第19話 湯けむり

 クエストを達成し依頼分以上のツバメ茸を採集していたので、迷うことなく余った分も全て買い取ってもらった。

 手伝ってもらったサラにもクエストの報酬を渡そうとしたのだけど、固辞されちゃったんだよね。

 その代わりといってはなんだが、余った分のツバメ茸を折半することで決着した。正直なところ彼女が発見したツバメ茸が大半なのだが、ま、まあ、ありがたく受け取ることにしたんだ。

 懐が温かくなった俺はさっそくポーションと薬を買いにお店へ突撃する。

 そこは薬草学の本やすり鉢などの道具も売っていたので手持ちの限り買い込んだ。いや、ちょこっとだけお金を残して今後の自給自足に必要な知識を仕入れようとした。

 が、しかし、思った以上に本が高くて二冊が限界だったんだよな。

 自給自足系の知識はついでだったので、本来の目的は達成した。


「いろいろ案内してくれてありがとう」

「クレイが知らなさ過ぎるだけじゃないかな……」

「そ、そうかな」

「クレイはこの街の出身なのよね?」


 あからさまに訝しむサラに「そ、そうだけど」と挙動不審になる俺である。

 街って拾いからさ。本屋も図書館も貸本屋もいくつか知っているけど、付与術の学習に集中していたからなあ。

 冒険者になってからはさすがに薬屋や錬金術屋自体は存じ上げておりましたが、なんといえばいいのだろうか、現代日本で言うところの量販店みたいなところしか通ってなかった。

 武器でも薬でも揃うし。

 サラが教えてくれたのは専門店……小さなお店で特化した商品だけを取り扱う店だ。


「それじゃあ、俺はこれで」

「さすがに宿は分かってるのね」

「そらまあ、でも宿には行かないけどね」

「そうだったわね。近く訪ねさせてもらうわね」

「是非是非」


 彼女には俺が虹のかかる渓谷で住んでいることを伝えている。

 徒歩でくると結構な距離になるから、近場のクエストを受けた時にでも訪ねてきてくれると嬉しいな。

 彼女が来る時までにはちゃんとした家を建てておきたいものだ。いつになるか分からないけど、ね。

 

 ◇◇◇

 

「ハクー、戻ったよ」


 戻ってさっそく彼女の家を訪ねたが、睡眠中だったのでそっとしておくことにした。

 仕入れてきた薬で彼女の調子が少しでも改善してくれればいいのだが……。

 夕飯時くらいには起きてくるだろうと思い、まずは旅の疲れを落とすことにするかな。

 虹のかかる渓谷には温泉がある。温泉は俺がここに住むと決めた要素の一つ。

 虹を見ながら温泉に入る。これぞ極上の贅沢よな、うん。


「わおん」

「ぴっかぴかにしてやるからなー」


 クーンと久しぶりに露天風呂へ向かう。

 するとゆけむりに人影らしきものが映っているではないか。

 シルエットから人型かな、と分かるものの人間じゃあない。特に俺専用の岩風呂ってわけでもないし、誰かが入っていても咎めるのはお門違いってやつだ。

 人間じゃないと分かったのは猫か虎のような形をした耳があるからだ。

 裸の猫耳少女とかだと事案になってしまう。賢い俺は先に声をかけることにしたのである。

 事案を避けるだけじゃなく、無言で近寄ると敵だと認識されることも回避できて一石二鳥だ。

 

「こんにちはー。ご一緒していいですか?」

「こんなところに吾輩以外と姫以外が来るとは珍しいでござるな」


 声からして男性だな。

 と判断した俺は更に近寄ることにした。もう既に服に手をかけ脱ごうとしている勢いで。


「貴君も湯あみでござるか?」

「そこに家を建てて住み始めたんですよ。この岩風呂が気に入って」

 

 ここでようやく相手の姿がハッキリと見える。

 こ、こいつはわしゃわしゃしたくなるな……。声の主は猫頭の獣人だった。

 猫が直立したような種族で、街でもたまに見かける。

 毛色はブラウンと黒で日本の猫を彷彿とさせるカラーリングは見ているだけで和む。


「そうでござったか。吾輩は一緒でもかまわないでござるよ」

「では、失礼して」


 クーンがバシャバシャと岩風呂に入り、俺も続く。

 猫頭の隣に腰かけ、ふうううと風呂独特の声を出す。

 いやあ、やっぱり風呂は良い。クエスト中は風呂に入ることができなかったからその想いもひとしおだぜ。

 風呂は不思議な空間だ。初対面でも自然と警戒することもなく世間話ができてしまう。

 彼と自己紹介しあったのを皮切りに会話が弾む弾む。

 彼の名前はトラゴローとどこか日本を彷彿とさせる名前だった。渋い声であるのだけど、猫頭だから人間の俺から見るとどうしても可愛く見えてしまう。

 目を閉じたら渋い男の姿が想像できるのだけど……。

 

「トラゴローさんはよくここに?」

「よく……ではござらんな。気が向くまま、でござるよ」

「気の向くまま、そんな生活もいいかもしれないなあ」

「吾輩もクレイ殿の生活に憧れますなあ」


 トラゴローはどこかに定住することなく気の向くままの生活を送っているそうだ。

 出身地の村と気質が合わず飛び出し、もう10年にもなるんだって。定住せずに移動しながら生活するって魔物がいるこの世界だとなかなか困難だよな。

 村や街を点々としているにしても移動している間は危険が伴う。

 ……ん、冒険者生活もよく似たものか。俺の場合でも街を拠点にしていたものの、街にいる時間より外にいる時間の方が長い。

 トラゴローも採集や魔物の素材を売って路銀を稼いでいたのだと思う。いや、行商人や旅の薬師という線もあるか。

 行商人や薬師は小さな村にとって貴重な存在だからね。

 あれこれ想像していたが、彼から答えが飛び出した。

 

「吾輩、余り戦いは得意ではなく。しがない薬師でござる故」

「薬師!? ハクのことを診てもらいたい。もちろんお金は支払うよ」

「姫の家に薬を置いてきたでござるよ」

「お、おお。ありがとう」


 薬師だったのかあ。たまに来るのも温泉好きだからじゃなく、ハクを診るためだったのかも。

 いや、両方か。

 温泉が嫌いだったら温泉に入ることもないさ。

 そうかあ、薬師が置いていった薬があるのなら、俺が買ってきた薬は必要ないかもしれないな。

 そうだ。せっかくだし彼に無理のない範囲で聞いてみるか。

 

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