第18話 魔獣使いではありません

「わ、忘れていたわけじゃないんだからね」

「忘れてたの?」

「だ、だから違うってば」

「ツバメ茸だったらお礼にお手伝いさせて」


 任せて、と腕まくりするサラ。

 俺とクーンはアルティメットでブーストしているから崖を楽々昇り降りできるけど、付与術無しだと相当な身軽さが要求されると思う。

 岩は崩れやすいし、付与術無しなら上から吊って支えてもらわなきゃいけないほどだ。

 岩は既に付与術で頑丈にしているので、ロッククライミングの能力があれば登ることはできそうだけど……。


「命綱も要らないわ。こう見えて私、レンジャーだから」

「レンジャーって崖登りもできるんだ……」

「ふふ。木登りも得意よ」

「その弓も、だよな」


 うん、と頷くサラであった。

 レンジャーとは冒険者の中でクラスとか職業と呼ばれている区分けの一つである。

 俺の場合は付与術師だな。

 職業は大まかに分けて魔法系と戦士系に分けられる。この分け方は個人的に分かり辛いので好きではない。

 その前に職業とは何かって定義からだな。こういうのは形から入るに限る。

 たとえば職業を付与術師と名乗るには付与術が使えることが条件だ。当たり前だろ、ま、まあ、付与術師の場合は分かりやすい。

 とまあ、職業はそれぞれ必須条件を設けており、それを満たさなきゃならないのだ。

 レンジャーは付与術師と違っていくつかの条件が設けられている。

 全てを把握しているわけじゃないのだけど、弓かナイフを扱うことができる、とか、木登りや崖を登ったりできる身軽さ、罠を仕掛ける知識などだったと思う。

 パーティに一人いれば野外活動がメインのクエストでは非常に心強い。

 ソロ活動にも向いている。腕にもよるがレンジャーならパーティを組むに苦労はしないだろう。


「それじゃあ、さっそく始めるわね」

「あ、ちょっと待って。サラにも付与術をかけたい」

「え?」


 崖に手を当てたサラの動きが止まる。

 ん? 俺、何か変な事をいったかな? クーンと顔を見合わせるも、答えは出てこない。

 尻尾を振って可愛いけど。


「今もまだ効果が続いているけど、俺とクーンのアクロバティックな動きは付与術あってのことだよ」

「ま、待って。クレイってダブルクラス持ちなの?」

「あ、いや」

「ダブルクラスだったら、少なくともAランク……ひょっとして街に二人しかいないSクラス?」


 顔、顔が近い。

 幼い頃から付与術の勉強をして冒険者になってからも付与術一本ですごしてきた俺がダブルクラスのわけがないぜ。

 ダブルクラスはその名の通り二つの職業を兼ね備える。

 一つの職業の条件を満たすだけでも大変なのに、もう一つとなると困難なことは想像に難くない。

 才能と努力でダブルクラスになれても使いモノになるかは別問題なのが辛いところだ。

 どちらも中途半端になり使えねえとなってしまうと本末転倒なのだよな。

 なので、ダブルクラス=超優秀な冒険者ってわけじゃない。しかしながら、隔絶した実力を持つ冒険者がダブルクラスなことが多いのも確かだ。

 語り草になるが実際に見たことが無いダブルクラスとして有名なのは魔法剣士である。

 遠距離では魔法で、近距離では剣でと隙がなく一人で多数の魔物を打ち倒すこともできるし、相手によって戦い方をガラリと変えることができたりと隙が無い。

 魔法剣士を目指すなら付与術と槍が最強だと思うのだけどなあ……最強理論を人の前で語るのはやめた方がいい。喧嘩勃発率が非常に高いからな。

 

「俺は付与術のみだよ。一応、ナイフや片手剣、弓も使えはするけど、専業には遠く及ばないよ」

「クレイは魔獣使いテイマーでしょ?」

「なるほど、やっと理解した」

「うんうん」


 俺と彼女はどちらも頷くが、意味合いが真逆であろうことは明らかだ。

 さあ、勘違いを解く時がやって来た。

 

「俺は魔獣使いテイマーではないよ」

「いやいや、まさかそんな」

「それが本当に本当なんだよ」

魔獣使いテイマーじゃないのにこの子と通じているの?」


 まあ、いろいろありまして。クーンとは友人になった。

 説明するには突飛な話だから、初対面の彼女には黙っておきたい。

 正直に伝えたことで藪蛇になっちゃったなあ。話がややこしくなってしまった。

 どうしたものかと悩む俺の心中を察したのか彼女が口元に人差し指を当て続ける。


「何か事情があるのよね。ツバメ茸を採集しなきゃね」

「そうだな、付与術をかけたい」

「ありがとう!」

「発動 ハイ・アジリティ」


 ハイシリーズは中級の身体能力強化系付与術で、アジリティは敏捷性を強化してくれるものだ。

 崖登りにはこれくらいが良いかなと思って。

 術をかけられた彼女はその場で膝を曲げ、伸ばし、腕を振って体の様子を確かめる。


「いい感じ。ハイ・アジリティが使えてソロって珍しいね。あ、ごめん、変な意味じゃないからね」

「クーンとのんびりやりたいからさ」


 会話をしつつも、彼女が崖に手をかけ命綱も無しにスルスルと登っていく。


「体がとても軽いわ。崖の様子から岩がもろいはずだけど、これならバランスを崩すこともなさそうよ」

「見たら分かるものなんだ」


 彼女と並んで崖を登る。

 それにしてもよく周りを見ているなあ。アルティメットを付与している俺の方が視力も聴力も上のはずなのだけど、ツバメ茸を発見するのは彼女の方が早い。

 崖の形状を見て判断しているようだけど、てんで分からん。


「あ、クレイはあっち。五メートルくらい先の影にあるはずよ」

「分かった」

「私はこっちを採集してくるね」

「助かる」


 ハイ・アジリティの効果もあるけど、掴む位置というのか支える位置というのか足や手の動かし方が抜群にうまい。

 サラの協力があってツバメ茸の採集が捗り、日が暮れる前に撤収することができた。

 その日はクーンと彼女も加えて野営をし、翌朝になってから街に向かうことにしたんだ。

 初対面の彼女と見張りを交代しながら夜を過ごしたわけだけど、モノを取られたりといったことはなかった。

 警戒心がない、と言われればその通り。しかしだ、俺には彼女なら問題ないという確信があった。

 ツバメ茸の採集の時に垣間見た彼女の実力は中級冒険者かそれ以上であることは間違いない。

 彼女の実力は彼女が冒険者でレンジャーだという話の裏付けとなり、冒険者でしかも中級以上となれば滅多なことで冒険者間の決まり事を破ることはないだろうと判断した。

 彼女の人となりも加味してももちろんある。

 色々語ったが、一言で言うと初対面ながらも彼女は信頼できるってわけさ。彼女は彼女で俺のことを同じように判断してくれたから、夜を共に過ごしたのだろうし。

 

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