第29話 一日作業デー

「ハク様、かんなぎ様、これにて」

「ハク様、クレイさん、クーン、また会いに来るね!」


 一晩明けてカニシャ親子を見送り、いつもの日常が戻る。

 彼は「聖域に戻る」と言っていたが、鬼の里ヒジュラから全員が引っ越しきてくるわけではない。

 希望する人だけが移住する。

 渓谷は俺とハクにクーンしか住んでいないから土地はたんまりとあるぜ。移住者がきたら賑やかになるだろうなあ。

 自給自足するんだ、とか意気込んでいたって? いやまあ、スローライフ的な生活はしていくつもりだけど、別に村人がいても困らないだろう。

 まさか、渓谷に住みたい人が現れるなんて思ってなくて、既にブレブレな俺である。


 顔を洗って……と朝のルーティンをしているとクーンが川に飛び込みバシャバシャやり始めたのでつい俺も全裸になって川遊びをしてしまった。

 ついでに魚や小さなカニもゲットだぜ。


「そうだ」

 

 移住者が来るとなれば丸太があった方が喜ばれるかな? 先住者である俺からのプレゼントさ。

 すっかり自分の家を作ることも忘れ、付与術の力に頼りわずか30分ほどで100近くの伐採をした。伐採した後はだな……。


「発動。ハイ・ストレングス」


 伐採用斧の次は自分を強化し、丸太をポンポン投げて積み重ねる。よおっしこれで完璧。


「今日は一日作業デーにするか!」


 興が乗って来たあ。付与術の力で力技はサクサク進むとはいえ、所詮素人作業の下手の横好きである。

 やれることはしれているさ。だけど、作業自体が楽しければそれでいいのだ。

 やるぞ、やってやるぞ。アレを。自給自足の定番ってやつをな。

 ネギの根元だけ残して植えて……ネギがないからできない。

 ならば、カイワレ……もないな。もやしも種がないからダメだ。

 豆系なら器に土を入れて水をやっていたら芽が出てとなるもんだよな? うん。

 しかしながら、豆がないのである。

 街でネギやもやしを仕入れることはできるはず。観葉植物の店や農具や種を売っている店もあったからさ。

 前回街へ行った時はハクの薬のことしか頭になかった。

 ……思い出した。家作りをしようと薬や薬草の本以外に釘や建築系の本も買ったんだ。

 積み上げた丸太を見やり、たらりと冷や汗が流れる。ヒューと虚しい風が通り抜けた気がした。

 

「見た目だけでもそれっぽくするか」


 それっぽくとは畑を作ることである。小屋の前に畑があるとこれぞ自給自足って感じがするだろ。

 畑……って斧じゃ耕せないよな……。

 

「わおん?」

「ナイフでも一緒だよな」


 困った顔をしている俺を心配したクーンが鼻を寄せてくる。

 はははと苦笑いし彼にナイフを見せても不思議そうな顔で舌を出すクーン。

 賢いクーンは俺の意図を理解したのか、後ろ足で地面を掘り返し始めた。

 彼が頑張っているのに俺が何もしないわけにはいかん。

 斧とナイフを見比べ、斧を地面の置く。

 ナイフの方が小回りがききそうだ。付与術をかければ岩でもバターのように切れるので、土くらい余裕だろ。

 サク。

 試しに地面へナイフを突き刺してみた。力を入れずとも地面にナイフの刃が沈み込むほど切れ味が鋭い。


「まてよ」

 

 ハイ・ストレングス状態の俺のパワーなら、手で掘った方が速いんじゃないのか。

 革手袋をはめているから土を掘り返しても手を切ることもない。


「ふんぬ」


 筋力が増しているから土を掘り返すことはできるが、ナイフに比べて抵抗が強いか。

 そうか。もう一工夫できる。

 革手袋に付与術をかけてみたら、サックサックになった。

 まさかの手掘りとなったが、しゃがんだ姿勢のままなので腰が痛くなるかと思いきや付与術のおかげか痛くなる様子がない。

 となれば、掘って掘って掘りまくるべしだぜ。

 クーンもひたすらここ掘れワンワンしているし、俺も負けないぜ。

 

「わおん」

「あはは、うお、でっかい石が」


 石だろうが軽くたたけば割れる。すげえぜ、ストレングス。

 こんなもんかな。掘ったばかりの真新しい茶色の土を眺め、ふうと息を吐く。

 だいたい横3メートル、縦7メートルほどの広さになった。


「クーン、掘るのは終わろう」


 呼びかけるとすぐに後ろ足で掘るのを止める賢いクーンなのである。

 このままではただ掘り返しただけで畑には見えない。

 畑ってどんな感じだったんだろう。山になるように盛ってまっすぐに……ええと畝っていうのだっけ。

 台みたいなの(畝)を一定間隔で作ると畑っぽくなりそうだ。

 畝作りももちろん文字通りの手作業である。

 ある程度土を盛ってから手でパンパン叩いて形にしていっていたところ、あることに気が付いた。

 そうだ。板を使えば綺麗にかつ早く作業が進むんじゃないかって。

 屋根を作った時に余った板があったんだよね。そいつを流用し、素敵な畝を作るべく活用することにした。

 バシイイン、バシイイイン。

 板の長さは三メートルもあり、振り上げて振り下ろすのは苦じゃないが板の先端の方になるとよく見えねえ。

 板が少しばかり長すぎたようだ……。ま、まあ、これでも大丈夫。大は小を兼ねるって言うし。

 バシイイイン、バシイイイン。

 板で土を叩く音が虚しくこだまする。なんだか間違っているような気がしてきた。

 え、ええい。気にしたら負けだ。


「よおし、できた」


 見事な3本? 3列? の畝ができあがったぞ。

 うんうん、畑に見えるよ。


「わおん」


 クーンも尻尾を振って畑のできばえに満足しているように見える。

 種を植えれば立派に作物が育っちゃうんじゃないかな、これ。才能が怖いぜ。

 ……あ、肥料とか水はけとか全く頭になかった。


「いや、こんな畑でもないよりは全然いいだろ。ゼロから耕すとなると大変だし。足らないところは後から足せばいい」


 問題は何が足らないのか、ってのが分からないところだな。

 この世界でホームセンター的なところはあったっけ。農具や種を売っているところはあるので、そこで育て方を聞いてみることにしようか。

 そろそろもう一度街へ行こうと思っていたところだからか丁度いい。

 目的は農具や種じゃなく、あくまでついでである。ハクの薬を再度仕入れようと思ってさ。

 今度はどんな薬を揃えればいいのか分かっているので、量を増やしたい。

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