第6話 決めたぞ、ここに住む

「いいなあ。ここで暮らすのも悪くない」

「巣を作る?」

「秘境で暮らすのに憧れるけど……別荘じゃなくずっと暮らすとなると」


 絶景に思わず口にした言葉をハクが拾う。

 うーん、うーんと迷っていたらいつの間にか彼女がいない。

 周りも見ずに喋っていた俺も俺だが、きっかけを作ったのはハク……いや俺だわ。

 こいつは彼女に何も言えないな。

 彼女はというと徒歩で丘を下っていっていた。それなりに急坂なのだけど平地を歩くがのごとくてくてくと進む彼女に感心する。

 飛行できるうえにあの体幹……彼女って只者じゃないんじゃ? 種族として優れた身体能力を持つ可能性もあるけど……。


「わおん」

「そうだな、ハクを追いかけよう」


 グッと親指を立てるとクーンがブンブン尻尾を振り、俺の周りを回ってからハクを追う。

 俺もダッシュで追いかけるも、急な下り坂で転びそうになり速度を落とす。クーンは四つ足だから安定感が違うのかあっという間にハクに追いつき軽く飛び跳ねる余裕っぷりである。

 俺は俺でのんびりいくかあ。

 のどかで良い場所だよな。虹も綺麗だし二、三日くらいなら野営してもいいかなと思うも、ずっと住むにはもう一声足らない。

 食べ物は周辺で狩猟すれば何とかなるけど、街と違って便利な生活道具もなければ……美味しい食事も柔らかなベッドもないからさ。

 それを補って余りある何かがないと、やっぱり街がいいとなる。冒険者稼業なので野営することは苦にならないけど、帰る宿があるのと無いのじゃ大違いだ。

 お、小川や池まであるのか。水源も豊富で畑をやるにも困らなそうだ。

 ん、あっちの小さめの方の池は湯気が出てるような……。

 

「わおん!」

「すまんすまん、行く行く」


 俺がゆっくり過ぎたのでクーンが戻って来てはっはと足もとで「行こう、行こう」とはしゃぐ。


「お、ここは元々村だったのか」


 ハクの進んだ先は朽ちて落ちたらしき木材が点在する場所だった。ここからでもバッチリ虹は見える。

 木材の集まり具合からして家は全部で20前後ってところか。まともに使えそうな家は今のところ見つかっていない。辛うじて一部の壁が残っているのがせいぜいってところだ。

 お、一軒だけ家を保っているな。他は木の家だったけど、あの家だけ石造りだから形を保てていたらしい。

 石造りの家は平屋で屋根もちゃんとある。家族四人で暮らすには狭いが一人で暮らすには広い。それくらいの家だった。

 ハクは慣れた様子で石造りの家の扉を開ける。


「おじゃまします」


 中は簡素ながらもかまどや藁を積み上げて丸く固めたベッドなどがあり、生活感があった。

 もしかして、この家って。

 

「ここはハクの?」

「巣に案内した」

「ここで一人で住んでいるの?」

「今は巣が一つ」


 今は廃材になっている家にもかつては誰かが住んでいて、残っているのはハクだけってことかな?

 しかし、家が完全に崩れ落ち廃材だけになるのにはどれくらいの年月が必要なのか想像がつかないけど、一年や二年じゃああはならないはず。

 彼女は見た目以上に長く生きているのかもしれない。

 あくまで人間基準の見た目なので、彼女の種族基準でないことに注意が必要だ。

 巣に案内すると言っていたが、フェンリルの巣だけじゃなく彼女の家のことも含んでいただなんて思いもしなかったよ。

 フェンリルのオススメの景色と彼女の家のある場所が一致していたのは偶然じゃあないんだろうな。細かいことは気にしない性格である俺は虹を見ることができて満足しているから良しである。

 

「確かに他の家は崩れて使い物にならなくなってるものな」

「クレイの巣を作る?」

「それも悪くないよなあ……」

「わおん」


 しっかり家の中までついてきていたクーンが悩む俺を見上げ……てもないな、目線は彼と同じくらいだった。

 首元をわしゃわしゃして彼女の家へ入る前に見かけたあるものについて思い出す。

 彼女の家でくつろぎたいところであるが、先に確認したい。


「招いてくれたところで悪いのだけど、少しだけ外に出たい」


 そう言い残し、ハクの家から外へ出る。

 彼女の家に招かれる前にちらりと目に入った小さな池のことを覚えているだろうか。

 そう、湯気の出ていた池のことだ。

 俺の想像する通りの池だったとしたら、ここで住む「もう一押し」になる。

 彼女の家から歩くこと5分くらいで目的の湯気の出る池に到着した。家で待っていてもらおうと思っていたのだけど、ハクとクーンも同行している。

 もわもわと湯気が出る池の前でしゃがみ込む。

 手を伸ばし、指先でおそるおそる池に触れる。


「お」


 こいつは腕まで池の水……ではなくお湯の中に突っ込む。

 そのままでもちょうど良いお湯加減ではないですか。

 

「こいつは良い温泉だ」


 お湯の流れはどうだ。池の中から湯が沸いていて、細い水路からお湯が流れていっている。

 池の中のお湯が一定の水位に達すると自然とお湯が出て行く感じか。特に何か人の手が入っているわけではなさそうだな。

 かつて村があった時にはここで温泉を楽しむ村人もいたのかもしれない。

 景色良し。周辺の自然は豊かなので食材も恐らく良し。そして、温泉まである。

 

「気に入った! 言う事なしじゃないか。ここで住もう」

「わおん」


 パタパタと尻尾を振るクーンが池に足をつけ、驚いて引っ込めていた。

 水だと思って触れたからビックリしたのかな? 犬……ではないけど、彼にとっても気持ちのよい温度だと思うのだけど。

 感じ方は生き物それぞれなので、彼にとっては熱すぎる可能性もある。

 

「いや、住むのはいいが一つだけやっておかなきゃならないことがある」

「どんなこと?」

「街で受けた仕事をこなしてからにしたい。依頼を放り出したまま音信不通はやりたくないからさ」

「よく分からない。ハクはここにいる」


 街のことを知らない彼女には理解できなかったみたいだった。

 俺はここに来る前冒険者ギルドで採集依頼を受けてきていたのだ。これまで冒険者として生活をしていて、そのままドロンはやりたくない。

 倫理的にどうなんだって話じゃなく、放り出すとこれまでの俺を否定しているようでさ。

 依頼を達成したら、依頼を受けずに虹のかかる渓谷へ戻ってくることにしよう。

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