第17話 はしゃぎすぎた
待って、と声をかける間もなくクーンの体がブレる。
走り出したかと思ったらとんでもない加速で、次の瞬間右側にいたツキウルフが吹き飛ぶ。
跳ね飛ばされたであろうツキウルフは数十メートル宙を舞い、ドシンと岩肌にぶつかり気絶する。あの巨体がまるで冗談のような吹き飛び方で、実際に目の当たりしにしたものの俄かには信じられない。
状況的に見て可能性が極めて低いが、彼女の「獲物」だった可能性もあるわけで、排除するにしても一言声をかけてからにしたかった。
「あ……」
もう一体のツキウルフが先ほどと同じように飛んでいく。
クーンの姿は目で追う事ができ……見えるな。どうやら俺の目もアルティメットで強化され彼の動きを捉えることができるようになっている。
一回目のツキウルフの時は「目にも止まらぬ速度」だからと先入観があり、ちゃんと見ていなかった。
「あ、あのお」
「きゃ」
ポニーテールの女の子に声をかけたら悲鳴で返してくる。
突然崖下からジャンプして現れるや、クーンが速攻で二体のツキウルフを転がしたという意味不明な状況だものな……。
「我ながら酷い登場の仕方だとは分かっているのだけど、ツキウルフを仕留めてしまってもよいかな……あ」
最後の一体もクーンの体当たりで気絶していた。
「わおん」
「よおしよし。安全になったぞ。ありがとうな」
もどってきたクーンが尻尾を振って「褒めてえー」と舌を出しているので、思いっきり頭を撫でて褒める。
この無邪気な様子を見ると褒める以外の選択肢はないだろ。
……。視線を感じる。
もちろん、ツキウルフではない。奴らは全員絶賛気絶中だ。しばらくの間は立ち上がってくることはないだろうよ。
「……こほん。獲物を横取りしようとしたわけじゃないんだ」
「横取り……そんなわけないじゃない」
「そ、それはよかった」
「あ、ありがとう」
お互いにぎこちなく頭をかく。
気まずい空気に耐え切れず、困った時の対処法を実行することにした。
「俺はクレイ。ツバメ茸を採集しに来ていたんだよ」
「同業さんね。サラよ。よろしく」
ふふ、さすが自己紹介。とりあえず場の空気を和ませてくれる。
握手を交わし頭をさげるとあら不思議、さきほどまでのぎこちなさがどこかにいった。
「その子はワイルドウルフ……じゃないわよね」
「ま、まあそうだな」
「ごめん、詮索するつもりはなかったの」
「いや、こちらこそ驚かせてすまなかった」
特に怪しんだ様子もなくポニーテールの女の子サラは、クーンのふさふさの銀色に釘付けになっているではないか。
「撫でていいよ」
「ほんと!」
すごい食いつきでクーンの頭を撫でた彼女は満足そうに頬を緩める。
「……! この子の可愛さで真っ先に言わなきゃならないことを言いそびれちゃったわ」
「ん?」
「ツキウルフを仕留めないの?」
「あー、まあ、起き上がるまでに退散すればいいかなって」
「冒険者よね、あなた?」
「ま、まあ。クエストを受けてここにいるくらいだからそうだな」
クーンがツキウルフたちを気絶に留めているので、仕留める必要は無いかなって。崖下に降りれば再び襲ってくることもないだろうし。
ツキウルフの討伐クエストを受注していたら話は別だが、ここはクーンの意思を組もうと思ってね。
彼は俺のために「仕留めず」にしたのかもしれないから。別に俺は魔物の非殺を貫いているわけでもないのだけど、積極的に留めを刺すこともしてない。
必要あれば仕留めるし、必要無ければなるべく魔物との戦いは避けたいって感じかな。
「崖下に行けばツキウルフが来ることもないだろうし、送るよ」
「そういえば、あなたたち……崖下から飛んできたわよね。その子、空を飛べたりはしないわよね?」
「まさかそんな。犬型が空を飛ぶなんてことはないよ」
「そうよねえ。まさか崖を駆けあがってきたの?」
あー、まあ、そうだな。
曖昧に頷き、明後日の方向を見つめる。
誰も見てないから調子に乗って崖をひゃっはーしたんだよな。もし誰かが見ていたらと思うと恥ずかしい。
今更ながらはしゃぎ過ぎた自分に赤くなりそうだった。楽しんだからそれでよし。
「ま、まあ。そうだ。クーン。サラを乗せてもらえるか?
「わおわお」
首を下げ伏せのポーズになったクーンが尻尾をパタパタさせる。
「さあ」と彼女を促すと、「いいの」と遠慮がちに言いながらも、顔が緩んでいた。
先ほどはクーンを撫でていたし、犬好きなのかもしれない。
「サラ、しっかり掴まっていてくれよ。揺れるから」
「もっふもふしてる……え?」
「行くぞ、クーン」
「わおん!」
きゃ、とサラが悲鳴をあげるも虚しく、クーンが崖へ向けジャンプする。
「お、落ちる! 落ちる!」
「大丈夫だって」
「あ、あなた。きゃああ」
速いな、クーン。
もう崖の中腹まで行っているじゃないか。俺も負けんぞ。
あ、サラがクーンから落ちた。
崖の壁を下側に蹴りグングン彼女へ迫り、見事キャッチする。
姫抱きの体勢のまま地面に着地した。
結構な高さから落ちたわけだが、全く足に痛みはない。すげえな、本来のアルティメット。
付与術の中でも最高峰に位置するだけはある。
「正直すまなかった」
「び、びっくりした……」
「怪我はない?」
「痛むところはないわ」
彼女をゆっくりと降ろし、ふうと息をつく。
「わお……」
「あの角度だから振り落とされても仕方ないさ」
「クレイがキャッチしてくれたから大丈夫よ」
悲し気に鳴くクーンに二人揃ってフォローする。クーンは俺の頼みを聞いてくれただけで、無茶な頼みごとをした俺に責任があるからさ。
ポンポンとクーンの首を叩き、俺の仕草を見た彼女もクーンの背中を撫でる。
「そんじゃま、帰るか」
「わおん」
「クレイ、採集に来たんじゃなかったの?」
そうだった。ひと段落ついてすっかり終わった気になってしまっていたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます