覇者は鍛冶師になる
この世界で十五を迎え成人した頃合いで屋敷から約束通り出奔した。
ここまで育ててくれたのは主に母親の温情が大きかったらしい。去り際に執事がそのような事を言っていた。
ありがたい事だ。
前の世界では子供がこの年まで生き延びるのは至難の技。よほど強力な者の庇護下に入るか、自身の才覚をもって道を切り開いた者だけしか生き延びることが出来なかったからだ。
それに比べれば、食事も付いている上に寝床も完備。好きな時に本を読め、外に出て鍛錬も自由。貴族の嗜みなどという無駄な干渉もされない。俺という下地を育むには申し分ない環境だった。
ほとんど顔も覚えていない母親に頭を下げると、家を出たら向かおうと思っていた場所に向う。
そこは街の鍛冶師。
すでに知識と武術は手の内にある。なら俺が次に手に入れるべき必要な物。そう俺自身の道を切り開くための武器を生み出すために。
なぜなら前世でも俺は鍛冶を嗜んだ。
前世での育ての親が鍛冶師だったのもあるが、自分の得物は自分で作るほうがしっくりくる。
ただ、この世界は武器が余り発展していないようなので、新しい技術は正直期待は薄いとも思っている。
それでも俺は鍛冶師の門を叩いた。
今の俺には必要な事だから。
出てきたのは図体のでかい無精髭を伸ばしっぱなしのオヤジ。
「なんだ坊主まだ店は開いてねえぞ」
明らかに客には見えない俺を訝しげに見る。
「知ってる。俺はヴェルガー。どうだオヤジ俺を弟子にしないか、今なら食う物と寝床を用意してもらえれば何でもするぞ」
「はぁ。いきなりどこのどいつかも分からねぇヤツを雇い入れるわけねぇだろうが」
オヤジの言葉は最もだ。
俺だってそう思う。
だがそう簡単に引き下がるわけにも行かない。
ならば使えるものを利用すれば良い、俺は別れ際に実家からもらった紹介状を見せる。
「これは、本当に領主様の紹介状だな。こりゃ驚いたぜ……なあ、お前さんが何者かは詮索しないが、ここで働きたいなら特別扱いはしないぞ、それで良いのか? だいたい、その紹介状があればもっと待遇の良いところだって採用してもらえると思うぞ」
「いいや、俺は鍛冶を極めたいからな。ここが良い」
「はぁ、何言ってやがるんだか。全くの素人がなに生意気な事を……へっ、だがその心意気だけは認めてやらあなぁ。いいぜお前を雇ってやる」
どうやらオヤジは俺の弟子入を認めてくれたようだ。
「うむ、助かる。ところでオヤジ名前は何って言うんだ?」
俺は約束の証として手を差し出し名前を尋ねる。
「けっ、本当に生意気なクソガキだな。まあ良い、俺はサガムだ。ただこれからは俺の事は親方と呼べいいな!」
サガムは俺の手を取り力強く握り返す。
「分かった。サガムの親方。これから宜しく頼む」
こうして無事に俺は鍛冶の勉強をする事が出来るようになった。
そして見習いとして働き始めた早々。
鍛冶の技術は頭が覚えていたので、次第に体にも馴染み、すぐに簡単なナイフなら打てるようになった。
サガムの親方は、それを見るなり天才だと目を丸くしていた。
それからみっちり一年間。
サガムの親方のもとで鍛冶の修練をし、前世の技術も完全に取り戻した。あと過酷な肉体労働を利用し体も鍛えておいた。肉体の強度は高ければ高いほど良いからだ。
その頃にはサガムの親方も俺のことを「スゲーなこの野郎」と褒め称え、仕事のほとんどを手伝わせるようになっていた。
だが俺は鍛冶師で頂点に立ちたい訳では無い。
あくまで鉄を鍛えていたのは技術を取り戻すため。
本命は鉄のひとつ上の鋼。そしてさらにその最上位にあたるアダマス鋼の再現だ。
そのためには本来バナジス鉱が必要となるのだが、この世界にも似た特性を持つ魔鉱石と呼ばれる素材があったのだ。
これは本で調べて分かっていた。
本当なら試しに魔鉱石を使って精製を試みたいのかだが、見習いが簡単に手にできる代物ではない。
しかし、サガムの親方は「マジスゲーなこの野郎」と俺に目をかけてくれていたので、少量ではあるが魔鉱石を融通してくれた。
おかげでアダマス鋼を精製する重要な素材の二つは揃った。最後のひとつ千年樹の葉、その代用として、この世界で聖木とされているトネリコの葉を使って見ることにした。
そして何度か配合比率を調整した結果。
目的のアダマス鋼に近い代物が出来上がった。
ただアダマス鋼の特徴である波目が少し粗く、俺に相応しい真のアダマス鋼とは言いがたかった。
ただこれでも従来の鋼よりは、強度や靭やかさにおいて全て凌駕した逸品である。
試しにサガムの親方に見せてみたら「いや、これスゲーってもんじゃねぇよ、カミだよカミワザだよ」と言って腰を抜かしていた。
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