第20話 トラゴロー

「ハクは何かの病を患っているのかな?」

「吾輩では判別がつきませぬなあ。衰弱していっているのか、吾輩の知る限り不調が続いているでござる」

「トラゴローさんの見解だと気力・体力を回復させるような薬やポーションがオススメなのかな?」

「そうでござるなあ。咳や普段より高い熱が出ているわけでもござらん」


 人間以外になると熱などの風邪の諸症状の定義も異なる。

 平熱が40度近い種族もいれば、体温が昼と夜で数度異なる種族だっているんだ。

 そんな中でも各種族向けの風邪薬が売っているのだから驚きだろ。

 案外種族ごとの病の症状は明らかになっているので、本職であるトラゴローもその辺りは抑えている。

 うーん、花粉症のように調子が悪い時期と良好な時期がある、とか?


「彼女の種族的なものってこともありえる?」

「吾輩は種族的なものとみているでござる。姫は余り語らぬ故、見た目から姫の種族を想像しようにも特定できないのでござるよ」

「街でも見かけたことがない種族だったんだ。角からドラゴニュートとかノーブルリザードマンとか、いや、そうじゃなくて鬼族の一種なのかとかさ」

「吾輩の見解では竜族と見ているでござるよ。ある種の竜族はトカゲのような脱皮周期があります故」


 彼女の全身が鱗だったらあるのかもしれないけど……大半は人間と同じような薄い皮膚なのだよな。

 薄い皮膚となると角質は常に入れ替わっているはずで、脱皮という手段はとらない……と思う。鱗の部分だけ抜け落ちて生え変わる、はあるかも。

 いや、待てよ。

 

「脱皮はたとえで、彼女には体調を左右する長い周期があるってこと?」

「然り。長い不調期間に入っているのやと」

「うーん、いくら推測しても答えはでないけど、『何か』があれば回復する可能性もあるよなあ」

「拙者は半々とみているでござる」


 トラゴローが長い髭でピコピコさせ続ける。

 種族特有の長い不調期間であるとみてはいるが、自然に回復するものかそうじゃないのかが半々ということだった。


「何か、かあ」

「わお?」


 自然とクーンの方を見ていたからか、彼が首をこちらに向け不思議そうな顔をする。

 「何か」で浮かんだのが彼のことだったのでつい視線を彼の方に向けていたんだ。

 体調不良とは別の話だけど、クーンは俺との出会いがありダイアウルフからクーシーに進化した。

 ハクもクーンのように何かがあるのなら協力できることなら協力したいな。彼女がきっかけで今の俺の生活がある。

 彼女には恩があるし、お隣さんだしさ。

 自分で言うのもなんだが、俺は心が狭い決して徳の高くない人間である。

 前世日本時代もできた人間ではなかったけど、生まれ変わって更に友愛精神がゴリゴリ削れた。

 冒険者になってからは更に……もう終わったことだ。これからはクエストをこなすにしてもクーンとのんびりやるだけである。

 たまに冒険者で路銀を稼ぐ目的にシフトしてから心が随分と楽になった。不思議と他の冒険者と自分を比べることも、他人を妬んだり羨んだりすることもなくなったんだよ。

 考えが逸れてしまったけど、そんな俺だから数少ない仲間だと思った人や恩のある人には自分ができることなら何かしたい。

 ……一人よがりなものだとは分かっているけどさ。

 

「そうだ。トラゴローさん、一つ頼みたいことがあって」

「ここで会ったのも何かの縁でござる。どんなことでござるか?」

「実はハクのために薬や薬草学の本を買ってきたのだけど、何がよいのか選んで欲しくて。使っちゃったから多少の報酬しか渡せないけど」

「ここには商売をしに来たわけではござらん。仕事を忘れ湯あみをしたい時に訪れるのでござるよ。姫への薬も拙者が勝手に置いて行っているだけ」


 この後、食事をとりながらランタンと松明の灯りの元、トラゴローは快く俺の持ってきた薬の中から彼女に向くものを選んでくれた。

 効能は滋養強壮のもので、日本でいうところの栄養ドリンクに近い。

 彼女に元気になってもらおうと思ってメインに買い集めたものは栄養ドリンク系のものだったので、俺の選択は間違ってなかったようでホッとしたよ。

 風邪薬なども買ってはきたけど、逆にハクには与えない方がいいと言われた。

 理由は彼女の種族がハッキリとしないから。彼女自身が風邪気味と言っても、買ってきた風邪薬は与えてはいけない。まだ栄養ドリンクの方が良いんだって。

 そういや栄養ドリンク系は種族ごとには用意されてなかったな。

 どの種族でも対応ってなかなかすごいことだぞ。

 食事を食べ終わる頃、ハクが家から出てきてペタンと俺の隣に座る。

 

「トラゴロー、ありがとう。アナタの想い受け取った」

「湯あみのことを教えていただいた故。こちらこそ感謝でござるよ」


 なんのなんの、と返すトラゴローにハクは彼から受け取った丸薬をゴクンと飲み込む。

 無表情でこちらに顔を向けたハクは俺にも礼を述べる。

 

「クレイも、ありがとう」

「ん、俺は何も」

「ハクのために置いてくれた」

「あ、置いたのだけど今はここに。トラゴローさんに薬のことを聞いてたんだ」


 ハクの家を訪ねた時に一旦薬草類を彼女の家に置いてきたんだよね。その後、トラゴローに薬のことを聞くために持って出たんだ。

 彼女は寝ていたので俺のもってきた薬を見ていないと思っていた。触れた形跡もなかったし。

 野菜に鶏肉を入れたスープを彼女にも振舞う。あっつあつでも彼女は平気で食べるのはいつものこと。

 いつもながら口数は少ない彼女だけど、気まずさは感じない。

 少し離れていただけだってのに、彼女との食事は随分と久しぶりのように思えた。

 明日からは再び自給自足生活の充実に向けて作業をはじめることにしよう。

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