覇者は旅立つ
鍛冶師としては目的を達成した俺は次の目的に向かって動き出す。
それは真のアダマス鋼を完成させる事。
なぜ俺がこれほどアダマス鋼に拘るのかといえば、その答えは魔術に対抗しうるからだ。
前世の世界にもこの世界に魔術に似た魔法とやらがあったらしい、しかしそれらは鋼によって駆逐された。そうアダマス鋼によって。
そして俺らの時代には魔法というものは過去の遺物と成り果て、力が支配する世界が当たり前になっていた。
つまり魔力が無く魔術の使えない俺が、魔術師共と渡り合う為の手段。前世の歴史通りに鋼が魔を断ち切ったのなら可能性は十分にあるはずだ。
「サガムの親方。前々から言っていた通り俺は旅に出る」
「そうか、お前ならドワーフの鍛冶師すら超えられたかもしれねぇのに残念だぜ」
「まあな。だが俺には野望があるからな」
「おう、あれだろう。結局あのヤベー奴の精製法はわからねぇが、代わりに上質な鉄の製錬法は教えてもらったからな。対価としては十分だぜ。やっぱマジでオメーはハンパねーヤツだったな」
サガムの親方が「ガッハッハ」と豪快に笑いながら俺の肩を叩く。
旅の餞別として纏まった金をくれたのは、その意味合いもあったのだろう。
まあ良くも悪くもサガンの親方は俗物でも善人だ。
俺の覇道に少しは貢献してくれたことだし、何かあれば今後手を貸すくらいはしてもいいだろう。
俺はサガムの親方に礼を言うと目的の場所。
神樹ユグラシードのあるファルファリス大森林へと向かった。
そこは一応俺の親だったザグリング辺境伯領から馬でひと月の場所あり。
人間族から亜人と呼ばれるエルフ達が守護する土地で、ザグリングも属するアルカンディア王国の支配からも外れた地域。
基本的には立ち入らなければ危険はないと言われている。
そう立ち入らなければ……。
しかし、俺の目的は大森林の中心にそびえ立つ神樹の枝葉。霊木であるトネリコ以上となると、もうそれしか思いつかない。
だから俺は森に入らなければ手に入らない。
それこそ虎穴虎子の故事に習ってでも。
そして何よりも以前の世界にはなかった大森林というものに好奇心が疼いた。
俺はある意味ルンルンのピクニック感覚で森に入ってみる。すぐに面白そうな気配を感じ、そこに向かって進んでみた。
草木を掛け分け、道など無い場所を割り行って到着した先。そこで俺を出迎えてくれたのはエルフでも虎でもない。ギガントグリズリーと呼ばれる大型の灰色熊。
人の三倍はあるかと思われる大きさで、飢えていたのか、野生の本能のまま俺に襲いかかってきた。
俺は久しぶりに感じる死と隣合わせの感覚に血湧き肉躍る。
アダマス鋼で作ったおいた短戟を構えると攻撃を迎え撃つ。
ギガントグリズリーは立ち上がると、その巨大から俺を殴り殺そうと右腕を振り下ろす。
一振りで人ひとりなど簡単に引き裂き即死させる威力の攻撃。それを、体内で練っていた内気を外気として短戟に乗せ、同時に薙ぎ払う。
通常の人間では完全に押し負ける力の差。しかし吹き飛んだのはギガントグリズリの右手の方だった。まだまだ全盛期には及ばないが練気は大分様になってきた。
あと未完成とはいえ期待通りの切れ味を見せたアダマス鋼には、思わず笑みを浮かべてしまう。
俺はそのまま右手を失い怯んだギガントグリズリーに追い打ちを掛けるべく、目を狙いナイフを投擲する。
ギガントグリズリーは本能的に左手で顔を隠す事でナイフを防ぐと、反撃しようと巨体を俺にぶつけてくる。
俺は軽功を駆使し、その場で天高く跳躍すると体当たりを躱す。そしてそのままギガントグリズリーの頭部に向けて短戟を構えて落下する。
アダマス鋼の短戟は、まるで抵抗を感じない柔らかさで灰色熊の頭蓋を脳天から刺し貫いた。
そして倒れて動かなくなったギガントグリズリーを見て、俺はしみじみと後悔した。勿体無かったと……。
なぜなら折角手に入れた獲物だが、この大きさだ。
食料にするため肉を削いでも持ちきれない。
毛皮だってかなりの量が取れるはずだ。それを売るなりすれば多少の金にもなった筈なのに……。
俺は泣く泣くそれらを諦めると、持てる分の肉を削いで当面の食料にすることにし、毛皮は痛みの少ない上質な部分だけを剥いでおいた。
それでももったいない精神が疼き。日が落ちるにはまだ早いが、今日はこの場所でキャンプすることに決めた。そして狩ったばかりの熊肉を今日の食事にするため火を起こす。
巨大な熊の丸焼きは流石に大きさ的に無理があったので、焼ける分だけ切り落とし、味付けは塩だけで焼いた。
見た目的には良い焼色で美味しそうだ。
豪快にかぶりつくと口に広がる獣臭さ。
思わず心の中で叫ぶ。
『うん。不味いぞぉぉおお』
これは慣れない者は苦手な臭いだろう。だが俺としては懐かしくもあり、何となく前世を思い出す。
あの頃の食料といえば大トカゲや大蛇などが多かったが、偶に草食獣だけでなく、今日みたいな大型の肉食動物を狩って食べることもあった。
味からいえば草食動物の方が断然に美味いのだが、肉食獣の肉も貴重な食材には変わりなかったので、仲間内では重宝されたものだ。
俺は仲間達の記憶を懐かしみながら食える分は全て胃袋に収めた。
削いでおいた肉は、持てる分を保存食用の燻製肉に加工しておき。
その日はそのままこの場所で寝ることに決め、寝床の準備をする。
もちろんこんな所で完全に眠ったりしない。
血の匂いにつられて他の獣が寄ってくる可能性だってあるからだ。
俺は周囲への警戒を怠らないよう、半覚醒状態を維持しつつ寝床で横になった。
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