覇者は森を進む
翌日。特に近づいてくる危険な気配もなく朝を迎えることが出来た。
なるべく置いていくことになる生肉から消費したいので、昨日と同様に丸焼きの準備を始める。
そういえば熊は右手が美味しいと本に書いてあったが正直味の違いは分からなかった。どっちも獣臭いだけだった。
おそらくは調理の仕方に問題があるのだろう。だがこんな場所で流暢に料理などしていられない。
俺は持ち前のもったいない精神で、これでもかというくらい焼いただけの肉を胃袋の中に詰め込む。
後は大変不本意ではあるが置いていくことにし、後ろ髪引かれる思いで重い腰を上げる。
今日は昨日の反省から、なるべく面白そうな、もとい危険そうな気配は避け、森の奥へとさらに進む。
森は奥に行くに従い、影が深くなり、昼間でも日が差がなくなる。だんだんと湿気も増し土の匂いが強くなってきた。
前世では見ることのなかった深い森に、再び好奇心が疼き探索したくなるが、今は目的地に着くことが優先だと自分を戒める。
自分の絶対的な感覚だけを頼りに道無き道を突き進む。
木々の合間を分け入ってひたすら神樹ユグラシードを目指して。
そうして三日ほど進んだ森の奥で、馴染のない気配を感じ取った。
獣とは違う統率された動き。該当するのはおそらく話にあったこの森に住むエルフ。
相手の目的は分からない。だが、なるべく穏便に済ませたいところではある。
なので俺は余計な刺激をしない為、殺気を消してエルフ達の出方をうかがう事にした。
感知していた六つの気配は、動きを止めた俺を取り囲むと逃げ場を塞ぐ。
しばらく互いに動かず様子見をしていると、そのうちの一人が正面から姿を表した。
予想通りそれはエルフで、そいつは予想を超える美しさだった。
まあり美醜にこだわりの無い俺ですら間違いなく美しいと思えたその女は、長い白金色の髪に切れ長の目、長い耳はエルフの特徴そのもの。
まるで美の化身のようなそれは、俺に臆すること無く話しかけてきた。
「オッ。パーイボ、インバ、インボン。キユー、ボンパ。イーオッ」
それは人間族が使わない古代メナス語。
そしてなぜ俺が彼女の言葉が古代メナス語だと理解できたのかといえば……勿論こんな事もあろうかと古代メナス語を学んでいたからだ。
だから俺は彼らの言葉。古代メナス語で返事をする。
『俺に敵意は無い。まずは話を聞け』と。
女は驚いたように言葉を返した。
『私の言葉が分かるのですか?』と。
『無論だ。先程も言ったが俺は争いに来たわけではない。あんたらが伝承に聞く賢人達なら言葉でわかり会えるはずだろう』
『成る程。今までの人間族とは違うようですね。あなたには私達の言葉を解する知性がある。ただ闇雲に奪うだけの連中とは違うと言うことですね』
『そうだ。俺は武を好むが弱い者をいたぶる趣味は無いからな』
『ほお、その言葉。私達が弱き者だと?』
俺はその返事として、軽く十通りの殺戮パターンをイメージして殺気として送る。
そのイメージを既視させられ、ヘタれこんで膝から崩れ落ちる女。
それに合わせて周囲の警戒が強まる。
『待ちなさい皆の者。この方と争っては駄目です』
周囲に声を掛け、気丈に立ち上がる女エルフ。
しかし足はガタガタと生まれたての子鹿のように震えている。
少しやりすぎたと内心反省しつつ、言葉を続ける。
『俺の望みはユグラシードの枝葉。それを少し分けてもらいたい。それだけだ』
『……なるほど。要望は分かりました。ただユグラシードは我々にとっても神聖な木、おいそれと許可は出来ません。一度持ち帰って長老達の許可を仰ぐ必要があります。少し時間は掛かりますが、ここでお待ちいただくことは出来ますか?』
『分かった。無駄な争いをしないで良いのならここで待とう』
一対一なら大概の相手に負ける気はしないが、多勢に無勢になると戦は分からなくなる。
無駄な戦いが避けれるのならそれに越したことはない。
「ありがとう強き者。私からなんとか執り成してみましょう」
エルフの女は心底安心した表情を見せると、人間の、アルカンディア王国の言葉でそう告げた。どうやら博識らしい。
だから俺の実力を鑑みて争わない方が得策だと思ってくれたのだろう。懸命な判断だ。
「そうか、では頼んだ美しき者よ」
俺も人間のアルカ語で返し、彼女を信じてこの場に留まることにした。
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