第31話 音の聞き分け

 分かってきた。数ある雑音の中から聞きたい音だけを選り分ける方法が。

 雑踏の中でお友達と二人歩いている自分を想像して欲しい。友達の声は雑踏の音と比べて大きいわけじゃないけど、友達の声が聞こえるよね。

 人間の耳ってのは都合よくできているらしく、「聞きたい音」を聞くのだってさ。意識してそうしようと思ってやってるものじゃあないってのがポイントだ。

 付与術で聴覚だけじゃなく全感覚を強化したのでいきなり流れ込む情報量が数十倍になった。

 今まで無意識でやっていたことができなくなったのが先ほどまでの俺である。

 そこで、声だけに意識を向けてみたらあら不思議、他が聞こえなくなったんだ。聞こえなくは正確じゃないな、聞こえてはいるけど意識しなくなったと言えばいいか。

 聴覚だけじゃない。全身で感じとることで、声までの距離まで正確に読み取ることができる。

 実際に見なくても声の主がどのような姿形をしているのかだって分かるとは、感覚の強化って凄まじい。

 声の主は足を怪我しており、座り込んでいる。種族は人間ではなく、体格から恐らくノーム。ドワーフほどがっしりとしておらず、エルフと比べれば耳の長さが短い。

 身長から推測してもドワーフやエルフではないことが分かる。

 

「あの木の裏側だ」


 すっと前方の木を指さす。距離にしてあと100メートルくらいかな。

 クーンは俺の目標が分かったらしく、はっはと舌を出し尻尾を振っている。

 指し示したことでサラも気が付いたようで、眉根を寄せ険しい顔になった。


「よくあの場所から気が付いたわね」

「付与術あってのものだけどさ。サラにもかけようか?」

「いざという時はお願いしようかな。今は遠慮しとく」

「言いたいことは分かる」


 小声で囁きあいながらも歩みは止めない。

 サラの「遠慮しとく」という言葉に彼女の冒険者としてのプロ意識を感じ、心の中で彼女を賞賛していた。

 彼女は付与術で普段の感覚がにぶることを懸念している。

 俺も同じことを懸念し、普段から付与術を使わないようにしているんだ。

 いつでも付与術を使うことができる俺の場合は、別の懸念も生まれる。

 それは、いざという時に付与術の感覚についていけなくなるかもしれないことだ。今もハイ・センスの感覚に慣れるまで時間がかかってしまったし。

 ままならないものだよな。

 

 突如、彼女の歩みが止まる。実際に目視したわけじゃなく、感覚で分かった。

 どうしたんだろうと、彼女の方へ目を向けるとハの字だった顔が緩み、はにかんでいるではないか。


「付与術だけじゃないよ」

「どうしたんだよ、突然」

「クレイが元々持っている力があってのことだってば」

「ほ、褒めてもなんもでねえぞ」


 突然の誉め言葉に戸惑う。一方の彼女は余程面白かったのか笑いを堪えつつ返す。

 

「クレイって相当な実力者なのになんかチグハグというか。もしかして本気で勘違いしてる? と思って」

「ま、まあ。俺自身、まだ付与術を持て余しているところはある」

「なんかおかしいけど、クレイらしいね。悪い気にさせるつもりはなかったの」

「分かってるって。ありがとう」


 彼女なりに俺へ対する感謝の気持ちから言ってくれたんだって分かってるさ。

 たまたま、崖の上でピンチの彼女を救ったことから、彼女は俺に恩を感じている。

 気を遣わなくたっていいのに、って気持ちもあり、俺から彼女にツバメ茸を採集を手伝ってもらって貸し借り無しねのつもりだったんだけど。

 でもなんかいいよな、こういう関係性って。

 俺も彼女にツバメ茸の採集を手伝ってもらって稼がせてもらったし、今回だって文句の一つも言わずに本来の目的と異なるうめき声の主の元へ向かってくれている。

 感謝には感謝を、恩には恩を。

 これまでの冒険者生活でこういったことはなかった。彼女との関係性は今後も大事にしていきたい。

 

「ごめん」

「え、俺は逆に感謝していたんだけど。変な顔になってた?」

「あはは、嬉しい時は笑わなきゃ」

「確かに」


 しかめっ面をしていたらしい、ぎこちなく笑うと、サラが大笑いして困ってしまう。


「は、はやく声のところに行かなきゃ」

「そうね」

「わお」


 待ちきれなくなったクーンが先に木の裏へ行ってしまった。

 予想通り、木の裏から悲鳴が……。

 そらまあ、突然大きな犬が顔を出したらビックリするよな。

 

「クーン、こっちにきて」


 呼びかけるとクーンはすぐに俺の元まで走ってきた。


「ビックリさせてしまってすいませんでした」


 と謝罪しながら木の裏へ。

 木の裏には俺が感じ取った通りの姿をしたノームらしき人が木に背中を預け座っていた。

 歳の頃は人間にたとえるなら30代半ばほどに見え、薄茶色の顎髭に強いウェーブのかかった短い髪からは尖った耳がのぞいている。

 怪我しているのは右脚のようで、真っ直ぐ伸ばして地面に足を投げ出している状態だった。

 俺の声に応えるため、体を動かした彼の顔が苦痛で歪む。

 

「やはり、使い魔でしたか。恥ずかしながら足が動かず、このままで失礼します」

「包帯を巻くくらいしかできませんが、応急処置をしても?」

「ありがとうございます。もうこのまま魔獣に喰われると覚悟を決めておりましたところ、ラグドがきて、もしやと思いまして」

「ラグド? あ、え?」


 彼のズボンを膝下で切って、怪我の様子を確かめていた手が止まる。

 ほんまや、彼に隠れるようにしてタヌキのような猫がちょこんとお座りしているじゃないか。

 棚から牡丹餅とはまさにこのこと。情けは人の為ならずの格言そのまんまな展開だ。


「こんなところにいたのね!」

「うがー」


 しゃがんでラグナに向け手を伸ばしたサラに対し、可愛くない声で鳴くラグナである。

 このなんともいえない気の抜ける鳴き声は脱力系ってやつだろうか。好きな人は好きなのかもしれない。

 彼女とラグナのやり取りの間にも俺は俺でノームの人の怪我の状態の確認を進めている。

 

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