遺す想いと継がれる想い
できたばかりの木靴を履いて家の中を歩き回るフランとノエル。
コツコツと音が鳴るのが不思議なのか、飛んだり跳ねたりと忙しい。
「どうかな?」
履き心地を聞くと、ふたりは顔を見合わせて首を傾げた。
「なんだか足がぎゅってなる」
「慣れないからちょっと窮屈な感じかな」
元々履いて歩く用ではなく棘のある実の外皮を剥がすためにと思い作ったものなので、慣れる必要はない。板で挟む方法もあるが、数が多いなら力のないフランにはこちらの方が向いているだろう。
「音がするね」
靴底をわざと床に当て、そう笑うノエル。
人の姿を取ると服を着た姿に変わることができるふたりは、見た目が靴を履いた姿であっても足音はしないと今更気付く。
改めて考えてみると、不思議なことが多い人化族。
尤も、それを理解することは私には必要ない。
フランとノエル。ふたりがふたりらしく過ごしてくれるのならば、それでいい。
森の知識は私もそれほど多くはない。
聞き覚えていたことと、少しずつ覚えてきたこと。そのすべてを寄せ集め、こうしてなんとか暮らしている。
すべてをなくして独り歩き、フランとふたりの旅となり、ノエルに出逢い、住む地を探した。
衰えるだけの私とは違い、その間にもふたりは見違えるように変わっていく。ここに住むようになってからも日々成長を続けるその様子はとても誇らしい。
ふたりで不自由なく暮らせるように。そう思う反面、こうしてまだ頼られる部分が残っていることに安堵も覚える。
いつまでも、その手を引いていければと。
そんな自分勝手な思いに囚われる己が浅ましくもあり、どこか嬉しくもある。
ふたりに出逢っていなければ、わたしはこの身勝手な温かさを忘れたままであっただろうから――。
「これ、あたしが食べていいの?」
濃い橙色の実を大事そうに持って、ノエルが聞いてきた。
「ノエル、そっちの方が好きだよね。ぼくはどっちでもいいし」
「私もどちらでも」
ノエルが甘いものが好きなことを知っているフランが、ノエルが遠慮する前に熟した実を譲ったようだ。
熟れるにつれ増す甘みと柔らかさが特徴の実ではあるが、剥けるくらいの硬さでも十分に美味しい。どちらでもと言うフランの言葉に嘘はないだろう。
ノエルと出逢ってから、フランは兄で在ろうとするようになった。
無理はしていないだろうかと心配することもあるが、フラン自身、それを
ひとりきりだったフラン。頼り頼られることは、今でもフランにとって特別なことなのかもしれない。
ふたりが眠りについてから、部屋の隅に揃えて置かれた木靴を眺める。
少し大きめに作った木靴。
これが窮屈になる頃には、もう私はいないだろうが。
その頃には、きっとふたりは自分たちの手で新しいものを作ることができる。
それはもちろん私の作ったものではありえないが、ふたりを想う私の気持ちはきっと継がれている。
私がいなくなってからも、ふたりへ遺す想いとともに。ふたりならば、幸せに生きてくれると信じている。
そしていずれここを離れる時が来たとしても、それは私を置いていくことにはならないのだと。
どこにいても、私はともにいるのだと。そう感じてくれればと願いながら――。
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