第9話 キノコ

「ふああ」


 床にごろ寝とはいえ外で寝るよりは断然居心地が良い。まるまったクーンのお腹を枕にしたことも心地よさマシマシである。

 食事をした後、ハクの家で寝かせてもらえることになったんだ。

 寝る段階になるまで家を作ろうと伐採したり岩を切り出していたことをすっかり忘れていた。クーンとはしゃいですっかり……。

 いつまでも彼女に甘えるわけにもいかないよな。

 本格的な家を作る前に雨風を最低限凌げて、寝床がある小屋を作るとするか。一時しのぎなので木材を乾燥させたりはせず、作業時間をできる限り短くしたい。

 といっても、家作りだけをしているわけにいかないのが辛いところ。

 生きていくためには食糧の確保をしなきゃならん。冷蔵庫なんて便利なものは持ち合わせていないので食糧を溜め込むことができないからなあ。

 干したり燻したりすることで長期保存ができるにはできる。手間はかかるが、季節によって採集・狩猟できる食材の量が変わるのでいずれは食糧の保管も考えなきゃ。

 色々やることが満載だけど、辛いわけじゃない。むしろ、何をしようかとワクワクしてくる。

 

「ハクは……」


 ハクは鳥の巣のような円形のベッドでまだすやすやと眠っているようだった。

 人間に比べてハクの種族は睡眠時間が長いのか、ハクが長い方なのかは不明だけど、彼女の睡眠時間は俺の倍くらいはある。

 たまたま昨日は疲れていてぐっすり眠っているだけなのかもしれないけどね。

 それなら、お邪魔しちゃって悪かった……。彼女は余り語らない方なので、自分から身の上話をすることはなさそうだ。

 俺としてもプライベートなことに踏み込んで、今の関係性を崩したくないってのはある。

 冒険者はお互いにプライベートなことを尋ねないって暗黙のルールがあるから、余計にプライベートなことはセンシティブなことだと意識していた。

 いずれ、彼女から語ってくれる機会もあるかもしれない。今はこれでいいさ。


「くうん」

「ごめん、起こしちゃったか」


 俺が起き上がったことで、クーンも頭をあげ起きてきた。

 起き上がった彼は尻尾をふりふりして俺の胸の顎をすりつけてくる。

 こういう仕草をみていると大きな犬って感じだ。姿が似ているだけで犬とは全然異なる生物なのだけど、まあ、可愛ければどっちでも良しだぜ。


「川へ行こう」

「わおん」


 川で顔を洗ってから、ハクに書置きを残して出かけることにした。

 

 バシャバシャと顔を洗い、さっぱりしたところで何からはじめようかな、と考え――。

 

「わおん」


 まだ遊び足りないクーンが川ではしゃいでいる姿を見やり頬が緩む。

 俺の心は決った。


「先に採集に行こうか」


 家作りになるとクーンが手持無沙汰になるものな。一緒にかけっこしながら進むのも良いかと思ったけど、それだと昨日の二の舞になる。

 採集を忘れて彼と遊んで終了となりかねない。

 なので、彼に乗せてもらって周辺を探索することにしたんだ。

 さてさて、どんなものが見つかるのかな。

 食べられる野草やキノコ、果実は案外見つかる。冒険者になる前は本でひたすら知識を仕入れ、冒険者になってからは知識を実践に変えてきた。

 偉そうに述べたが、冒険者になって二年もすれば誰もが俺と同じレベルに到達する。

 本で得た知識より実際に採集して学んだ方が早いし、役に立つ。かといって事前知識が全く役に立たないってわけじゃない。

 植生の異なる地域に来た時にあれ、これ本で見たな、なんてこともある。

 ま、まあ。冒険者はそれぞれの地域ごとにいるので、以下自粛。

 

 虹のかかるこの地は周囲が丘になっており、川もあれば木々もある。

 水源が豊富で広葉樹林が広がっていることから、気候も温暖だと推測できた。

 街からは遠く離れ、俺の知る限り馬で二日以内のところに村はない。街道まで出るには一日ってところか。

 街道まで一日といっても馬でこの地まで来ることは難しい。クーンならなんなく移動できるけど、馬に急斜面は厳しいからな。

 俺の知識によるとこの辺りが王国領になったことはないはず。

 かつての住人はどのような種族だったのか不明だけど、少なくとも王国に組みする人たちではなかった。どこの国にも所属しない隠れ里的な存在だったのかも。

 申し分のない良い土地だから、俺のようにここで暮らしたいと思う人たちがいても納得である。


「うーん、じゃあなんで廃村になっちゃったんだろうな。あ、クーン。止まってくれ」


 益体の無いことを考えつつもちゃんと見るところは見ているんだぜ。

 手のひらほどの大きさの葉が生い茂る木の根元にキノコを発見したのだ。

 野山で発見したキノコは素人だと絶対に食べちゃだめだぞ。地球のキノコも毒のあるものは即死クラスのものがあるのと同様にこの世界でも一撃で死亡するものがある。

 クーンから降りてキノコを採集しつぶさに観察、観察だ。

 念には念を、慣れこそ恐ろしいものである。

 俺の冒険者生活は下手に重宝がられる付与術師だったため、厳しい物だった。厳しい目で見られるから、せめて食糧調達だけでも失敗するわけにはいかない、と必死だったんだよな。

 荷物持ちや食糧調達は進んで申し出たし。

 本来に努めを果たせないので、最後は誰もパーティを組んでくれなくなったけどね……。


「わおん?」

「このキノコはヘンプマッシュルーム……いや、マイタケってキノコだよ。焼いても良し、煮ても良しだ」


 キノコはひとかかえほどのある大きさまで育っており、なかなか見ないサイズである。

 街ではヘンプマッシュルームと呼ばれるこのキノコは味も見た目もマイタケそっくりなんだ。

 クーンしかいないし、俺にとって馴染み深いマイタケと呼んでも支障はないだろう。

 といっても日本のマイタケと異なり、生育する木の根元は法則性がない。手の平ほどの大きさの葉は日本じゃ余り見かけないしなあ。

 別世界でマイタケが生育する木と異なる、言っても事実ここに生えていたのだから突っ込むのが野暮ってもんだ。

 食べられたらそれでいいさ。うん。

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