれと強要する。


「ならば父上お願いがあります」


「なんだ出来損ないが図々しいぞ」


「良い。なんだヴェルガー申してみよ」


 アルターは不満そうだったが親父殿は聞く耳を持ってくれた。ほとんど接点がなく聞いた話だけでは凡庸な人物だと思っていたのに。もしかすると思ったより切れる人物だとしたら……。

 まあ藪をつついて蛇が出たならくびり殺すまでだ。

 ここは堂々と主張だけはしよう。


「俺がまず何も手出しせず十分間耐えぬいたのなら、反撃のチャンスを頂きたい」


「なるほど曲がりなりにも勝負をしたいということだな。うむ、構わぬ、勝った方には好きな褒美を取らせる全力を尽くせ」


 親父殿は楽しそうにそう言う。しかし侮られたと思ったのかアルターが怒りをあらわにする。


「魔術も使えない出来損ないのくせに生意気な、その体にハッキリと分からせてやる。底辺の雑魚と僕のような高貴な魔術師との絶対的な差をな」


 アルターはそう言い終えると、術の詠唱を始める。目の前で魔術を見るのは初めてだ。ここはじっくりどういうものなのかを見極める事としよう。どの道十分間は手出し出来ないのだし。


「サンダー*ヨンダー*インサイダー」


 アルターが魔術言語で詠唱すると魔力がそれに反応し手の平から雷撃が走る。

 その雷撃は一直線に俺へと向かってくる。

 無論躱そうと思えば躱せていた。

 そもそもここが戦場なら的を絞らせたりしない。


 しかし、俺はその身に魔術がどういうものなのかを体感してみたかった。

 敢えて雷撃を受け、全身を襲う激痛に耐える。


 うむ、悪くない。並の人間ならこれだけで戦意を喪失させられるだろう。


 だが足りぬ。


「次期当主殿。魔術とはその程度なのか?」


 敢えて挑発し次を要求する。

 途端に顔を真っ赤にしてアルターは次の詠唱に入る。


「ファイヤー*アイヤー*ビトレイヤー」


 すると火球が形成されると俺に向かって飛んでくる。

 しかしこれは遅い。これなら先程の電撃の方がより実戦的だ。躱すにしろ、正拳で打ち消すにしろ対処のしようはいくらでもある。

 だが、やはりこれも受けてみなければ分からない事もあるやも知れない。

 だから俺は火傷しない程度には体に気を巡らせ正面から火球を受け止める。


「愚か者め、それがただの火球だと思うなよ」


 アルターの言う通り、火球は小規模な爆発を伴った。予想外の爆風で少しだけのけぞったが、それだけだった


「次期当主殿。まさかそれが全力ではあるまいな」


 俺はさらにアルターから魔術を引き出す為に煽る。


「キサマぁぁぁあ。出来損ないの分際で生意気なんだよ。今までは末端とは言えザグリングの一族として手加減してやったのに、あーあ、お前が死んでも自分のせいだからな」


 アルターはさらに顔を真っ赤にしながら大げさに吹聴すると詠唱を始める。


「グラッチェ*グラタン*グラビティ」


 詠唱が終わると同時に俺の周囲の空間が軋む。

 体が重くなり思わず膝を着く。


「まったくザグリング家の秘術まで持ち出すとは可愛げの無い」


 親父殿はそう言いながらも笑いながら俺達の戦いを見ている。


「おい出来損ない。とっとと降参しろ。じゃないと本当にペチャンコに押し潰すぞ」


 ここで敵に情をかけるあたり、まだまだ当主としては甘い。

 俺が逆の立場なら有無を言わせず叩き潰す。


 だがその甘さで助かってもいる。

 この程度の負荷ならまだ動ける。

 動けるということは時間さえ経てば反撃可能ということだ。

 俺は強まる重力に耐えながら、時間が来るのを待った。


「十分経過したぞヴェルガー、反撃できるのならしてみせよ」


 そして親父殿が告げた声と、体内時計の十分はほぼ同じだった。


 軽功で極力体を軽くすると重力場を一気に抜け切りアルターに接近する。

 アルターも慌てて魔術で反撃しようとするが遅い。詠唱している間に俺は魔術を体感させてくれたお礼として、前世での格闘術の奥義のひとつ、家臣が勝手に名付けた【覇者咆哮拳】をかなり手加減して叩き込む。

 気の波動を乗せた一撃に崩れ落ちるアルター。


「見事だヴェルガー」


 勝負有りと見た親父殿が止めにはいる。


「しかし驚いた。その力で継承者争いに名乗り出るつもりだったか?」


「いいや、逆ですよ父上。改めて魔術の凄さを実感したんだ。だからこそ分かった俺はザグリング家の当主は務まらない、戦は個ではなく軍で戦うのだからな」


「うむ。分かっているではないか、本当に惜しいなお前に魔力さえあれば」


 そこで初めて親父殿が父親としての顔をのぞかせる。深くて遠い眼差し。もしかすると親父殿は俺がしている事を全て知っていて黙認してくれていたのかも知れない。


 だが俺はそんな感傷に浸っているほど温い男でもない。

 親父殿が言った好きな褒美。

 俺はそれをねだった。


 十五の成人を迎えたおりには家を出たいと、その際はザグリングの姓を捨てる事も。


 親父殿は残念そうな顔をしながら、


「お前にはこの領内は狭すぎるかもな」


 と言って、渋々認めてくれたのだった。




――――――――――――――――――――


読んで頂きありがとうございます。


続きを書くモチベーションにも繋がりますので

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もちろん率直な評価として☆でも☆☆でも構いませんので宜しくお願いします。

 

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