第2話 でっかい犬

 彼女……でいいんだよな。実際に見るのは初めての種族だ。額の両脇から長い角が伸びているが、鬼族とは異なる。

 鬼族の角は真っ直ぐすべすべなのに対し、彼女の角はゴツゴツしたもので鬼族に比べると角が長い。ちょうど額の両脇から手の平を伸ばしたくらいの長さだろうか。

 鬼族以外に角の生えた種族はいくつかある。獣人と呼ばれる動物の角に似た角を持つ種族で鹿族とかがいたな。

 鬼族と獣人は王都でも見かけるのだけど、お勉強に精を出してた俺が文献だけで知る角の生えた種族は二つある。

 一つは魔族と呼ばれる種族で角だけじゃなく背中からコウモリのような翼が生え、細長い尻尾を持つ。もう一つは彼女のような角を持つ種族で竜人と呼ばれる種族だ。

 竜人の親戚筋と言われる種族にドラゴニュートってのがあるのだが、こちらは鱗を持ち顔もリザードマンに近い。

 一方で竜人は人間と似た顔で角を除けば人間そっくりに見える。ひょっとしたら尻尾があるかもしれないけど、彼女の姿からは尻尾が確認できない。

 前置きが長くなったが、俺の見立てでは非常に珍しい竜人である彼女は、人間にすると歳の頃は16か17歳くらいといったところで銀色の真っ直ぐな長い髪をしていた。

 もっとも目を惹くのが抜けるような透明な肌で、遠目でも分かるほど。

 しかし、彼女……冒険者にしては装いが冒険者らしくない。旅装といえるような装いでもなかった。簡素な麻の服に裸足という家の中にいるかのような格好だったのだ。

 丸腰だし俺が見える距離にいるのだが、敵意はなく俺のことなど見ていない。少しは警戒した方がいいだろ、と思わなくもないが、あまりの彼女の自然体な様子にこちらも毒気を抜かれてしまった。

 俺が更に近寄っても彼女はじっと流れる川の方向を見つめたままこちらを向こうとはしない。

 俺としても別に敵意の無い彼女をどうこうしようとするつもりはもちろんないし、わざわざ声をかけるつもりもなかった。

 興味本位に彼女へ近づいてしまったのだが、これ以上踏み込むのは良くない。無駄に彼女の警戒心を煽ることもないだろうから。

 冒険者同士は不干渉が基本なのだ。

 彼女から目を離し、「さあ、イゴレア草を探すか」と周囲に目を向ける。


「あれ……溺れそうになっているのか」

 

 彼女に注目していたから今の今まで気が付かなかった。川の流れはそこまで速くないのだが、川幅は20メートルほどある。

 川の中ほどに犬らしき頭が見え、流されては戻りを繰り返していた。

 怪我をして進めなくなっているのか、何かに捕まっていてもがいているのか、ここからではどちらか判断がつかないな。

 直観は後者だと告げている。常に悪い方向で考えておくべし、という俺の主観とも合致していた。


「ん?」


 彼女の目線の先がもがく犬であることに気が付く。

 彼女の飼い犬だったのかもしれない。そう思うと彼女の目線が物悲しいものに見えてくるから不思議なものだ。

 俺も前世では犬を飼っていたんだよな。長年連れ添った愛犬が亡くなった時は食事も喉を通らなかったほど。

 助けに行きたくとも丸腰の彼女じゃ、俺の直観通りだとしたら逆に彼女が危機にさらされてしまうかもしれない。

 もしかしたら、犬が彼女を守って川でもがいているのかも?

 余計なお世話なのかもしれないけど、自分の飼っていた犬と重なり居てもたってもいられなくなる。


「俺に任せてくれ」


 一言言い残し前を向くと同時に複雑な文様を脳内で描き、術式を組み立てる。


「発動。アルティメット」


 力ある言葉と共に緑色の光で複雑な文様を描かれた魔法陣が出現し、光となって俺の体に吸い込まれた。

 これぞ、バフ系最上位付与術「アルティメット」。筋力・敏捷・持久力を同時に強化することができるのだ。

 単品で強化するバフ系付与術は「アルティメット・ストレングス」など後ろに強化する要素が加わる。


 上着を脱ぎ捨てバシャバシャと川へ入った。思ったより深いな。まだ中央まで至ってないってのに腰の上まで水が来ている。

 

「待ってろ。今助けるからな」


 顔だけ水の上に出ている犬を励ますように声をかけるも、彼は必死で浮き上がろうともがくばかり。

 犬の元まであと少しというところで、足先が何かに触れる。やはりいたか。犬を引っ張り込もうとしている奴が。

 水中だと使うことのできる武器は限られるが、こんな時のための用意はある。腰から鉄の棒を引き抜き両手で左右に引っ張ると、ガシャガシャと音を立て長く伸びた。

 便利なんだよなこれ。そいつの先にナイフを刺し込み、いざ準備完了。

 余裕ぶってゆっくりと動作をしているのかというとそうではない。最速で内心しまったと思いながら、準備を完了させたのだ。川に入る前に準備をしておけばよかった。

 川の中に何かいると予想していたのだから、予め武器を用意しておいてしかるべしだったよな。

 両手を開けておくべきか武器を構えて進むべきか迷ったんだよね。両手が開いているとバランスがとりやすいし、鉄の棒を杖代わりにして進む手もあったが水深がわからなかったもの。もし俺の身長ほどの深さがあったら鉄の棒はかえって邪魔になる。


「わうう」

「もう少しだ」

 

 悲痛なうなり声を出す犬へ声をかけつつ、鉄の棒を振り上げ、体重を乗せ一息に突き刺す。

 ガツン。

 うまい具合に川の中の何かに当たったようだが、突き刺せてはいない。

 が、動けなかった犬がバシャバシャと俺の方へ向かってくる。

 と同時に水面が動き――。

 バシャアアアアア!

 水の中からワニのようなモンスターが半身を出し、その勢いのまま踊りかかって来た!


「その位置、詰んでるぜ」


 我ながらダサすぎるセリフを吐き、鉄の棒を川底へ着けナイフの方をワニのようなモンスターへ向ける。

 奴の勢いそのままに首元からナイフへ突っ込んできた。

 本来なら奴の巨体に筋力が追いつかず鉄の棒が飛ばされてしまうところだが、もう一方は川底で支えている。

 川底とワニのようなモンスターなら川底に軍配が上がるのは自明の理だ。

 奴は頑丈な鱗でナイフが刺さりこそしなかったものの、鉄の棒に自分の体重と勢いを返されズルリと崩れ落ちるようにして川へと沈んで行く。

 

「今のうちに川から出るぞ」

「わうう」


 ワニのようなモンスターを撃退し、無事に川岸まで犬を連れて戻ってくることができた。

 内心ヒヤヒヤだったけど、幸運だったよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る