覇者は制約を交わす
ミストルティンは精霊銀で斬れるとの事だったので、ミカエラに頼んで柄の長さに合わせて百五十セルに切って貰った。
穂先は十文字で前世で使用したものと同様の七十セルを想定。全長二百二十セルは前世で愛用していた馬上用の槍よりは短いが、下乗して使う分には問題ない長さだ。
それに今後馬上用として使うための考えもある。
俺は早速アダマス鋼を精製し、槍の穂先を鍛え上げる。
今回も完全集中して鍛造したので満足出来るものが出来上がった。
ふと完成した槍を見ると、朱色に染め上げた柄に紋様が彫られていた。
「これはミカエラが彫ったのか」
「はい、ゴッズ文字で具不退転を意味する文字を刻んでおきました。あの余計な御世話でしたか?」
魔力が無く魔術が使えない俺にはゴッズ文字の真価を発揮させることは出来ない。しかしミカエラの気持ちは純粋に嬉しい。
「いや、正に俺に相応しい言葉だ。良く分かってるじゃないか、さすがミカエラだ」
「ふっふ、喜んで頂けたならなにより。それにその槍は私も手伝ってますから、合作と言っても良いですよね」
俺の言葉に微笑み返すミカエラ。
「確かにそうだ。アダマス鋼のミストルティンを使ったある意味で俺とユーフォニアの友好の証とも言えるな」
槍を掲げ、取り回しを確認するために演武を披露して見る。
感触としては、ミストルティンが軽いお陰でかなり扱い易い。
「サールイン・ミストレル」
俺の演武を見て、ぽつりとミカエラが呟いた。
「ん、その名は?」
「ユーフォニアに伝わる伝説の槍の名です。神を討ち滅ぼし、神代の時代を終わらせた変革の槍」
神の時代を終わらせた槍か、魔術の時代を終わらせようとしている俺の得物にはピッタリの名かもしれない。ただ名前は長ったらしいので。
「そうか、ならこの槍の名はミストレルだ。どうだ良いと思わないかミカエラ」
「いいと思います。ならば剣の方は、同じ伝説になぞらえて、神殺しの剣レヴァイアテインからもじってレヴィアなんてどうでしょう」
ミカエラから提案された名前は、なんだか俺の心をくすぐる響きだった。
「おお、なんか響きがカッコいいな。気に入ったぞ今日からこの剣と槍は、覇者の剣レヴィアと覇者の槍ミストレルだ」
俺は剣と槍を掲げて宣言する。
「名は言霊となって力を持ちます。きっとその剣と槍も、その名に恥じない活躍を見せるはずです」
俺は力強く頷くと、気分が良かったのでミカエラにも矢じりとは別にアダマス鋼でナイフを作ってやった。
もしかしたら精霊が怯えるので必要ないと断られるかと思ったが、ミカエラは喜んで受け取ってくれた。ただ偶にそのナイフを見てニヤニヤと笑っていたので少し怖かった。
そうして俺が槍やナイフを作っているうちに約束の日が来た。
月の光が完全に失われた闇夜の森。
ミカエラに誘われ、俺とヨゼフがその場所にたどり着くと、闇の中で淡く光る輝鉱石と呼ばれる石で出来た祭壇が目に入った。
「これは?」
「暗き月の女神ヘカティーナ様を祀る社ですよ」
『さすがはミカエラ短い期間でよくぞここまでのものを用意したものだ』
祭壇を見渡したヨゼフが感嘆の声を上げる。
『ありがとう御座います。ヴェルガー様とユーフォニアの未来を変える大切な制約を交わす場なので、少し気合を入れさせて頂きました』
どうやら俺が鍛冶に勤しんでる間、ミカエラも今回の準備に頑張っていたらしい。
『よし、ならば早速儀式の進めてくれ』
『俺は何をすれば良いんだ?』
何分儀式の流れが分からない為、ミカエラに指示を仰ぐ。
『ではヴェルガー様はこちらに来て、台座に手を置いて下さい』
ミカエラに言われた通り、祭壇の台座が置かれた場所へと移動し、言われるままに手を置いた。
ヨゼフも俺と対面となる位置に着くと、同じ様に台座へと手を置いた。
俺とヨゼフの立ち位置を確認したミカエラは、その中間地点に立ち、事前に約条を記しておいた書面を中央の天秤に乗せる。
そして徐ろに両手を上げると、月の無い空を仰いだ。
『深遠なる暗き月の女神へカティーナよ、御身の名の元、不壊の誓いを宣言する者達の声を聞き届け給え』
ミカエラの祝詞のような口上を確認したヨゼフが見本として先に制約を宣言する。
『我、ユーフォニアの地の賢老ヨーゼフハインネルはここに制約しよう。我らの盟友となりしヴェルガーの約条が守られている限り、我らユーフォニアの民はその覇道に助力は惜しまない事を』
少し驚いた様子のミカエラ。
すぐに気を取り直し俺の方を見る。
『我、未来の大陸覇者たるヴェルガーがここに制約する。魔を断つ鋼アダマスの製法をユーフォニアの民以外には口外せぬと、そして盟約に従い有事の時はユーフォニアの為に剣となり盾となる事を』
『女神へカティーナよ、制約聞き届けたのなら、約束を違えし者を罰する誓いの証を、この者達に賜りますよう願い申し上げます』
ミカエラが天を見上げてそう告げると同時に祭壇の淡い光が強く輝く。
光は祭壇の中心から、まるで月へと導かれるように天高く伸びると、一瞬で消えた。
『うむ。どやら制約は成ったようだな』
ヨゼフが手の甲を確認しながら言う。
俺も手の甲を確認すると不思議な円環の紋様が手の甲に刻まれていた。
『なるほど、これが制約の証か』
『はい、二人共に制約は受理されました。誓いを破るとへカティーナさまより神罰が下りますので絶対に破らないで下さいね』
『ああ』
『無論だ』
俺とヨゼフが息を合わせたように答える。
照れ隠しなのか思わず欲しくそっぽを向くヨゼフに俺は話しかける。
『それでヨゼフさん、いやヨゼフ殿。あの制約、言ってたよりも太っ腹な気がするが良いのか?』
『構わん。どうせ掛けているのはわしの命だ、ならわしの裁量で変えたとて問題あるまい』
今度はしっかり俺を見て言葉を伝えてくるヨゼフ。
『ふっ、安心しろ、貴殿の期待を裏切ることには絶対にならない』
俺が自信満々にそう答えると。
『やれやれ、その自信はどこから湧いてくるのだろうな』
ああ、それは。
『ヴェルガー様が生まれついての覇者だからですよ、ヨゼフ様』
なぜか嬉しそうにミカエラが代わりに答えていた。
※距離単位
ミル=ミリ
セル=センチ
メル=メートル
ギル=キロ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます