覇者は認められる
昨日の事はお互いに大人気なかったと水に流し、改めてヨゼフと会談した。
『ヴェルガー殿。その鋼の実力しかと見せてもらった』
『ならば、改めて俺はユーフォニアと友誼を結びたいと思うのだが』
『うむ。しかしその鋼は我々エルフにとっても諸刃の剣。それは、そなたも理解出来るであろう』
『ああ、だからこのアダマス鋼の精製方法を伝える。そしてあんたら以外には口外しないって事でどうだ?』
『つまり、その鋼の独占を認めると?』
『そうだ。そして俺がいずれ軍を率いるようになった暁にはアダマス鋼を供給してもらいたい。そうすれば、ここユーフォニアを守る盾にでも剣にでもなろう』
『……夢物語だな』
ヨゼフがそう言って嘲笑する。
『今はな。だが俺は必ず事を成す』
俺はその嘲りを目をそらすこと無く受け止める。
ヨゼフもこちらをうかがうように目を逸らさない。
『ふぅ、何故だろうな。荒唐無稽極まりないのに信じてしまいそうになるのは』
『あの鋼を見ただろう。俺は有言実行だ。覇道を突き進むと決めた以上、その道以外を歩くつもりはない。人間としてではなく俺という存在を信じろ』
エルフ族が人間族を信じきれないのは歴史や価値観の違いから分からなくはない。
だから人間という大括りではなく、俺という覇者になるべき者を信じれば良いそれだけだ。
『ハッハッハ。俺を信じろか、良かろう、ならその言葉の重みを示してもらおうか』
『まさかヨゼフ様。
ミカエラが険しい表情でヨゼフに尋ねる。
『ヴェルガー殿の言葉を誠にするにはそれしかあるまい』
『しかし、こちらは誰が責務を担うというのですか?』
『当然わしだ』
ヨゼフは威厳ある深く重みのある声で返した。
『俺は構わない』
俺の承諾する言葉に、ミカエラが諭すように語りかける。
『ヴェルガー殿。本当に宜しいのですか? 約束を違えれば貴方は命を失うことになるのですよ』
『覇者の言葉に二言無し』
前世で生まれた諺だ。
勿論出どころは俺自身。
俺は諺通り自分の言葉を曲げるのを嫌った。
そもそも覇者たるものが己の言葉を反故にすなど言語道断だからだ。
『わしも三賢老の一角として、制約を違えるような恥をさらすわけにはいかぬ』
『そうですか、ならばわたくし、風の賢老ウリエラの娘、風の導き手たるミカエラが立会人と成りましょう』
『ああ。俺に異存はない』
『わしもそれで良い』
俺とヨゼフが合意したのを確認したミカエラは頷くと告げた。
『ならば暗き月の女神の名の元で、身命を掛けた誓いを交わす為、次の朔の夜に互いの制約を交わすことしましょう』
語り部のような口調のミカエラが話し終わると、不安そうな顔を俺を見た。
「本当に宜しんですね」
「ああ問題ない、お前も俺を信じろ」
「……分かりました。そもそも私がまずヴェルガー様に命の恩に報いなければなりませんから。それも合わせて誓わせてもらいます」
「はあ、なに勝手に決めている。確かにミカエラの存在は有り難いが、それでも覇者たる者が可憐な乙女に守られてたまるものか」
「ふっふ、人間族ではそうかもしれませんが、エルフ族では男女は平等なのですよ」
「まったく、お前はすぐに屁理屈をこねる。しかも絶世の美女なのがたちが悪い。俺以外の男だったら鼻の下が伸びて、とっくに骨抜きになってるところだぞ」
「あら、それも褒め言葉として捉えておきますねヴェルガー様」
俺達二人のやり取りを唖然として見ていたヨゼフが、咳払いをして間を仕切りなおしにかかる。
『ごほん。仲の良いのは結構だが、そういうイチャイチャというのは人目の無いところでやるべきでは無いか』
『イチャイチャだと!?』
『失礼しましたヨゼフ様』
『まあ良い。私は先に戻る。それから、これが追加で要望していたユグラシードの枝葉と、流石にユグラシードの大枝は切れぬからな、代わりのミストルティンを用意した』
『ミストルティン?』
初めて聞いた言葉に疑問が浮かぶ。
『詳しい話はミカエラにでも聞くと良い。ではなヴェルガー殿』
ヨゼフはそう言って去って行った。
俺はヨゼフの言葉通り、ミカエラにミストルティンが何かと聞いてみた。
「ミストルティンとはユグドラシードにのみ宿る、宿り木の事ですよ。素材としてはユグドラシードの大枝と変わらないほどの強度を誇ります。それこそ並の鋼では切れないほどのですよ」
「なるほどな。ん!? ちょっと待て、ならミストルティンはどうやって切り出したんだ?」
「ああ、それは精霊銀と呼ばれる精霊術とも相性の良い白銀を、精霊術で強化して切るんですよ」
精霊銀。メリクル銀とも呼ばれ、名前だけなら書物で読んだことがあり知っていた。しかし、サガムの親方の所では見たことすら無かった。
「なあ、それって見せてもらうことって出来ないのか?」
未知の素材に対して好奇心がうずいた。
「良いですよ。これです」
ミカエラが何でもなさそうに腰に帯剣していたショートソードを抜くと、俺に手渡してきた。
早速手に取り、刀身を眺める。
鋼のような無骨さは無いが、刀身には装飾が施され美術品としてもおかしくない白銀に輝く美しい剣だった。
「凄いな。彫られているのはゴッズ文字か?」
「驚きました。本当にヴェルガー様は博識なのですね。そうです仰る通り、そこに彫られてる装飾は古代の魔法文字。ゴッズです」
なるほど金属自体も精霊術と相性のよい精霊銀、それをゴッズ文字で強化しているのだろう。
正に魔術との親和性の高い、アダマス鋼とは真逆の金属。実に面白い。時間がある時にでも調べてみたいところだが今はその時では無い。俺は多少後ろ髪を引かれつつも剣をミカエラに返した。
「ありがとうミカエラ。それにしてもユーフォニアの民はこんな貴重そうな物を気軽に持ち歩いているものなのか」
「いえ、流石に精霊銀はユーフォニアでも貴重な素材ですから。主に武器は人間で言う所の軍団長クラスにしか支給されてません」
つまり、ミカエラはその軍団長クラスと言う事だ。それなりの立場だとは思っていたがユーフォニアの軍事を担う者が俺なんかにべったりで良いのだろうか?
俺はそんな疑問を抱きつつ、譲り受けたミストルティンで槍を作るために鍛冶部屋へと向かった。
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