覇者は旅をさせろと言う

 ミカエラが帰って来る間。早速ココに豪剛拳の基本を教えていた。

 この世界には俺の知る限り武術は存在しない。

 だから間合いといった基礎的な考えや、効率的な体の動かし方なんてものも無い。


 ただココは頭で考えるタイプでは無いのは明白。

 なら基礎の型を反復して覚えさせるのが効率的だろうと考えた。

 そうすれば自然と効率的な体捌きも身に付くはずだ……たぶん!?


『なあ、ベル。こんなの繰り返して本当に強くなれるのか?』


『ああ、積み重ねた功夫は必ず力になるぞ。あとは……武術以外には言葉を覚えようか、意思の疎通は対話からだからな』


『えー、ベルはココの言葉分かるんだろ。ココもベルの言葉は分かるから問題ない』


『そうだな、この村だけならそれでも問題ない。でも世界は広いぞ。この大陸だけでも、ミカエラのエルフ族は古代メナス語が常用語だ。人間族でも西のアルカンディア王国と周辺諸国。東のメリケヌス帝国とその南の都市国家群。さらに海を挟んだ列島諸国でも言葉は違うぞ』


『なっ、なんて面倒臭いでやがりますか、もう世界中ココ達の言葉に統一するが一番いいです。そうすればいちいち覚えなくてすむです』


 予想はしていたが、お勉強は苦手なようだ。まあその辺は追々、ミカエラにでも頼むことにして……そう思っていたところで、その本人が戻ってきた。



『お待たせしましたヴェルガー様。族長達とは話を付けてきました。ただ村の立ち入りは混乱が予想されるので、日が落ちてから離れの小屋で話がしたいと』


『ありがとうミカエラ。手間を取らせたな』


 相変わらずの手腕。交渉事に関しては彼女に任せれば間違いはない。


『流石はミカエラ様。きっとベルだったら族長様も話を聞く気にならなかったでやがります』


 自分が話を纏めてきたわけではないのに、得意げなココ。

 しかし、ミカエラが思わぬ所に食いつく。


『……ベルとは?』


『ああ、ココがヴェルガーと発音しにくく、覚えが悪かったからな略すことを許した』


 俺が代わりに答えると、ミカエラが驚いて声を上げた


「なっ、なんですってぇぇえ」


「いや、そんなに驚くようなことか?」


 俺にはミカエラがそこまで驚く理由がわからない。しかしミカエラは驚愕の表情を浮かべたまま、ぶつぶつと何かを呟き始める。


「…………ならば、私もヴェル様とお呼びしても」


「いや、別に構わないが、前も言った通りさまは付けなくても良いぞ」


 まあいつもそう言ってはいるのだが、ミカエラの返事はいつも決まっている。


「それは譲れませんので。ヴェル様」


 笑顔で予想通りの言葉が返ってきてこの話は終わる。

 俺は話を変え、村の様子を尋ねる。


「それで村の規模は?」


「はい、以前訪れた時よりは順調に大きくなりつつあります。今の人口は七十人ほどでしょうか」


 以前というのが何年前かは聞かないことにして、俺がこの村に求める事を率直に尋ねてみる。


「この村に戦えそうな者はいるか?」


「直ぐに戦えるとなると村の警備団に所属している者達で、良くて十人前後かと」


「なるほどな」


 拠点もまだ無い俺に兵を養う余地などないのだが、今後挙兵した時の兵員募集の候補にはさせてもらおうと考えていた。獣人族でも猫耳族アイルリアンは勇敢な一族と伝承にあったからだ。


『ミカエラ様とベル、二人だけで話してずるいのです。ココにも分かる言葉で話しやがれです』


 アルカ語で話す俺達に疎外感を感じたのか、拗ねた表情で話に割り込んでくるココ。


『ああ、済まなかったココ。お前に聞いたほうが早かったな』


 宥める意味でも俺はココに話をふる。


『お前より強い者はこの村に居るか?』と。


『うーん。ネネ姉さんが出ていってからは速さならココが一番です。えっへん。でも、でも力ならグルグルのおじさんが一番でやがります。森でビッグボアを素手で仕留めた事もあるのです』


『へえ、それは凄いですね。俊敏な猫耳族とは思えない力の強さです』


 ミカエラがココの話を聞いて感心しているという事は、きっと優秀な人物なのだろう。いずれは配下に迎えたいところである。


『他には居ないのか?』


『後は……ああ、ペペの所のポポはまだココより三つ下の子供なのでやがりますが、ココに追いかけっこで勝った事があるのです。あの時はビックリしたのです』


 一見すると長閑な話ではあるが、速さでココに匹敵するのなら将来有望な人材かもしれない。


『そうか、ならそのポポも将来俺の子分になるようにココから誘ってみてくれ』


 流石に今は連れていけないが、将来の事を考えれば人材はいくらあっても足りないのだ。

 今からアプローチしておくのも悪くない。

 そう考えていたところに、ココがストップとばかりに手をかざす。


『駄目なのです。ポポはココの子分なのでベルにはまだ早いのです』

 

 何が早いのか意味が良く分からないが、多分自分の子分だから駄目だと言いたいのだろう。

 まあ将来的な話でもあるし、ココとは強い繋がりがあるようなので、今はそれで良しとしておこう。


 なので将来有望なポポの話はここで終えておく。

 後のめぼしい情報は族長にでも聞くことにして。

 夜まではまだ時間があるので、再びココの訓練を再開する事にした。

 あとココには一緒に話し合いの場に付いてきてもらうつもりだ。


 その事はミカエラにも話しておいた。

 ただ彼女は余り良い顔はしなかった。

 恐らく、この村を見守ってきた者の立場としてだろう。

 どうやら両親のいないココを随分と気に掛けていた様子もある。


 だがだからこそ俺はあえてこう言った。


「可愛い子には旅をさせろ」と。


 意味は言うまでもない。

 旅は危険を伴い、苦しいこともある。

 だが同時に世界を、視野を広げてくれる。

 井戸の中しか知らなかった蛙は、大海を知った事で蛙人間フロッグマンに進化したなんて逸話すらあるのだ。

 素質あるものが広い世界を知らないというのはそれだけで損失だと俺は思っている。

 それに家臣にと誘っておいて何だが、ココの道はココ自身が決めるべきだ。そのためにもこの世界の在りようを知る事はココのためにもなる。


 そんな俺の説得に折れミカエラも最終的にはココの判断に任せると言ってくれたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る