第5話 素晴らしき場所

 今どの辺りにいるのかとんと分からなくなったのは先ほどからなのだが、森の奥深くに来ていることは確かだ。

 深い深い森の中、生えている木がどれも樹齢1000年を超えているんじゃないかってほど幹が太い。ある種の聖域みたいなエリアだと思わせるほど荘厳で神秘的な空気が漂っている。

 のだが、クーンの速度に振り落とされまいと意識を持っていかれているため、のんびり景色を楽しむことは不可能だった。

 ひと際太い幹の洞の前でクーンが唐突に足を止める。つんのめりそうになったが何とか振り落とされずに済んだ。並走していたハクもここで翼をたたみ地面に降り立つ。

 翼をたたんだら翼が消えて背中には何の跡も残らないんだな。い、いや、興味本位でつい彼女の背中を見てしまったんだよ。ちょうど見える位置に彼女がいたので。

 翼が出たり引っ込んだりするなんて初めてみたよ。飛行可能な種族自体少ない上に、翼が収納可能とは彼女以外の種族で同じようなことができる者はいないんじゃなかろうか。

 俺が知らないだけという可能性もあるが、相当なレア種族だと思う。

 一応これでも付与術の勉強がてらに種族のことは詳しく調べたんだよね。付与術は誰かの能力を強化したりすることがメインだから、仲間になるであろう種族のことは調べておかないと、とさ。

 ま、まあ……結局ソロ冒険者になってしまったのだが……。無念。


「ここが巣?」

「わおん」


 ハクは小さく頷き、もう一方のクーンは元気に吠える。

 確かにこの洞の中だったら住むことは可能だな。中に入ってみないと確実じゃあないけど、見た感じ宿屋の一室より断然広い。


「じゃあ、俺はここで」

「巣に来た」


 ハクがぐいっと俺の服を引っ張る。彼女の家はこの洞の中なんだよな?

 彼女に引かれるがままに洞の中へ入る。俺たちの後ろからクーンもついてきた。

 洞の中は思った以上に広い。特に天井が。四……いや五メートルくらいの高さがある。天井近くに幹の切れ目があるみたいで、外からの光が中に入り込み洞の中は明るい。

 といっても、もうすぐ日が暮れる。明るいうちに到着できてよかったよ。

 

「ん」


 奥の少し高くなったところで何かが動いた気がする。

 いや、気のせいじゃなかった!

 絨毯か何かと思っていたが違ったぞ。クーンより一回り以上大きな青みがかった白の毛並みを持つフサフサの犬がむくりと起きあがった。

 犬はこちらに首を向けるとゆっくり一歩前に踏み出す。

 

「わおわお」

「我が子をクーシーに進化させてくれたのはあなたね? と言っている」

「すげえ、言葉が分かるのか」


 俺にはクーンと同じくただ犬が吠えたり鳴いたりしているようにしか聞こえないのだけど、ハクは何を言っているのかわかるらしい。


「クーンの言葉も分かるの?」

「クーンは無理」

「そうか、残念だ。こちらの大きなクーシー? が特別なのかな?」

「そう、だけど、クーシーじゃない。アカイアはフェンリル」

「フェ、フェンリル……!」


 フェンリル、フェンリルってあれだよな。伝説の聖獣フェンリル。神獣と言われることもある。

 人間に対しては中立で強さと美しさから画家や彫刻家が題材にすることも多い。だけど、実際に目にしたものは極少数で、数十年に一度目撃例があるかないかといったところ。

 人が踏み入れない深い森や谷の中に住むと言われ、フェンリルを一目見たいがために護衛依頼を出して冒険者と共に秘境を探索する学者もいるとかなんとか。

 街での人気はドラゴンと二分するほど人気だ。

 強さと気高さの象徴……それがフェンリルである。

 

「俺はクレイ。あなたの子クーンと盟友の儀を行わせてもらった」

「わうん」

『私はアカイアよ。我が子……クーンはあなたと共に。クーンのことで私から何かあなたにお礼がしたいわ』

「いや、特にお礼なんて」

「わうん」

『クーンが選んだだけあって謙虚ね。何でも言ってみなさいな。できることだったらお礼するわ』

「う、うーん、そうだ。見たことのないような美しい景色が見れるならみたい」


 「わうん」をハクが翻訳してくれた。俺にとっては意味のある言葉に聞こえないのだけど、彼女にはちゃんと言葉として聞こえているようだ。

 お礼と言われてもフェンリルになんて恐れ多い。思いつきでつい口にしてしまった言葉が景色だった。

 秘境に住むフェンリルなら秘境中の秘境でも知ってるかもしれないと思ってさ。

 モノで何かをもらうつもりはなかった。場所を教えてもらうくらいならいいかなって。

 

「わうん」

『おもしろいことを言う子ね。そうね、クーンに伝えるからクーンと行ってみなさいな』

「ありがとう」

 

 クーンとフェンリルのアカイアはわうわうと何か吠えあって情報交換をしていた。

 俺にはまるでわからん。伝わっているならそれでいい。期待外れでも期待以上でもどちらでも構わないさ。

 お礼ってのは価値が高い低いじゃあなくて、気持ちを受け取るものだものな。

 お礼をしたいと言ってくれた彼女の気持ちが嬉しいんだ。


 翌朝――。


「結局泊めてもらってありがとう」

「わうん」

「またいらっしゃいな。クーンを連れて」

「クーンもアカイアさんに会いたいだろうし、俺も洞の中が結構気に入ったので近くまた来ます」


 フェンリルのアカイアに手を振り、クーンにまたがる。


「ん? ハクも来てくれるの?」

 

 コクリと頷き彼女の背から翼が出てきた。


「そんじゃま、行くとしよう!」

「わおん!」


 気合を入れたクーンの前脚に力が籠る。駆け始めると一気に加速し後ろに体が持っていかれそうになった。

 この彼の動きにも随分なれてきている。今なら周囲を見渡すくらいの余裕が持てるようになってきた。

 ハクとクーンが並走し巨木の並ぶ森林を進む。

 一体どんな景色が待っているのだろうか。ハクとクーンが既に知っている場所かな?

 走ること体感で一時間半くらいかな? パッと周囲が開けた。

 高台の上に出たようで、谷があり台地になっていて左右には山が見える。

 そして何より、山と山を繋ぐように綺麗な虹がかかっていたんだ!

 

「うおおお」

 

 思わず歓声をあげた。こんな場所があったなんて。虹がかかる渓谷。確かにこいつはとっておきの景色だよ。

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