覇者は根城を潰す

 砦の近くで下馬し様子をうかがう。


 情報ではまだ二十人近く居るとの事だ。

 どうせ魔術師以外は雑魚なので突撃して蹴散らしてもよかったが、まだ弓を試せていない。


「ヴェルガー様。ここは私が弓で」


「待て、俺も弓を試す」


 そう宣言し、ミカエラと共に侵入すると、あっさり高所を確保する。

 こんな絶好の場所に見張りを立たせていないのは自分たちが襲われる立場になるなんて思ってもいないからだろう。


 見渡せば。ならず者達の多くが中央広場の焚き火に集まり、酒や飯をかっ食らっていた。

 ただ見た感じ魔術師っぽい輩はいない。


「とりあえず片付けるか」


 誰に言うまでもなくそう呟くと、弓を射る。

 エルフの複合弓とアダマス鋼の矢の組み合わせは、威力が凄まじくは簡単に人の頭蓋を貫通した。

 ならず者達は突然周囲で頭を射貫かれ倒れて行く者達を見て騒然としだす。

 ようやく一人が敵襲だと気付き、大声を上げて警戒を促すが遅い。目に付いた者から確実に射貫いて始末して行く。


 ミカエラと共に、外に出ていたほとんどの者の掃除が済んだ頃合いで、ノコノコと遅れて砦内から数人が姿を現す。


 どうやらそのの中の一人。杖を持っているのがボスの魔術師ギエンのようだ。


 このまま弓で始末してしまうことも出来たが、それでは試し切りにならない。


 俺はミカエラに合図を送り弓での攻撃を止めさせると、高所から降り立ちギエン達の前に姿を見せる。


「キサマ、誰に手を出したのかわかっているんだろうな」


 ギエンが低い声で威圧する。

 それに便乗して隣の男が金切り声をあげる。


「おいおい、折角のお楽しみの最中を邪魔してくれちゃってよ、楽に死ねると思うなよ、こらぁ」


 見た感じまったく剛毅さの欠片もない男で、完全に虎の威を借る狐だ。


 試しに普通の矢尻でその男の頭を狙って矢を放つ。

 しかし矢は見えない壁に阻まれたかのように弾き返される。


「フッフッフ無駄だ。魔術を扱えない下級民に私の障壁を傷つけることなんて出来やしない」


 そう喚いたギエン。


 なるほどこれが魔術障壁。

 普通の武器では傷をつける事は出来ない。


「そうか」


 俺は今度はアダマス鋼の矢を弓に番え放つ。


「だから無駄だと」


 そう言ったギエンの隣の男の頭を矢が貫通する。

 がなっていた男は倒れ、もう二度と喋る事は出来なくなった。


「ハァァア!? 何をした魔術か?」


 自分の魔術障壁がいとも簡単に無効化された事が理解できずに狼狽えるギエン。

 部下も同様に動揺しざわめき立つ。


 この程度で……まるでなっていない。

 戦場で冷静さを失えば待つのは死だ。

 しかたないので、身を持って教えてやろう。

 俺は立て続けに矢をつがえると、周囲の雑魚から頭を射貫いて始末して行く。


 そして気付けばギエン一人の状況。

 ようやくこれで試し切りが出来る事で嬉しくなり思わず口角が上がる。


「ひぃ、どうなってやがる」


 この期に及んで状況判断も出来ないこの男は指揮官として使えない。


 俺は弓をしまい込むと、無手の状態である事を強調し、人差し指で掛かってこいと挑発する。


「くそがぁ、舐めやがって」


 魔術師の男はまんまと挑発に乗せられ、魔術の詠唱に入る。

 しかし、こうなると魔術師の弱点が露呈する。

 詠唱している間が隙だらけなのだ。


 こんな間合いで隙を見せれば殺してくれと言っているようなものだ。

 つまり俺が本気なら目の前の男は魔術を唱える前に死んでいた。

 だが俺はあえて詠唱を止めなかった。

 

 魔術師の男は詠唱が完了すると手から雷撃を放ってきた。

 こちらに手をかざす動作で動きは見切れていたので、腰の剣、レヴィアを抜き一閃すると電撃も跡形もなく消え失せる。


「ひぃ、いったいお前はなんなんだ?」


 何が起こっているのか理解できていない魔術師は、それでも俺を倒そうと次の魔術の詠唱に入る。


 しかし魔術に対する有効性を試し終えた俺には、もう待つ理由が無い。


 軽功を併用した縮地で一気に間合いを詰め、そのままの勢いで鳩尾に肘を叩き込む。

 鈍い音と共に、魔術師の男は呼吸出来なくなり、うずくまる。

 そして差し出されるようにして下げた首を俺は容赦なくレヴィアで切り落とした。


「たいしたことなかったな」


 誰に言うわけでもなく呟く。

 こうして対峙してみれば魔術師単体はそう脅威ではない。やはり魔術が真価を発揮するのは集団戦。大規模の戦の時なのだろう。


「ヴェルガー様。油断は禁物ですよ。魔術師の中には無詠唱で魔術を行使する者もいますので」


 高台から降り、戦いを見守っていたらしいミカエラの助言に対し俺は素直に頷く。

 慢心は油断を生むからだ。

 それに無詠唱と言うのは初めて聞いた。大概の書物は読み漁っていたと思ったが、やはりまだまだ知らない事は山ほどあるのだと感心する。


 流石はミカエラ齢三百年を超す長寿の一族だけはある。


「あと、エルフはさほど年齢を気にすることはありませんが、私はまだまだエルフでは若輩者。年寄り扱いされるのは、いささか気分がよろしくありません」


 俺の顔色を読んだのか?

 ミカエラの美貌を前にして老人扱いしたつもりは無いが、顔に出ていたのなら今後は気を付けることにしよう。

 それに男が女の機嫌を損ねていい事などあった試しがない。

 ここは素直に謝っておく。


「済まなかった。ただミカエラを年寄り扱いなんてしたことないぞ。だいたい、その美しさはどう見たって老人のものではないだろう。俺はただその知識に感心しただけだ」


 フォローというよりは本音に近いが、別に悪い事を言っているわけではないので構わないだろう。


 実際にすぐに機嫌を直してくれたミカエラと共に矢を回収しつつ、砦の中も調べる。

 残党は見当たらなかったが代わりにやつらの残した醜態の残滓が残っていた。


「ひどい」


 弄ばれていたらしい女達を見つけ、ミカエラが顔をしかめる。


 特に酷かったのが獣人と思われる娘で、足の健が切られ、体中痣だらけ。息は辛うじてしているが、目は完全に死んでいた。


『これだから人間は』


 怒りを隠せないミカエラがメナス語で罵ると荒ぶる。


「ミカエラ。俺は人間の女達を村に返してくる。それまでその娘達の治療を頼む」


「……分かりました」


 獣人の娘は気になったが、人間族の娘達も助けた手前放置する訳にもいかず、近隣の農村へと護送してやることにした。


 はだけた衣服は野党共の中から適当な物を見繕い、羽織らせる。

 農村も襲われて大変な時期だが、同じ人間同士なのだ放りだしたりはするまい。


 俺は娘達の歩みに合わせて農村へと向かう。


 ようやく農村に着いた時には火は完全に消えていたが酷い有り様だった。


 俺は村人を呼び止め村長を呼んでもらい、事情を説明する。

 村長は娘達の受け入れに難色を示したが、俺が持ってきた野盗のボス、ギエンの首に恐らく懸賞金が掛けられているだろうと話すと、態度が変わり、首と引き換えに娘達を受け入れてくれた。


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