第7話 付与術を活用するのだ

 戻りはクーンが乗せてくれたので行きより遥かに早く街に着いた。次に街に来る時は「戻り」じゃなくて、「行き」って感覚になっている……はず。

 お引越しをするからね。今のところ住民は俺とハクだけ。絶賛ご近所さん募集中ってね。

 絶景と温泉はあるが、インフラは何も無い。自給自足が楽しいと思える人限定になるな。

 いずれ温浴施設と宿を作ってもいいかもしれないけど、一般客が訪れることはなさそうだからメンテナンスの手間だけがかかってしまうに違いない。

 観光業をやるには、インフラも大事だけどそれ以上に観光地まで来る足があるかどうかになる。

 どれだけ良い観光地であっても交通手段がないと行きようがないものね。

 街で大型のリュックを買って、これからの生活を想像し色々買い込む。お金が必要になれば薬草を採取して冒険者ギルドに持ち込むか。

 持ち込みは依頼より売値が安くなってしまうけど、納期がない。

 自給自足生活をし、道具やらが必要になれば街へ買い出しに行くといった生活をしようとしている俺には持ち込みの方が都合が良いからさ。

 そこまでお金が必要になることもないだろ。

 最初は道具代でそれなりにかかったが、後は壊れて使えなくなったら買い足しになるという計算だ。

 

「じゃあ、ハクのところに帰ろう」

「わおん」

「……の前に」


 買い物をして大通りに入ると、露店から良い香りが漂ってくるではないか。

 クーンの口からヨダレがダラダラと垂れてきそうな勢いである。

 肉串を二本買って、肉を串から抜きクーンに与えた。

 むっしゃむっしゃと美味しそうに食べている姿を見ると癒される。

 

「もう一本食べる?」

「はっは」


 見ていたらもっと与えたくなって自分の分に買った肉串もクーンの足もとに置く。


「気に入ったのかな? そうだ。調味料は街でしか買えなかったな」


 戻ってもクーンに味を付けた肉を味わってもらいたい。いや、それは言い過ぎだな。

 味付けしていないと俺が困る。

 買い物リストを作っているわけじゃないから、何か抜けがありそうだけど……街まで一日で到着するからどうとでもなるか。

 

 ◇◇◇

 

「クーン、重たかっただろ、ありがとうな」

「わおん」


 大きなリュックに詰め込めるだけ荷物を詰め込んだから、結構な重さになった。

 さてさて、戻って参りましたぞ。ハクの家の前まで。

 クーンは荷物を載せる前と同じ速度で走ってくれたんだ。

 苦にした様子はなかったけど、やはり重たかったんだろうなあ。俺が降りた途端に飛び跳ねるようにはっはと走り回っている。


「ただいま、ハク」

「うん」

 

 ハクの家にお邪魔すると、彼女は先ほどまで眠っていたらしく、ぼーっとした目で俺たちを迎え入れてくれた。

 彼女の家に荷物を置かせてもらって、まずは何をしようか。

 食糧は必要だけど、明日からでいいか。街で食べてきたし、ハクへのお土産も兼ねて一食分だけなら持ち込んできたからね。

 ならば……ん?

 ハクがふああと欠伸をしていてペタンと座り込んだ。


「ごめん、寝ていたんだよな。一回起きたら寝辛いかもだけど」

 

 コクリと頷き、ハクは布団の中に潜り込む。

 そんな彼女の様子を見てやることを決めた。

 

「すぐには無理だけど、やっぱ自分の家からだよな」


 定住するとなれば、住がないと住んでいるとは言えないよな?

 家作りってなかなか大変で素人でどこまでできるか不安だけど、やってみないとできるのかできないのかも分からないんだぜ。


「出かけてくるよ」


 睡眠の邪魔かなと思ったけど、彼女に向けそう言い残し外に出る。

 廃材を使うか、新しく木を切るか。

 木を切るより廃材を利用した方が手間がかからないと思うも……。

 元家屋だった廃材は手に取って確認するまでもなく、朽ちてとてもじゃないけど雨風に耐えられそうになかった。

 

「となれば、木を切るか」


 斧やナイフだけじゃなく、農作業用のクワやスキも買い込んできている。

 木は豊富にあるので、十以上の家を建てたとしても全然平気だ。つまり……何度失敗しようとも木はあるから恐れず挑戦しようってな。

 いやいや、いくら木が沢山あるといっても、斧はそうじゃないだろって?

 大丈夫だ。俺には秘策がある。

 俺は付与術師だ。残念ながら優れているとは言い難いが、こと付与術にかんしてはほぼ全ての呪文を使いこなすことができる。

 威力のことは置いておいて……だけどね。

 何が言いたいのかというと、付与術は何も人にかけるだけじゃないんだぜ。

 エンチャントという種類の付与術は物にかけることができる。モンスターと戦う時には剣にエンチャント系の付与術をかけることで、攻撃力が増す。


「エンチャントはモンスターと戦うためだけのものじゃないってことさ」


 誰に向かって得意気に言ってんだ、と思ったが、クーンがわうわうと舌を出して俺を見つめている。

 おー、よしよし。可愛い奴め。

 ひとしきりクーンを撫でたところで斧を握りしめた。

 

「行くぜ。発動。エンチャント・タフネス。そして、エンチャント・シャープネス」


 いつものごとく全力で魔力を込め、ぐ、ぐおおお。

 な、何て魔力だ。余りの魔力にエンチャントの限界をむかえて途中で魔力の出力が止まってしまった。

 ど、どうなってんだこれ?

 こ、これが文献だけで知っていた「本来の」エンチャントの効果なのか。

 俺の魔力では最も初歩的な付与術であっても魔力の出力が止まることはない。いや、むしろ足らない。

 それでも一応の効果を発揮できるのは俺の努力のたまものである。

 MPにたとえるなら、ファイアの魔法はMP10を消費して10のダメージを与える。だけど、俺のファイアはMP10を消費するところMP2で発動し、ダメージも比例して2になる。

 本来のエンチャントの効果を発揮できないってことだな。

 ところが今は「本来の」エンチャントの効果を発揮している。

 一体全体どういうことだ?

 まさか……。

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