覇王は宣言する

 空気の変わった謁見の間で最初に口を開いたのはイルミナだった。


『それでヴェルガー殿。そなたの望みを叶えた先に我らは何を見る?』


『人間の歴史を変える代物だ』


『本気でそれが出来ると?』


『うーん。正直に言えばわからん。でもやってみなければ始まらぬだろう』


『クックック。いいな、ミカエラが気に入っただけはあるな。私はこの大タワケに掛けてみたくなった』


『ウリエラなにを、本気で人間に我らエルフの行く末を託すとでも』


『なあ、ヨゼフ。どうせ、このまま行けば我らはいずれ人間に淘汰される運命。ならばその人間に掛けてみるのも一興であろう』


『なっ、何をバカな事を!』


『落ち着きなさい二人共。ここで結論を出すのは早計というもの』


 二人を諌めるイルミナに対して俺は提案する。


『じゃあこうしようじゃないか、ここにも一応鍛冶場はあるんだろう』


 エルフは精霊術というものを日常的に使うため、精霊の嫌う鉄を避ける傾向にある。しかし日常生活には、やはり必要な物もあるらしく少量ながら鉄器を生産する鍛冶場がある事を、こんな事もあろうかとミカエラから聞いていたのだ。


『それならば山麓の村に、そこで何をしようと?』


 ヨゼフが怪訝な目で俺を見る。


『さっき言った。人間の歴史を塗り替えるものを作るのさ、それを見た後でどうするかを決めてくれ』


『分かりました。まずは一度だけユグラシードの枝葉をお譲りします。それで結果を示して下さい』


『イルミナ。本当に良いんだな?』


 最後まで反対気味のヨゼフをなだめるようにウリエラが告げる。


『本当、ヨゼフが心配性なのは昔から変わらないな。まあ、変なことしないようにうちのミカエラも引き続き付けとくさね、どんな物が出来上がるか見てみようじゃないか』


『……結論は出ましたね。ヴェルガー殿、あなたが云う件の品で、見事私達に未来を垣間見せて下さい』


 イルミナのその言葉で話が纏まると、隣でずっと控えていたミカエラが頭を上げる。


『ではヴェルガー様のお世話は私が引き続き担当させて頂きます』


『おう、任せたよミカエラ。とりあえずは山麓の村に案内してやりな。ユグラシードの枝葉は後で届けさせるからさ、色々としっかりおやり』


 ウリエラからの言葉にミカエラが力強く頷く。


『ふぅ。ヴェルガー殿。息子を助けてくれたことには感謝しますが、年長者の肝を冷やす発言には注意して頂きたいものです』


 ヨゼフは疲れた表情でチクリと釘を刺す。


 まあ、俺の大胆発言の煽りを一番に受けた、ある意味で一番の良識人なのかもしれない。


 

 取り敢えずその日の話はこれで話は終わり、ミカエラの家まで案内されると、寝床として提供された。


 部屋は質素だったが、良い香りのする柔らかなベッドでぐっすりと睡眠を取る事が出来た。

 翌日。朝の弱いミカエラを叩き起こし、朝食を済ませると、早速山麓の村へと向かうことにした。



 山麓の村は、ファルファリスの森を北のアラハト山脈側に抜けた先にあり、森では危険な火を扱う仕事を請け負っている地域になる。



 徒歩で二日掛けてたどり着いた山麓の村は、最初に訪れた村よりは人数が少なかった。


 ミカエラによれば最初の村は防人の村と言ってエルフ達の前線基地も兼ねているらしい。

 ただ歴史によればエルフと人間の戦いは三百年以上前に遡るので、今は増えすぎた森の魔物を駆除するのが役割に変わっているとのことだ。



 村に入ると直ぐに鉄の臭いがしたので鍛冶場の場所は直ぐに分かった。


 早速設備を確認すると、サガムの親方の所と大差なかった。ただるつぼは無かったので自分で準備する必要はある。

 しかし基本的な物は揃っているのでアダマス鋼の精製は問題ない。


 俺はユグドラシードの枝葉が届くまでの間、手慰めにミカエラが使う弓の矢尻を既存のアダマス鋼でこしらえてやった。


「これがヴェルガー様の作りたい物なのですか?」


「正確には違うな、俺が作りたいのはこれの完成形だ」


「しかし、これでも十分に精霊が怯えています」


「ん!? どういう事だ?」


「ヴェルガー様に話した通り、精霊は鉄を嫌います。しかしそれはあくまで嫌って近づかない程度。しかしこの鋼に精霊達は、明らかな脅威を感じ恐れを抱いています」


「なるほど、つまりアダマス鋼なら精霊も切れるという事だな」


「ヴェルガー様なんということをおっしゃるのですか」


 俺の言葉に不穏なものを感じたのか、珍しくミカエラが声を荒げる。エルフにとって精霊は神聖で、それでいて身近な友でもある。ミカエラの反応はある意味、当然といえば当然なのかもしれない。


「言葉が悪かった。そう怒るなミカエラ。そもそも俺が切りたいのは精霊ではなく魔術だ。魔術師達が使うそれを切り裂いて、新しい道を示したいのさ」


 俺は素直謝ると本来の目的を話す。

 ミカエラもそれで安心したのか険しくなった顔を引っ込める。


「……なるほど、でも理解は出来ました。私達の使う精霊術もその仲介となってくれる精霊も、元は大自然に漂うマナという力が源です。それに対し人間は自らの体内に持つ魔力、オドを解放して魔術を行使すると聞き及んでおります。仮にマナとオドの本質が近しいものだとしたら……」


「魔術を切り裂くことも可能ってわけだな」


 俺が伝えたかったことのほぼ満点の回答に、良く出来たとミカエラの頭を撫でて褒めたくなる。

 しかし、相手は年上で大人の女性。そんなデリカシーの無いことは出来ない。


「もし、本当にそれが可能なら……確かに歴史は変わるかもしれませんね」


「変わるかもではなく、変えるんだよ。この俺がな」


「ふっふ。ヴェルガー様の飽くなき自信はどこから生まれてくるのでしょうね」


「なに、俺は生まれついての覇者だからな。ワッハッハッハ」


 俺は笑いながら紛れもない事実をミカエラに告げるのだった。



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