第21話 仕込み刀

「食材よおし、小屋は……崩れてないし、よおし。道具も一応よおし」


 朝のチェック完了である。指さし確認は基本的な動作だよな。

 妙な動作をしても見ているのはクーンのみ。この場にハクがいたらちょっと恥ずかしかったかも。


「趣のある所作でござるな」

「あ……ま、まあ。街の露店で仕入れをしている時に見たんだよ」

「動きと共に確認すると間違いも無く、でござるよ。吾輩も取り入れたいでござるな」

「あ、うん」


 そうだった。トラゴローが野宿の予定だったので彼を小屋に誘ったのだ。

 小屋は狭くはあるがベッドなどの家具もなく、クーンを入れて眠るに十分な広さであるだけじゃなく、トラゴローを入れてもちゃんと寝ころぶことができる。

 さすがに隙間なくぎゅうぎゅうにはなってしまうけど。寝返りならなんとかできる。

 クーンを枕にもっふもふで案外寝心地はよいのだ。

 トラゴローももっふもふなので、もっふもふに囲まれもうもっふもふだったよ。意味不明だが、意味は分かってもらえると思う。

 欠伸をするトラゴローの長い髭が揺れる。彼につられクーンも大きく口を開いた。


「ふああ」


 俺まで彼らにつられてしまったよ。

 小屋の中にはトイレもなければ風呂もない。キッチンももちろんないのである。

 調理済みの食べ物を持ち込めば中で食べることはできるが、調理をすることはできない。


「そうだ。思い立ったが吉日だよな」

「何をするのでござるか?」

「雨が降ると竈が使えなくなるからさ」

「屋根を作るのでござるな、吾輩も手伝わせてもらってよいでござるか?」


 予想外の提案に俺の動きが止まる。

 完全なる思いつきだったのだが、案外良いアイデアを出すじゃないか俺と得意気になっていたところで不意を打たれた。

 いや、手伝ってくれるのなら大歓迎だよ。

 彼はたまの休暇に温泉に入りに来た。なのでてっきりすぐに旅に出ると思っていたんだよね。

 

 小川で顔を洗い流して、軽い食事をとった後さっそく作業に取り掛かる。

 素材はもう決めているのだ。

 斧に付与術をかけて準備完了。


「トラゴローさん、危ないのでこちらへ」

「木を切るところからでござるか?」


 そう、今回は木材で屋根を作るつもりだ。

 ふ、ふふ。ちゃんと準備してきたさ。釘とトンカチに加えカンナまでね。

 大工道具は高くない。剣を一本買うのに比べたら超格安なんだぞ。薬と本でお金を使い切ったんじゃないかって?

 まあ色々さ、色々。

 危ないと言っているのにトラゴローが動こうとしない。


「トラゴローさん、こっちに」

「木はそうそう倒れないでござるよ」

 

 通常はそうなのだが、この斧は普通じゃないのである。

 まあまあ、と彼を手招きし俺の後ろに立ってもらった。

 では失礼して。

 斧を振りかぶり、木の幹へ叩きつける。

 カーーーン。

 すううっと何ら抵抗もなく、斧が幹を一撃で切り落とす。

 ズズズズズ。

 葉が擦れる音と共に木が地面に倒れた。


「……」


 あっけにとられたらしいトラゴローが目を見開いている。いや、彼は元々真ん丸の目を開いておったわ。可愛い。

 この流れならいける。もっふもふをもふもふさせることが。

 自然な動作で彼の額に手を伸ばそうとした時、鼻と髭がピクリと動く。


「な、なんという業物……さぞや名高い匠の作でござるな」

「あ、いや」


 一番安価な斧だなんて言えねえ。しかも中古で元は錆が浮いていた。

 店主にサービスで錆を取ってもらったんだよね。ありがてえ。


「ところでクレイ殿。その構え、何流でござるか?」

「何流って……?」

 

 トラゴローのもっふもふをもふもふするために手を伸ばしていただけだなんて言えねえ。

 盛大な勘違いが続く彼に俺もたじたじである。

 ともあれ、もっふもふをもふもふしようとしたことはバレてない。このまま誤魔化せるか俺?


「その構え、剣術を修めたのではないでござるか。吾輩の目は誤魔化されませんぞ」

「剣は高い割に使い勝手があんまりで、俺はナイフかダガーと弓かな」

「小太刀使いでござったか」

「ええと……」

 

 僕はこれ以上説明することをやめた。なんかもう聞き流していれば勝手に納得してくれるかなと思って。

 そして彼の話に乗るつもりはないが、ようやく「何流」ってのが何のことか分かった。

 小太刀でピンときたよ。日本でいうところの新陰流とか示現流とかそんなやつだ。

 この世界には侍ぽい服装の人とか、刀などの和風の武器があったりする。街を歩いていても滅多に見かけることはないレアな存在ではあるが……。

 武器屋に行っても刀を見かけることはなかったような……鍛冶屋で受注生産しか手に入れる方法がないのかもな。

 ぼーっととりとめのないことを考えていたら彼の話も終わりそうだ。

 

「拙者の得物はこれでござる」

「杖かあ」


 ぐいっと掲げているのは棍にしては細い。杖というには長いようなそんな武器だった。

 真っ直ぐでピカピカに磨かれた木製の棒とでも言えばいいのか。

 トラゴローが膝を折り腰を落として棒を構える。

 あ、分かった。カッコいいやつだこれ。

 すすすとトラゴローが棒を握った手を動かすと棒からきらりと光る金属が姿を現す。


「仕込み刀か」

「いかにも」

「試し斬りをしてみるでござるか?」

「いやいや、刃がかけたりしたら」


 仕込み刀というロマン溢れる武器を前に余程目をキラキラさせていたのだろう。

 彼が使ってみるか? と申し出てくれたのだ。

 振ってみたい……あ、そうか。

 彼の大事な仕込み刀の刃こぼれを気にせず試し斬りができる。斧と同じことだったんだ。

 

「発動。エンチャント・シャープネス。そして、エンチャント・タフネス」


 受け取った仕込み刀を付与術で強化する。

 では失礼して。

 かつて動画かアニメで見た記憶をたよりに腰を落とし仕込み刀を構える。

 柄を掴み一息に仕込み刀を振りぬいた。

 シャキキイイン。

 澄んだ金属音が耳に心地よい。どうやったらこんな音が鳴るのだろう?

 ズズズズ、ドオオオオオン。

 仕込み刀の音に酔いしれていたら、向かいの木だけじゃなくその後ろの木まで切れ目が入り、大きな音を立てて根本から地面に落ちた。

 

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