覇者は新たに出会う

 野盗達の砦から、さらに炎莉えんりを走らせ六日。

 ファルファリス大森林よりは小さな森を進み、コルコルム川へと出た。

 そこから上流方面に遡り、目的の場所を見つける。

 その間、獣人の娘の容体は安定していたが、言葉を話すことはなく、目は虚ろなままだった。



「ここが、その場所か」


 遠目からみた景色は何も無い廃墟。だが違和感が半端ない。そして更に近づいてみると突然濃い霧が立ち込め行く手を阻む。


「結界術か?」


 違和感の正体に気付き、おそらく知っていたであろうミカエラに問い掛けた。


「はい。イルミナ様の精霊術【迷霧彷徨ストレーフォグル】によるものです」


 タネを明かしたと言うことは俺に隠す気はないのだろう。


「このまま切っても良いのか?」


 アダマス鋼の剣、レヴィアの柄に手を掛けミカエラに尋ねる。


「お待ち下さい。今から霧を抜ける為の術を使いますので」


 ミカエラはそう言って小精霊の【ガレ】を呼び出す。ガレはミカエラが友好関係にある風の小精霊で、穏やかな風を司っている。

 そのガレはミカエラの『風の祝福を』という言葉に従い、俺とミカエラ自身に風の加護を施す。

 すると一陣の風が吹き、道を指し示すように、濃霧の一部分が晴れトンネルのようになる。


 俺はそのままその霧のトンネルを通り抜ける。するとそこには廃墟などではく、のどかな風景が広がっていた。


「これは?」


 想像はつくが、事情を知っているミカエラの口から事情を聞きたかった。


「百年前、獣人族の方々の多くは人間族に捕まりました。しかしなんとか人間族の手から逃れた者達も少数ですがいたのです」


「それで残った者達を保護してこの村を再建させたのか」


「はい。霧の結界で人間族の侵入を拒み、知られないようにしてきました」


 ミカエラが不安そうな表情を見せる。

 理由は察しが付く。


「つまり、俺はここでは招かざる客というわけだな」


「……はい。未だに彼らにとって人間族は恐怖と憎しみの象徴なのです。ネネの事もありますし。ですから彼らがヴェルガー様に怯えや憎しみを抱いてしまうのを、どうか許してやって下さい」


 ミカエラが言わんとすることは理解出来た。

 ただ俺の目には、物凄い形相でこちらに向かってくる一人の獣人の姿が見える。

 どう見てもあれは怯えているというより……。



「ヘタンゲンロウ、ブコロルエニ、エレーニャ」 


 獣人は大声でそう叫びながら、敵意をむき出しにこちらに向かって跳躍する。かなり高い。

 俺も負けじと空へと舞い上がる。


 空中で交差する爪と拳。


 着地した時、立っていたのは当然俺だ。


『だっ、大丈夫ですか、ココ』


 着地して崩れ落ちた獣人に、荷台から飛び降り駆け寄るミカエラ。

 どうやら知り合いだったらしい。


 振り向くと猫耳の獣人族。

 シルバーブロンドの綺麗な髪と、最初から両耳の先端が折れているのが特徴的の少女。

 年齢的には今の俺とそう変わらないように思えた。


『うっぐっ、ミカエラしゃま、早く逃げてください。この人間はココが何とか食い止めますから』


 ココと呼ばれた猫耳少女は、根性を見せ立ち上がろうとする。


『おい獣人族の娘。俺に戦う意志は無い』


『なにを、人間の言葉など信じられるか……ってなんで人間族が我々の言葉を話していやがります?』


 確かに人間族でワルド語を話せる者は少ない。

 多くが獣人族を下に見ているから。

 だが俺は違う。相互理解の基本は言語だ、話をしなければ分かるものも分かりやしない。

 

