第4話 乗せてくれるらしい

 クーンをわしゃわしゃして抱きしめる。その時気が付いた。

 川に飛び込んで岸に置いて来た上着はともかく、他はずぶ濡れだった。

 特に酷いのはブーツで踏みしめると水が溢れてきて気持ち悪いったらありゃしない。

 

「え、えっと。俺はクレイ。君は?」

「ハク」

「ハク、俺はしばらくここで暖を取ることにするよ」

「寒い?」

「ずぶ濡れで服を乾かそうと思ってさ」


 濡れているから体温が奪われて多少寒くなっているけど、温暖な土地だからハクの言わんとしていることは分かる。

 季節は初夏だし、歩いていなくても汗ばむくらいだ。

 といっても、濡れている俺を見て「寒い?」は少しばかりズレている気がする。あくまで自分の感覚で、だから世間一般では特に違和感を覚えるものではないのかも?

 インターネットはもちろんラジオでさえない環境だから、世間との意識の共有は希薄な世界である。その分、個々人の考え方に個性があったり、とこれはこれで悪くないと思っているんだよな。

 日本の生活は便利で快適だったけど、この世界はこの世界で良いところも多い。どちらかを選べと言われたら日本を選ぶと思う。

 悩ましいところだけどね。他にも俺と同じような転生者がいたとしたら、是非とも聞いてみたい。

 とりとめのないことを考えながら枝を集めていると、クーンも口で枝を運んできてくれた。彼が咥えた枝は葉が沢山ついているものだった。


「賢いな、クーン」

「はっは」


 葉は枯れていて乾燥していたのでそのまま焚火につかえそうだ。

 俺たちの様子を見てハクも手伝ってくれた。


「ありがとう、おかげで枝が集まったよ」


 彼女は首を左右に振りその場にペタンと座る。何も語らぬ彼女にこれ以上甘えるのもあれだよな。


「採集とかお使いの途中で邪魔しちゃってたらごめん。俺は服が渇くまでここにいるつもりだから」

「何も」

「分かった。やらなきゃならないことがあったら優先してくれよ」

「特に」


 そっけなく思えるが、これが彼女の喋り方なのだろう。空気を感じ取れるというか、むしろ彼女はゆったりとくつろいでいる。

 初めて会う冒険者の俺に全く緊張感を持たないのは最初からか。

 多少は警戒するものだと思うのだけど、彼女の村が良い人ばかりで疑うってことをせずに育ってきたのかも。そんな村があったら永住するのもよいよなあ。

 冒険者としての俺はこの先も何とか生きていけるだろうけど、収入が増えたりすることはない。大怪我を負ったら即、食うにも困る。

 ならば、どこかの村でのんびりと暮らせるのならそっちの方が良い。


 枝に火をつけ、パチパチと乾いた音がし始めた。適当な枝に服を引っかけ火に近づける。寄せ過ぎると燃えるから注意が必要だ。

 靴もひっくり返して乾かし、ズボンも脱ぎ……下着はさすがにハクの前では我慢した方がいいか。

 上着を肌の上から直接羽織って「ふう」と息をつく。

 

「乾かさないの?」

「え、いや」


 主語は言わずとも何を乾かさないのかは分かる。

 下着以外は全て乾かしているからさ。彼女の前で下着を脱ぐといけないところが見えちゃうわけで。

 クーンだけなら遠慮なく素っ裸になるのだけど、さすがの俺でも彼女の前で全裸はセクハラが過ぎる。

 やっぱりなんかちょっとズレてる気がするんだよなあ。数が少ないながらも冒険者や街の人と交流があるし彼女の感覚に近い人には会ったことが無い。

 とまあ、種族も違うし街や村によって風習は大きく異なるだろうから……そして俺は考えるのをやめた。


「このままでも体温で乾くよ」


 出した答えが微妙過ぎる。対する彼女はコクリと頷くだけ。

 俺から喋りかけないと彼女は喋らない。俺もそこまでお喋りな方ではないので、パチパチとした焚火が爆ぜる音だけが耳に届く。

 かといって気まずいわけではなく、のんびりとした時間が流れた。

 もちろん完全に休息するというわけにはいかないのがこの世界の辛いところだよな。いつモンスターが襲い掛かって来るのか分からないもの。

 

「よっし。こんなものかな」


 服を着て靴の様子を確かめる。結構な時間がかかってしまった。


「急いで君の村に戻らないと」

「村?」

「暗くなるとより危険度が増すし、動けなくなっちゃうからさ」

「巣のこと?」

「君の住処まで送り届けたいと思ってる」

「クーンに頼んで」


 クーンが彼女の村の場所を知っているのかな?

 彼の首元をわしゃっとしたら尻尾をフリフリして喜んでくれた。

 ……じゃなくってだな。


「クーン、巣の場所って知ってるの?」

「わおん」


 ふんふんと鼻を鳴らし俺の周りをグルグルするクーン。

 満足したのかその場で伏せて尻尾をフリフリ、俺へ首を向ける。

 可愛いなあとかつての愛犬の姿と彼の姿が重なった。

 様子を見ていたハクがそっけなく尋ねてくる。

 

「乗らないの?」

「乗せてくれるの?」


 聞き返してしまった。いくら大きいとはいえ犬の骨格で人を乗せて動くことなんてできるのか?

 試しに彼にまたがってみたら軽々と彼が立ち上がる。


「お、おおおお」

「わおん」


 クーンが軽快にに右へ左へステップを踏む。この調子だと余裕で俺を乗せて走ることができそうだ。

 なるほどなあ。俺より小柄なハクなら――。


「ハクはクーンに乗ってここまで来たの?」

「飛ぶ。クレイは飛ばない?」

「と、飛べないかな……」

「クレイはクーンに乗って」


 まさか飛べるなんて。

 ハクが両手を握り、胸の前にもってくると背中から白い翼が生えてきた。翼は翼竜や飛竜の翼に近い。

 パタパタと翼をはためかせると、こちらにまで風圧が感じられた。ハトとかでも近くで飛ばれると凄い風圧がくるものな。人間サイズの翼となると離れていても風を感じるのもさもありなん。

 

「クーン、案内してくれ」

「わおん」

 

 クーンが走り始めたかと思うとグングン速度があがっていく。ちょ、ハクがついてきているか確認しながら行きたかったのだけど……。 

 と思ったら、地上から1メートルくらい宙に浮いたハクが並走しているではないか。

 彼女の飛び方は空を飛ぶのではなく、宙に浮いて移動するイメージに近い。

 地上から1メートルくらいのところをホバリングするように移動している。

 こいつは馬より速いかもしれない。

 難点はすでにどこにいるのか全く分からないことかな……えへ。

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