第12話 リンゴ大好き

 家……いや小屋を作ってから二日が経過した。

 昨日は雨で屋根付きの小屋のありがたさを痛感したぜ。心配した雨漏りもなく、雨に濡れずに一晩過ごすことができた。

 雨が降ると行動が大きく制限される。濡れて滑りやすくなったり、野外での煮炊きが面倒になったり……何よりも厄介なのは視界が悪くなること。

 狩をしようにも晴れの日より難易度が高くなるだけじゃなく、危険なモンスターの気配を感じ取り辛い。雨が強いと音も遮断されるから、雨の日はいいことなしなんだよな。

 悪いことばかりじゃないのだけど、現状の暮らしなら雨の日はなるべく大人しくするのが良いと思う。


「わおん!」

「まだ地面が濡れているから走り回ると泥だらけになるかもしれないぞ」


 言ったはなから草の上に寝転がっているクーンである。

 ま、まあいいか。この後動けばいずれドロドロになるから。

 

「そうだ。クーン。今日は少し遠出して狩りをしようか」


 名を呼ばれたクーンが戻って来て濡れた体をブルブルさせる。思いっきり水滴をかぶってしまったのはご愛敬。

 遠出ってどこに行くんだよ? ふふ、行きたいところは決っているのさ。

 クーンなら場所も分かる。もう、想像がついただろうか?

 そう、彼の母であるフェンリルの巣に行こうと思ってね。

 小屋ができ、ハクの家の向かいで住むことになったから紹介してくれたお礼を述べたい。クーンも母に会えたら喜んでくれるはずだ。

 クーンが喜べば俺も嬉しい。

 それに彼女に聞きたいこともある。

 

「朝ご飯を食べたら行こうぜ。クーン」

「わおん」


 ハクはまだまだ起きてこないだろうから彼女にリンゴと朝ご飯の肉を少しおすそ分けしておくか。

 

 クーンと彼にしてはのんびりとした速度でフェンリルのアカイアの巣に向かう。

 彼のもっふもふな背中は心地よく、馬より上下の動きが少ないので馬より個人的には好みだ。

 景色を見ているだけでもあきないなあ。油断して景色を眺めている時に限って何か起こるんだよな。

 ちゃんと警戒し危険なモンスターを察知できるように神経をとがらせないと。

 そうそう、乗っていて快適なクーンは馬より急な斜面の昇り降りを平気でこなす。

 乗っている方は必死で落ちないようにしなきゃいけない。ほら、今のように……。

 

「ク、クーン。もう少しスピードをお」

「わおん!」


 声をかけたのがまずかった。逆に彼のスピードが増してしまう。

 結構な急坂を登っているというのに加速できるとは恐るべしだよ。

 お、落ちる。おおおおうお。

 モンスターを警戒していたが、急坂注意。注意。景色を眺めていたのなら急坂くらい気が付くものだよな。

 もっとなだらかな斜面だと思っていたんだよ。緑一面だと案外分かり辛いんだって。

 加速したクーンであったが、彼には付与術はかけていない。ついでに俺にも何も。

 クーンに走ってもらうからタフネスをかけておけば今よりもっと疲れず走ることができる。

 だけど、身体能力強化系の付与術を使い続ける状態になると身体が強化状態で当たり前にならないかってさ。

 クーンには言葉で説明することは難しいから。身体能力強化系の付与術をかけるとより頑張っちゃわないか心配なんだよね。

 元の状態でも同じように動こうとして、大怪我につながる……なんてことは避けたい。

 

 ◇◇◇

 

 そんなわけでやって参りましたフェンリルのアカイアが住む大木の洞まで。

 この辺りは別の意味で圧倒される景色になっている。樹齢1000年を越えようかという大木が生い茂る神秘的な場所なんだ。

 高位の精霊が住んでいるような、霊的に高位の場所といったらいいのか。神聖さを覚えるようなそんな雰囲気を持っている。

 聖獣とか霊獣と呼ばれるフェンリルが住んでいる場所としてはなるほどと納得できるような。

 何だかうまく表現できない、ま、まあ、大体伝わっていれば良し。

 景色を眺めているだけでもりもりMPが回復しそうだが、実際そのようなことはない。

 

「出かけているのかな?」


 洞の中にフェンリルのアカイアはいなかった。

 日も高いし、巣で休んでいる時間帯でもないか。残念ではあるが、事前に連絡ができるわけでもないのでまた出直せばいいか。


「クーン、せっかくだしこの辺りを探索してから帰ろうか」


 クーンから降り、彼の首を撫でる。楽しみにしていたかもしれないので申し訳ない。

 一方で彼は大きく息を吸い込み上を向く。

 

「わおおおおおおおおおん」


 み、耳がキンキンする。

 遠吠えするならするって言って欲しかった。

 ……クーンは人間の言葉を喋ることができないから無理ってもんだけどね。


「わうん」

「うああ」


 草木が擦れる音も地面を踏む音もせず突如真後ろから犬の鳴き声が聞こえてきたものだから、驚きで声が出る。

 音もなく出現したのはフェンリルのアカイアだった。

 アカイアとクーンは顔を擦り付け合い彼らなりの挨拶を交わしている。


「この前は素敵な場所を教えてくれてありがとう」

「わうん」

「そうそう、これ、クーンと俺から」


 リュックに満載してきたリンゴを巣の前に置く。

 アカイアとクーンは顔を見合わせもしゃもしゃとリンゴを食べ始めた。

 アカイアへのお礼だというのにクーンも食べちゃっているよ。

 ふと気が付いたかのようにアカイアが食べるのをとめ、リンゴを咥えて俺の方へ向ける。


「あ、ありがとう。いただくよ」


 リンゴを受け取ったら満足したのか、再び食べ始めるアカイアであった。

 彼女の真似をしてクーンもリンゴを咥えて持ってくる。


「クーンもありがとう。俺は二個でお腹いっぱいだからクーンとアカイアで残りは食べてくれよ」


 と彼に伝え、リンゴをかじった。

 親子の微笑ましい食事を見守り、俺としてはニヤニヤが止まらない。

 俺としても楽しい時間はすぐに終わった。

 クーンとアカイアがリンゴを食べつくしてしまったからね。

 クーンの汚れた口元をぬぐっていたら、アカイアも鼻を向けてきたので同じように口元を綺麗にさせていただいた。

 彼女の鼻先に触れた時、脳内に声が響く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る