『ココ、この方はヴェルガー様。彼の言葉通り敵意はありませんので落ち着いて』


 ミカエラが抱きしめるようにして、宥めにかかる。それでもココは、牙を向け敵意に満ちた目でこちらを威嚇していた。


『ふう、しかたない。では正式な決闘と行こうか、獣人族の掟にしたがって』


 獣人族は揉め事があると、武器無しの一対一で勝負をし遺恨を無くす。そう本に書いてあったので提案してみる。


『はあ、なに言ってやがりますか人間のくせに、ココ達の掟なんて知ってるはずが……あれ!? じゃあ何で決闘の事知ってやがりますか?』


 俺の提案に戸惑うココ。

 どうやら考える事は苦手らしい。


『はぁ、まったくヴェルガー様もココも血の気が多すぎます』


『いや、俺も対話で方が付けばそれが一番だとは思うが、こいつは頭より拳で理解する類だろう』


 言ってわからないなら、殴って分からせれば良い、実にシンプルだ。そしてそれでも分かり合えず、命のやり取りを希望するというのなら、俺はそれすらも受けて立つつもりでいる。


『んん!? なんか褒められた気がしやがりますが、チッチッチ、そんな事で許すほどココは甘ちゃんではないのです。なので人間などズッコンバッコンにのしてやがりますです』


 特有の訛なのだろうか、俺の知るワルド語とは若干構文が違うので聞き取り辛い。

 おそらく勝負を受けるという意味なのだろう。


『はぁ、仕方ありません。なら私が立ち合い人になります。闘いは己の肉体のみ武器の使用は禁止です。あと相手を死傷させる事も』


『分かりやがったのです』

『ああ、依存はない』


 俺とココが承諾したところで闘いが始まった。


 ココは身体能力の高さを活かし、スピードで俺を翻弄しようとする。

 左右にフェイントを繰り返し殴り掛かる。そしてそれすら揺動とし、思わず誘われた視覚の外から本命の強力な蹴りを繰り出して来た。


 しかし俺に言わせればまだ甘い。

 所詮は身体能力だけに頼った戦い方だ。

 武術のイロハもない素人攻撃が、前世で豪剛拳ごうごうけんを極めた俺に通用するはずも無い。

 視界外から俺の頭を刈りに来た足をノールックで受け止めると、その足を掴んだまま、体重を乗せながら内側にきり揉み回転をくわえて倒れ込む。


 ここで無理に抵抗すれば足を損傷する怖れもあった。しかし逆らわず身を任せた事で投げられただけで済ませたココの格闘センスは褒めるに値する。


 しかしまだ甘い。この世界には関節技という概念が無い為だろう。俺は隙だらけの足を、そのまま前世での数字4の形で固定し締め上げる。

 これぞ竜旋回投げドラゴントルネードからの四死固めフォーデスロック。俺の豪剛拳の弟弟子だったアラムターが得意にしていた連続技だ。

 

『うぎゃぁぁあ。痛いっすぅ。痛すぎでしゅ、ココの負けっす。降参でしゅう』


 最後は涙目で地べたを叩くココ。

 俺は降参を受け入れ固め技から開放してやる。


「うわぁ、容赦ないですねヴェルガー様。ちなみに見たこともない技ですが人間族はそのような技も用いるのですか?」


 勝負を見守っていたミカエラが感心した様子で尋ねてくる。


「いや、これは豪剛拳の流れを組む総合格闘術だ。おそらく今は俺しか使える者はいないだろう」


「そうですか驚きです。それにしても凶悪な技のわりにはゴーゴー拳なんて可愛らしい名前なのですね」


 豪剛拳が可愛らしいだと?!

 前世ではその名を聞いただけで泣く子も黙ったと言うのに。

 

 でも確かに「ゴーゴー」なんて言われればなんだか間の抜けた響きにも聞こえてくる。

 くっ、ならここは世界も違うのだからカッコいい名前に改名すべきだろうか?

 俺は目の前のココの事より『正直そんなどうでもいいわ』と言われそうな事に悩みを傾けていた。

 

 

 



 

 

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