第16話 ポニーテール

 エンチャント・アーマーは物質系の付与術で対象の硬度を増すことができる。主に盾や鎧を対象にすることが多い。

 ゲーム風にいうと防御力を引き上げるバフ魔法って感じだ。

 範囲はどれくらいになったのか見当がつかないけど……試してみるか。

 崖に取りつき、ガシガシと踵で押してみる。たぶん大丈夫なはず。

 

「わおん」

「クーンも登りたいのか」


 はっはと尻尾を振るクーンは置いてきぼりになるのは嫌みたいだった。

 よおし、だったらパワーアップした付与術をもっと使おうじゃないか。


「発動。アルティメット」


 俺とクーンに究極の身体能力強化付与術をかける。アルティメットは強化率が最高の付与術で、ストレングスとかアジリティとか各パラメータに分けて強化することも可能だ。

 今回は全能力を上げる大盤振る舞いにした。以前、アルティメットをかけて岩が飛んで行ったので使うのに慎重になっていたが、万が一滑落したらってことも考えて最も効果の高い身体能力強化の付与術にしてみたのだが、ちょっと不安だ。

 強化に感覚がついていかないんだよな。繊細な動作が難しくなるかも。

 

「うお!」


 クーンがひょいっと飛び上がると数十メートルの高さになり、軽々崖に着地した。

 元々急斜面が得意な彼だけど、崖でも立ち上がるとはやるではないか。

 俺も続くぞ。


「うはあ。こいつはすげえ」


 まるで体に羽がついたようだ。

 すいすいっと指先の力だけで登っていける。これならアクロバティックなことも試せるんじゃないか。

 足先に力を入れ飛び上がってみる。


「ひゃああ」


 クーンより高く飛び、崖に指先を伸ばすと同時に付与術を発動。

 

「発動。エンチャント・アーマー」

 

 崖が崩れるかもしれないからね。クーンのいる方にもエンチャント・アーマーをかけてあげたい。

 見ている間にもクーンはより高いところまで進んでいた。


「クーン、崖はちょいともろいんだ。一緒に登ろう」

「わおん」


 大丈夫だと彼が崖をちょいちょいと足先でつっつく。

 彼のいるところあたりまでエンチャント・アーマーの効果範囲になっているのかなあ?

 彼は俺にはない感覚をもっているし、細かな魔力の流れまで感じ取れるのかも。

 ん、待てよ。

 彼に感じ取れるってことは今の俺にもひょっとしたら。そもそも自分で付与したものなのだから、効果範囲は分かって当然なんじゃ?

 これまで壁や崖に付与術を発動するなんてことはなかったからその発想がなかった。誰かの盾にかければ盾が効果範囲だし、鎧なら鎧だし、体なら体だろ。

 その場で目を閉じ、崖に右手の手の平をあてる。


「なるほど、試してみるものだな」


 すぐにどこからどこまでがエンチャント・アーマーの効果範囲か分かった。

 最初に発動したエンチャント・アーマーは発動した場所から左右に20メートルほどで、高さは崖の上まで。

 思った以上の効果範囲に驚いて崖から落ちそうになった。


「安心して上まではいけるな。クーン。ツバメ茸を見つけたら教えてくれ」

「わおおん」

 

 飛び跳ねて遊びに来たわけではないのだ……。正直、忘れかけていたのは秘密だぞ。

 ツバメ茸はなんといえばいいのだろうか。酒のつまみに食べるあたりめ? だっけサキイカのふわふわした塊のような……表現が難しい。

 茸と表現されているが、地面に張り付いたコケ状植物にも見える。

 いや、ええと、記憶があいまいで地衣類だっけ。木に張り付いているもやもやしたやつ。あれの一種なのかもしれない。

 地衣類はキノコ類とは別種だった……と思う。細かいことはいいんだ。採集クエストを完了できさえすれば。

 

 お、あったあった。なんかやっぱりするめっぽくておいしそうに見える。

 だがしかし、おいしそうに見えるからといって安易に口に入れる俺ではない。何度か痛い目にあったからね……。


「見つけたからといって、安心するにはまだはやい」


 身体能力を強化しているからより慎重に採集しなきゃ。

 ツバメ茸は引っ張ると簡単にぶちっと切れてしまう。切れる分には構わないのだが、細かい欠片を拾うことは不可能である。この高さだからなあ、風で飛びどこにいったか分からなくなる。

 袋を出してかきこむようにしてツバメ茸を袋の中へ入れた。これなら多少崩れても中身は確保できる。


「わおんー」

「お、クーンも見つけたのか」


 ん。クーンは首を上にあげ俺に何かを伝えようとしているようだった。

 ツバメ茸を発見したわけではなさそうだな。崖の上に何かあるのかも。


「上に何かあるのかな?」

 

 クーンに問いかけると同時に崖の上を目指し始める。

 俺の動きをみた彼も軽快に崖を駆けあがっていく。

 

 ◇◇◇

 

 俺とクーンが崖上で着地したのはほぼ同時だった。

 何やら緊迫した中に乱入してしまった様子……。

 手前にいるのは崖の際まで追い詰められたのか弓を構えたポニーテールの女の子が奥にいる魔物を睨みつけている。

 対峙するは人型の狼のような魔物たちだった。

 顔は狼で全身がふさふさした毛に覆われていて、鋭い爪の長さはダガーくらいもある。

 身長は三メートルと少しと人間に比べたらかなりの長身だ。特徴からしてツキウルフで間違いない。

 こいつは厄介な魔物だな……。一度遭遇してほうほうのていで逃げ出した。

 人型なのでやり方次第では友好的に接することができるのか、というとそうでもない。極めてどう猛で人型の生き物を嬉々として襲ってくる。

 知性レベルは分からないけど、彼らは仕留めた人型の頭蓋骨の一部を首から下げる習性があるんだよね。

 彼らの中での信仰なのかは不明。頭蓋骨のために積極的に襲ってくるのではないかと言われている。

 ツキウルフの数は見える範囲に三体か。

 中級冒険者のパーティでも三体を相手にしたら死闘になることは必至。

 状況から見てあの女の子はツキウルフを狩るのではなく、なんとか撒こうとしていたのではと推測できる。

 

「わおん!」


 どうするのか逡巡している間にクーンが走り出す。

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