覇者は失態を演じる
真のアダマス鋼とその試験結果の報告はミカエラからすぐに三賢老に伝えられた。
回答としては一度実物を見たいと言うこと、ただユーフォニアに持ち込むのは危険だと判断されたらしく、視察役としてヨゼフがこちらに派遣されてくることになった。
人選としては正しいのだろう、ウリエラでは俺に好意的すぎるきらいがある。
その先触れ通り三日後にヨゼフが村に到着した。
ちょうど仲良くなった村の鍛冶師カーンと、鍛冶師アルアルで飲んでて盛り上がっていたところだったので待っててもらったら、待ちきれなかったようで乗り込んできた。
『飲んでる場合か、ヴェルガー殿』
俺がほろ酔いで気持ち良く浸っていると、細く切れ長な目を更に吊り上げて怒りを顕にしていた。
『いやー、申し訳ない。まあ、俺としてはいつでも試してもらって結構だからさ。ひっく』
言葉通り、この程度の酒で酔うわけが無い。
なにせ前世ではウワバミだったのだから。
俺は少しぐらつく地面をしっかりと踏みしめて真っ直ぐ歩く。
けして酔っ払ってなどいない俺は、周囲に迷惑を掛けない村の外れまで来た。つまり状況判断が出来ているということだ。
『ヴェルガー殿。そんな酔った状態で何が出来ると?』
『えーとっ大丈夫、だいじょぶ。だから構わないからさ、ヨゼフさん。エルフ御自慢の精霊術試してみてくれぇ』
『ふぅ。まったくこれだから酔っ払いは……仕方ない、我が呼びかけに応じよ地の精霊よ』
ヨゼフは手を地面にかざすと、そこから大地が隆起し、巨大な蛇のようなものが姿を現す。
それを見ていたミカエラが慌ててヨゼフを止めに入る。
『なっ、地の大精霊ヨルムンガンドを呼ぶなんてやり過ぎですヨゼフ様』
『本人が構わんと言っているのだ。それに良い薬にもなろう……大地よ絶対なる守り手となれ』
ヨゼフがヨルムンなんちゃらの蛇に命じると、俺の周囲に地中から壁が迫り上がると、天高く四方を囲んだ。
『ヨゼフさまぁ』
『酔っ払いなど一日そこで頭を冷やすが良かろう』
良く聞き取れないが、ミカエラとヨゼフが何か言っている。
まったく邪魔な壁だ。この俺の話を遮るなんてけしからん。
俺は腰の剣を抜くと回転斬りで邪魔な壁を丸っと切り払うと、高くそびえ立つ壁が跡形もなく消え去る。
それを目の当たりにした目の前の二人が驚愕の声を上げる。
「「オパァ」」
『有り得ぬ。古の大魔導師ワグナーの【
そう熱くヨゼフが語っているがさっぱり頭に入ってこない。むしろ高速回転したことで胸の奥から熱いものがこみ上げてきて……なんなんだこれは……こんなのは経験したこと無い。
「ヴェ、ウェルガー様大丈夫ですか?」
俺の様子がおかしい事に気付いたミカエラが駆け寄ってくる。
俺はクラクラする頭と、こみ上げる熱量を我慢しきれなくなり、思いの丈をミカエラに吐露した。
目が覚めると非常に頭がズキズキして痛い。
それに昨日の記憶が曖昧だ。
「……お目覚めですかヴェルガー様」
朝に弱いはずのミカエラがすでに起きている。
そしてミカエラの抑揚のない声。視線は蔑んでいるようにも見える。
「えっと、あの……もしかして俺はなにかやらかしてしまったのか?」
「ぐすっ、私……ヴェルガー様に汚されちゃいました」
「はぁあ!?」
いや、なんというか、ミカエラは美人だしお相手としては申し分無いのだが、って違う。
俺が前世で忌み嫌った無秩序で女と見れば誰かれ犯すようなクズと同様なことをしてしまったと言うのか?
あり得ない。
あり得ない筈なのに、昨日の記憶が全く無いのも事実。
昔配下達が酒で記憶を無くしてなんて言っていたのを体の良い言い逃れだと思っていたが、今なら配下達の気持ちが分かる。
「いや、その、なんというか……」
余りの失態に言葉の出ない俺に、堪えきれなくなったミカエラが笑いだした……笑いだしただと?
「アハッハッハ、そのごめんなさいヴェルガー様。そんなに動揺するなんて思っても見ませんでしたから」
「……つまりさっき言ったことは嘘だと?」
「嘘ではないですよ。ただヴェルガー様が思い浮かんだ事とは違うってだけで、汚されたのは本当ですよ。本当に覚えていませんか? 昨日ヨゼフ様の精霊術を剣で切り払った後……」
「あと?」
「私に向かって思いっきり嘔吐したんですよ」
「あー、えっと……済まん」
俺は素直に頭を下げた。
まさか酒に飲まれて失態を曝すなど覇者にあるまじぎ所業。
穴があったら入りたいとは、こういう気持ちを指す言葉なのだろうと実感する。
「もういいですよ。それより今度からお酒は程々にして下さいね」
「はい」
酒で失敗した以上嫌とは言えない。
それにしても盲点だった。
まさか現世の体が酒に弱いとは、とほほである。
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