第8話 焚火

 お座りしてじーっと俺を見つめるクーンと目が合う。

 そういや俺、クーンと盟約を結んだんだった。魔物討伐とか仲間と一緒に冒険をしたりしていたらしょっちゅう付与術を使うのだけど、街とここを往復していただけじゃ使う機会もあまりない。

 なのですっかり忘れていたんだ。彼と盟約を結び、魔力のラインがお互いに繋がっていたことを。

 クーンの魔力の総量は俺の倍……ごめん、正直に言うと十倍近くある。クーンすげえ!

 かといって彼が規格外の魔力を持っているのと問われれば、高い魔力であるものの常識の範囲内かなと思う。

 冒険者でたとえるなら、上から二つ目のAランクかその下のBランクの魔法使いくらいってところ。

 クーンはクーシーに進化したばかりだし、今後更に成長していくはず。

 とまあ、他人のふんどしで魔力が補強された俺の付与術は本来の威力となった。

 おっと、魔力のことで本来の目的を忘れそうになってしまったぞ。それだけ俺にとって衝撃的だったということで。

 斧を常に付与術のエンチャントをかけることで、消耗を防ぐことができると思ってね。

 

「期待以上のものになった、試してみるか」


 シャキーンと斧を掲げ悦に浸る。

 いざランバージャッキング(斧を振るう)だ。

 良し、この木にしよう。直径はだいたい40センチくらいか。ちょうどいい太さである。

 斧を構え水平に振るった。

 カーーン。

 すううっと柔らかいものを切るかのように斧が木の幹を通り抜ける。

 ドッサアアアアア!

 

「あ、あぶねえ!」


 エンチャントの二重かけって本当はこれだけ威力が増すのか。

 凄いというよりはあっけにとられた。そのせいで、一撃で木を切り倒したことも忘れ、もう少しで巻き込まれるところだったぞ。

 この調子なら伐採はたやすい。

 二本目、三本目と一撃で木を切り倒したところでふと思いつく。

 丸太ってちゃんと乾燥させないと木材にならないとか聞いたような、そうじゃないような。

 この斧なら木以外も軽々といけるんじゃないか?

 

 さっそく岩壁に向かい、斧を振るってみる。

 木を切った時と同じようにすうっと斧が岩に食い込んだ。


「重い……。丸太を下にかまして移動させないと動かせないな」

 

 イメージはピラミッドの工事現場だ。丸太と板を使って切り出した石材を運ぶアレである。


「そんなめんどくさいことをしてられるか!」


 一人ノリ突っ込みをしたものの、状況が変わるわけではない。

 分かってる。付与術を使えばいいじゃないか、だろ。

 元よりそのつもりだ。


「行くぜ。身体強化系最高峰。発動。アルティメット」


 切り出した岩は不格好であるが長方形ぽい形になっている。サイズはシングルベッドの半分くらいだろうか。

 思った以上に大きいが、行くぜ。

 ふうと息を吐き、切り出した岩の前で中腰になり手をそれと地面の隙間に差し込む。


「ふんぬうう」


 息を止め力の限り持ち上げたら、すっぽ抜けた。


「あ……」


 切り出した岩が宙を舞い――。

 ドシイイイイン!

 地面が揺れるほどの衝撃と轟音が走った。


「や、やべえ……」


 「本来の」アルティメットはとんでもない性能だな……。ビクともしなかった切り出した岩が宙を舞うとは。

 身体能力強化系の付与術には注意しなきゃ。自分の体が自分の体じゃなくなっているので、力加減が難しい。

 そろりそろりと歩き、じわじわとスピードを上げていく。

 

「わおん」

「よおおっし、競争だ」


 全力までほど遠いってのにクーンと並走できている。

 彼のスピードは俺を乗せて走っている時くらいだった。この分だとクーンの全力より速く走ることができるかも。


「かけっこも楽しいな」

「わおーん」


 クーンとはしゃぎ、川に飛び込む。

 水をかけあって彼とじゃれあっていたら、びしょ濡れになってしまった。

 楽しかったからそれで良し。

 

「ふう、結構あそんだな」


 ちょうどここでアルティメットの効果が切れ、元の身体能力に戻る。

 途端に体が重くなったように感じられ、身体能力強化系付与術の恐ろしさを改めて知った。

 こいつは癖になる。強化された体が自分の体だと錯覚してしまいそうだ。

 

「そろそろご飯の準備をしようか」


 崩れた家には竈もあって、少しいじるだけで使えそうだった。

 今日はこの竈で煮炊きすることにしようか。

 場所はハクの家の向かいである。

 

 火種は廃材を細かくしてくべることにしよう。

 クーンのために軽く肉をあぶって与え、その間に鍋料理にしゃれこむぜ。

 野外料理は慣れたもので、簡単に作ることができるものを良く選ぶ。何と合わせてもそれなりにおいしいアビージョにするか。

 オリーブオイルに細かく砕いたニンニクをパラリとし、細かく砕いた唐辛子に似たパラリアという香辛料を入れる。

 あとは好きなものを入れて煮込むだけだ。

 鍋を竈に乗せて、ここに来るまでに採集した野草とトマトにブロッコリーを放り込む。

 あぶった肉もそこへ投入し、あとは待つのみ。

 これだけでそれなりの味になるのだからアビージョとは不思議なものだ。


「はっは」

「お、リンゴも食べる?」


 リンゴをクーンの口元に持っていくとかじかじとし始めた。

 彼は肉と果物が好きなようだ。

 火をとめ、ハクの様子を見に行くと彼女がちょうど家の扉を開けたところだった。


「ご飯を一緒に食べない?」

「肉?」

「簡単な料理だけどハクの分も作ったんだ」

「食べる」


 眠気眼をこすり、ふああと欠伸をした彼女はてくてくと歩き竈の傍で座る。

 日は沈み、空には満点の星空が広がっていた。

 灯りもなく、パチパチと火の爆ぜる音だけが響く。

 ランタンをつけたものの、竈の灯りで十分かな。今日は月明かりもあるし、食べ終わったら松明も作ろう。


「はふはふ」

「食べられないものを無理して食べなくていいからね」


 無言で食べるハクの表情からは彼女が料理をどう感じているか計りかねている。

 おいしいのかお口に合わないのか……。

 俺も食べよう。


「熱っ!」

「ハクは平気」


 ぐつぐつと煮えていたから、口の中を火傷してしまったよ。

 でも、熱々のものを食べるってのもおいしいんだよな。

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