元冒険者の使えない付与術師だったが、でっかい犬と契約して強くなったけど、冒険者はどうでもよくなって自給自足を楽しむことにしたら、本気で楽しい
うみ
第1話 失意の付与術師
前世日本の記憶を持って別世界に転生した。
よくある物語の冒頭だ。俺もいくつかの物語を読んだことはある。無双する主人公と自分を重ねて爽快感を味わったりしていた。
だがしかし、これはあくまで物語の中での話である。
……と思っていた。自分の身に起こるまでは。
「恵まれた才能やスキルや地位を与えられて転生した」は除外し、前世の記憶を持っていたとして一番のメリットは何だと思う?
それはだな。二度目の人生ということで幼いうちから目的意識を持って研磨を重ねられることにある。
体力勝負は最初から諦めた。街の八百屋の息子である俺が騎士を目指すことなんて夢のまた夢だったから。八百屋を継ぐことも不可能で、商売の勉強をする道も無い。
なにせ上に3人も兄姉がいるからさ。
そんな俺が目指したのは魔法であった。才能ではなく努力によって研磨できるような……そこで俺が選んだのは付与術師だったんだ。
付与術は味方の力を増したり、武器に加護を与えたり、といわゆるバフ魔法の使い手で術式が最も複雑で深い知識が求められる。
幼い時から付与術について独学も含め、一心不乱に勉強をした。その結果、初級付与術だけでなく、若くして上級付与術まで使いこなせるようになったのだ!
「今回限りで。金がもらえるだけありがたいと思ってくれ」
「わ、わかった……」
冒険者ギルドに帰るやいなやパーティリーダーから首宣告を受ける。
ど、どうしてこうなった。二度目の人生は楽に生きたいと幼い頃から努力をしたってのに……最も知識量が要求されパーティの要にもなれる付与術師になったのに……。
「付与術師は滅多にいないけど、これじゃあ……ね」
「おい、事前に聞いていて頼んだのは俺たちだ。すまんな、クレイ」
攻撃魔法の使い手の魔法使いの皮肉に釘をさし、スキンヘッドの男がすまなさそうに頭を下げる。
「誘ってくれてありがとう。これで俺も諦めがついたよ」
「お前さんならきっと大成する。それが付与術師じゃなかっただけだ」
ポンとスキンヘッドの男が俺の背中を叩く。彼がパーティリーダーに俺をパーティに加えることを提言してくれたんだ。
対するリーダーは荷物持ちと同じ金額でいいならと許可してくれた。
まあ、彼らの期待に沿うことはできなかったのだが……。
確かに俺は上級付与術まで使いこなすことができる。しかし、出力がまるでなくてな……。
たとえば筋力を増強するバフ魔法である「ストレングス」をかけた場合、並の付与術師なら力が二倍になるとして、俺だと1.1倍にしかならない。
そこで、不足を補うために最上級付与術の「アルティメット・ストレングス」をかけたとしても、1.5倍程度なんだよな。
上級付与術となると詠唱時間も長いし……。
技術はあるが魔力がない。それが俺の抱える致命的な弱点だった。
スキンヘッドの男から激励をもらったとて、俺は一体何をすればいいんだ?
知識を最も活かすことができるのは教師だが、教師になるには実績が必要で今の俺じゃ難しい。
彼らと別れ、少しばかりの報酬をもらった俺は飲んだくれその日が終わる。
こんなことになるなら、冒険者になんてならなきゃよかったなあ。
冒険者は王国にとってなくてなはならない役割で、様々な仕事を請け負う。モンスターの討伐から護衛、はたまた人探しまで。
街の人や国の困りごとはクエストという形で冒険者に依頼が来る。
優れた冒険者は騎士や王宮魔術師に召し抱えられたという話もあるほど夢のある職業なのだ。
ただ稼げるかは自分の腕次第。
誰もパーティを組んでくれない現状、ソロでなんとか日銭を稼ぐしかないのだ。
「薬草採取の仕事ならあるけど」
「見せてもらっていい?」
そんなわけで二日酔いでけだるい中、朝から冒険者ギルドに顔を出す。
受付嬢は愛想良く、俺に一枚の紙を見せた。
ふむふむ。これは悪くない。採取は討伐に比べて報酬が格段に安いのだけど、こいつは場所が少し遠いんだ。
なので、その分価格が加算されている。
道中時間がかかるのだけど、これもちょうどいい。傷心旅行気分で旅に出ると思えばいいさ。
我ながら後ろ向きだけど、そうそうすぐに気持ちを切り替えることができるもんじゃあないだろ。
「ありがとうございました」
「おう、兄ちゃんも気を付けてな」
幸運なことに商隊の護衛に入れてもらうことができた。報酬無しでいいと言ったら二つ返事でね。
こういう時は冒険者のプレートが役に立つ。
最下層を自覚する付与術師の俺であるが、五年間生き残ってきただけに冒険者ランクは下から数えて三つ目なんだよね。
実力のある冒険者なら一年以内に駆け抜けることができるランクであるが、商人からすれば食事代だけで護衛を一人加えることができるなら安いものだ、と思ってもらえた。
これでもまあ、ソロでサバイバルする能力は備えている。ここからは警戒を緩めず景色を眺めながら進むことにしよう。
前世ではキャンプをしたり庭いじりをしたりしたけど、これほどの大自然の中を歩くことなんてなかった。日本だと滅多に猛獣に会うことも無いから安全性が格段に違う。
何かあったらヘリや車が駆けつけることができるし。
この世界ではイノシシが出たとしたら「逃げろ」じゃなく、「おいしい肉が来た」だからなあ。大した冒険者ではない俺でもイノシシなら単独で仕留めることができる。
イノシシのことを想像していたら腹が減って来た……。
我ながらたくましくなったよなと思う。慣れたもので、どんどこ藪の奥へ奥へ進んで行く。
ザアザア。
水の流れる音が聞こえてきた。案外近いな。
今回受けた薬草採取の依頼はイゴレア草という頭痛薬の元になる薬草だ。イゴレア草は清流の近くに群生している。
青みがかった緑色をした細長い葉が特徴の草で、王都周辺だとこの辺りが群生地に一番近い。王都でもありふれた安価な草なのだけど、需要が高く常に採集依頼がある。
草が生えていない冬場には枯渇することもあるくらいの需要なんだぜ。こうして俺のような冒険者が細々と採集することで需要を賄っているのだ。
そう考えると俺のやっていることも無駄なことではないのだな、と自分を慰め……いやいや、後ろ向きな気持ちを切り換えるためにここまで来たんだろう。
さあ、川が見えてきたぞ。
ん? こんなところに人? 俺と同じ冒険者だろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます