第25話 安全を確保
「…………」
まずい、想像したら嫌な予感しかしねえ。
ガラガラガラ。
上から小石、いや、ソフトボール大の石が崖を転がり落ちてきた。
足元まで転がってきた石を見やり、冷や汗がでてくる。
「そうだ!」
ツバメ茸を採集した時のことを覚えているだろうか。
ツバメ茸の生育する崖はもろくて滑落する危険性があった。そこで俺は安全性を増すために「崖」へ付与術をかけたんだ。
その時の範囲は崖全体だった。
同じように渓谷の崖にも付与術をかければ崩壊することを防ぐことができるんじゃないのか。
付与術の種類は本来防具にかけるものである。
目を閉じ、集中するが股間が寒い……。余計なことを考えず再び集中状態に入る。
「発動。エンチャント・アーマー」
ツバメ茸のときは崖一面に付与術がかかったが、あの時より範囲が遥かに広い。
魔力の流れを読み、付与術のかかった大まかな範囲を把握する。重なる部分があっても付与術の効果が消えることはないので、隙間がないように重ねるようにして付与術をかけていくか。
クーンに乗り、崖沿いに進み、ところどころで付与術をかけていく。
グルリと渓谷を回り崖全体を強化することができた。効果時間は……前回の経験により最大で一日だったか。
明日も同じように付与術をかけて回ることにしよう。今度は服を着た方がいいかもしれん。
未だ全裸の俺なのであった。
崖に付与術をかけはじめてから五日目の夜。雨は未だ同じ強さで振り続けている。あと何日くらい続くんだろうか。
渓谷の崖は付与術の効果で安定しており、小石さえ崩れて落ちてくる様子はなかった。
小屋を少し改造して小さな窓をつけたんだ。外の様子を見るに扉を開けていては外から水が入ってきちゃうからさ。床をもう少し高く作ればよかったと後悔してももう遅い……。
雨を凌げるだけよしとしようじゃないか。いずれにしろ家を作るつもりだしさ!
「うーん、まだやみそうにないな」
雨音で分かるが、窓をつけると外も見たくなるってものだよ。
ぼーっとランタンの灯り越しに窓の外を見ていたら人影らしきものが映る。
「誰だろう」
天気が悪く、こんな夜遅くに訪ねてくるなんて一体どうしたんだろう? 訪ねてくる相手は一人しかいないので影だけで誰だか分かる。
そうお馴染みのハクだ。彼女以外に隣人がいないからね、間違うはずもなく。
「ハク、どうしたの?」
扉を開けるとギギギギと嫌な音がした。建付けが悪いんだよ、すまんな。
予想通り……って予想するほどもものでもないけど、訪ねてきたのはハクだった。
隣とはいえ傘もささずにやってきたのでサラサラの髪が濡れて雨水が垂れている。
ほいとタオルを前にやっても反応がない。
気を遣っているのかもしれないけど、濡れたままにしておくのは俺の精神衛生上良くないぜ。
濡れたまま家の中に入らないで欲しいって気持ちは全くないのだが、濡れたお客さんをそのままってのは。
自分から拭こうとしないので失礼して俺が彼女の髪の毛にタオルを乗せる。
まあ、予想通りというか彼女の腕はダランとなっており、手元は太ももの辺りだ。
嫌がる様子もないので、そのまま彼女の髪の毛をふきふきさせてもらった。
「離れなくていい」
「ん、もうすぐ雨がやみそうってこと?」
「クレイが護った。ハクじゃできない」
「崖にエンチャント・アーマーがうまくいった、んだな」
離れなくていい、とは渓谷が安全になったってこと。
崖が崩れてきたときの対策も考えていたのだが、このまま雨を凌ぐことができそうでなにより。
ん? 崩れたらどうするつもりだったんだって?
そいつは簡単さ。
まずアルティメットをかけます。そして、落ちてくる岩やらを受け止め放り投げます。
……何て単純なことだけをするつもりじゃあないんだぞ。
どうするつもりだったのかっていうと、秘密だ。使う機会がないためお蔵入りなのである。
一人納得する俺に向けハクが小首をかしげて、じっと俺を見つめていた。
まだ何かあるのかな?
「乾かす?」
「ああ、髪の毛のこと? 濡れてたからさ」
コクコクと頷いた彼女が、服に手をかけ。
っちょ、ま、待って。
「服は帰りでも濡れるから、自宅に戻ってから」
「髪も濡れる」
「そうなのだけど、ほら、人前で裸になるのは」
「クレイはずっと服を着ていなかったから、ハクも同じ」
ハクも同じように服を脱いですっぽんぽんになっても問題ない、と言っているんだよな。
よいわけないだろうがあああ。
人前で服を脱ぐなんてとんでもない。女の子ならなおさらだ。
しっかし、俺が全裸で走り回っていたのをいつ見られたのだ? 温泉に入った後、滝を確認して付与術をかけて戻るまで全裸だったのは確かだ。
……崖に付与術をかけている間はこれが日課だった。
う、うーん、裸になる時間が長すぎたか。いやだってさ。誰もいないし、傘もカッパもないわけじゃないか。
竈で火を起こして乾かすことはできるけど、外に出るたびに服を乾かしていたら服が全然足りない。
「ま、まあ、今は俺がいるから、いないところなら。俺もハクがいないところだっただろ」
「?」
ここはもう押し切るしか。
まあまあ、とハクにタオルを一枚持たせて……だ、だからあ。その場で体を拭くのはダメだってば。
それはハクが帰宅した時用のタオルだ。外に出たらタオルが濡れてしまうって?
そうだな、うん、そうだよ。焦りからよくわからん発想になっていたようだ。
とアクシデントはあったが、服を脱がせずに無事彼女にはお帰りいただけた。
その晩のうちに雨がやみ、翌朝久々に太陽の眩しさで目が覚める。
「んー。良い天気だ! クーン、さっそく散歩に行こうぜ」
「わおん」
長い雨も終わり、またいつもの生活が戻って来た。
長らく渓谷の外に出ていなかったので、散歩ついでに採集と狩猟へ繰り出す。
そこで新たな出会いがあった。今度は猫頭じゃあないぜ。
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