三回目の報告(ノエル)
今日も朝からいいお天気。暑さもだいぶ落ち着いたから、あたしももう普通に動ける。
お水を汲みに行って。お魚を捕って。お花を摘んで。色々しないとだから、いいお天気でホントによかった。
もし雨だったらフランが余計につらそうな顔をするし、あたしだってなんだか悲しくなっちゃいそうだからね。
外に出て、準備してくるねって、あの人のお墓に話しかける。
今日はあの人がいなくなった日。
三回目の、報告の日。
フランと一緒にお水を汲んだあとは川にお魚を捕りに行く。あたしが水瓶に移してる間に畑に水を撒いてくれてたフランは、ちょっと緊張した顔で外で待っててくれた。
「行くよ、ノエル」
「わかった」
今日はフランがお魚を捕るんだって。
濡れるのが嫌いなフラン、だからお魚を捕るのはいつもあたしなんだけど。
わかってるよ。
フランだって、頑張ってるんだってあの人に見せたいんだよね。
でもお魚を捕らなくたって、フランはいつも頑張ってる。それはあの人だってちゃんとわかってくれてると思うけど。
フランの気持ちもわかるから、あたしは止めないよ。
ふたりで川に行ってから、どうすればいいか考える。
あたしたちは人の姿より元の姿の方が早く動けるけど、フランは猫の姿だと小さいから浅瀬にしか入れない。
「……フラン、やっぱり人の姿の方がいいよ」
フランの大きさじゃ、少し波立っただけで頭から水を被っちゃう。足場も悪いし慣れてないフランには危なすぎる。
どうやってお魚を捕るか、フランとずっと考えたけど。やっぱりフランは溺れないように人の姿の方がいい。
「でもそれじゃあ捕まえられない」
「あたしが追い込むから」
フランは暫く考えてたけど、わかったって頷いてくれた。
「いい?」
「いつでも」
フランの返事を待ってから、あたしはパシャパシャ音を立てながら川を歩いていく。
浅瀬で待つフランの方に、あたしがお魚を追い込んでいく作戦。上手くいくかな。
魚の影を見つけて追いかけるけど、フランの方に逃げてくれなくて。どうにかそっちに追い込んでも、人の姿のフランは猫の時ほど早く動けないから逃げられちゃう。
濡れちゃってるフランが心配だから、少しでも早く終わらせたいのに。そう思ってフランを見ると、やっぱりしんどそうな顔をしてる。
あたしまでぎゅうっと心が苦しくなっちゃって。急いでフランに駆け寄った。
フランがそんな顔をしてるの、あの人だって喜ばないよ。
「ねぇフラン」
「ノエル。もう一回お願い」
もうやめようってあたしが言う前に、フランははっきりした声でそう言った。
それから何かを振り払うみたいに頭を振って、姿を変える。
大きさは変わらずに、全身が黒い毛で覆われていって。頭にぴんと耳が立って、金色の大きな目があたしを見た。
人化族としてのその姿には、フランもあんまりなろうとしないのに。
びっくりして見てたあたしに笑い返して、もう一度ってフランが言った。
大きな猫の姿のフランはあっという間にお魚を三匹捕まえた。
ありがとうって笑う顔は、少し疲れた顔だったけど。
やっぱりフランはすごいね。
お家に帰って、今度はあたしの番。
フランに手伝ってもらいながらだけど、お魚を捌いて焼くつもり。
台の上に置いたお魚のお腹にナイフを当てる。
「大丈夫。落ち着いてね」
「うん」
「反対の手、気をつけるんだよ」
「うん、ちゃんと見てる」
フランがいつもよりゆっくり話すのは、あたしを落ち着かせるためだよね。
大きく息を吸って吐いて。
フランだって頑張ったんだから。
あたしだって頑張りたい。
反対の手がナイフの通り道にないことを確認して、ぐっと力を入れる。
刃先が身に入っていく感触に、なんだかぞわりとしちゃって。それでいつも怖くなっちゃうけど。
怖いものじゃなくて便利なものなんだよって、あの人とフランが教えてくれたから。
少しずつでも、ちゃんと使えるようになるね。
なんとかお腹の中を出し終わっても、まだまだやらなきゃは残ってる。
次は竈に火をつけないと。
薪の組み方はわかってる。火打ち石は怖いけど、使わないと火がつけられない。
ここであたしがフランを見たら、火だけぼくがつけようかって言ってくれると思うから、火口の草だけ見て石を擦る。
今は人の姿だけど、毛に火が移っちゃいそう。
なんとか火をつけられてからも、パチパチいいながら大きくなっていく火を見てるとなんともいえない怖さがあって。
あたしはあの人と出逢うまでは、火なんて遠くに見ることしかなかったから。
近寄ったらだめだってママに言われてたから。
ちゃんと道具として扱えるようになったんだってわかってても、なんだかびくびくしちゃうんだよね。
三匹あるうちのひとつにだけお塩を振って焼いていく。近寄るのが怖くって腕をめいっぱいに伸ばしてたら、上手くひっくり返せなくて身が崩れちゃった。
でもなんとかお皿に移して。できたよって、まずはフランに報告したら。
フランは自分のことみたいに嬉しそうに笑って、美味しそうに焼けたねって言ってくれた。
「ありがとう!」
ちゃんとやりきれたのはフランのお陰。
フランはそんなことないよって言うけどね。
お花を飾ったテーブルの上、お皿が三つ。
隣同士のあたしとフランの向かいに、お塩を振って焼いたお魚を置く。
フランが捕って、あたしが焼いた。
あたしたちの苦手なこと。
去年はできなかったこと。
少しずつだけど、できるようになったよ。
ねぇ。
喜んでくれる?
ほめてくれる?
頑張ったねって、笑ってくれる?
テーブルの下、ぎゅっとフランの手を握って。
これからも頑張るから見守っててねって。
そうあの人に報告した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます