手に取る優しさ(ノエル)
床に広げた大きな布に刃の部分を布で巻いた斧を置いて、フランが丁寧に包んでいく。
「先はもう巻いてるんだから、そこまでしなくても大丈夫だって」
「だめ。ノエルが怪我したらどうするの」
フランはそう言って、斧をぐるぐる巻きにした。
元の斧の二、三本分くらい太くなってるのに、フランはまだ心配そう。これ以上大きくなったら余計に背負いづらいからって笑うと、やっと納得してくれたみたい。
持っていくのがあたしだから。フランは余計に心配してくれてるんだよね。
実りの季節の間は何度も街に売りに行ったから、その度に必要なものも少しずつ買い足してたんだけど。多分今日が最後の買い出し。
斧の柄が少しぐらついてる気がするから、今日は金物屋さんで直してもらう。寒い季節の間に使う薪を用意するのに今からたくさん使うから、すっぽ抜けちゃったら大変。
刃はフランが研いでくれるけど、柄はあたしたちじゃ上手に直せないもんね。
「じゃあ重いけどお願い」
フランが大きな包みを犬の姿のあたしの背中にくくりつける。
「そんなに重くないよ」
確かに包みは大きいけど、ほとんど布だから平気。
フランにしっかり縛りつけてもらって、あたしたちは街に向けて出発した。
森の中の木も葉っぱが落ちて、だんだん寒そうになってきてる。でも積もった葉っぱがあったかそうだから、まだましかな。
年が変わる頃には真っ白になっちゃって。音が聞こえなくなるみたいに静かになるから、余計に寂しくなるんだよね。
あの人はそんな時期も好きって言ってたけど。ママのこととかあの人のこととかを、寂しいなって気持ちで思い出しちゃうから。あの静かで真っ白なところは、あたしはちょっと苦手かな。
サクサクぎゅむぎゅむする雪の上を走り回るのは大好きだけど。
落ち葉をワシャワシャするのも楽しい。フランにはいやがられるけど、かき集めて空中に放ると、ひらひらしてきれいで。走る時もわざと蹴り上げて走ったりする。
街に行かないといけないから、もちろん今はしないけど。
街に着いたら、今日はまず金物屋さんに行く。
金物屋さんのおじさんはあんまり喋ってくれないけど、あの人がいなくなってからも態度を変えたりしなかった。
人化族のあたしたちにも普通にしてくれる店を、あの人が探してくれたんだろうな。
途中の店にフランが寄りたがらないのも、人化族ってバレたらひどいことをされるかもしれないから。
あたしだってわかってる。
ママとあたしが町を出たのは、あたしが人化するって知られたから。
逃げた山の中まで捜しに来た町の人たちは、ものすごく怖い顔をしてた。
でもここでは知られてないし、ここで暮らしてる人化族もいるらしいから、少しくらいほかのお店を覗いてみても大丈夫かなって思っちゃうけど。
なんにもされなかったあたしとは違って、フランはつらい思いをしたんだもんね。きっと怖くて当たり前なんだよね。
金物屋さんに入ると、奥にいたおじさんがいらっしゃいって声をかけてくれた。
「こんにちは。これ、直してほしくて」
フランが持ってくれてた斧をおじさんに見せる。おじさんは斧を受け取って、あっちもこっちも見てからテーブルに置いた。
「柄の交換をする。少し時間をもらうが……ここで待つか?」
最後はぼそりと言われたけど。ここで待たせてもらったら邪魔になっちゃいそうだよね。
「……ほかにも買い物があるので、またあとで取りに来ます」
あたしが考えてる間にフランがそう答えて。そうかと返したおじさんは、斧と一緒に奥に入っていっちゃった。
金物屋さんを出て、今度はおばあちゃんの日用品のお店に行く。
今日買わなきゃなのは、街に来れない間に必要なもの。
フランもあたしもあんまり好きじゃないけど、干し肉だって買っておかないと。
いつもの道を通ってお店に行くと、おばあちゃんは優しい顔でいらっしゃいって言ってくれた。
「今日は買うだけなの」
「そうかい。ゆっくり見るといいよ」
ゆっくりって言ってくれたけど、何を買うかはもう決めてる。
おばあちゃんの前のテーブルにフランと手分けして買うものを集めてる途中で、棚に置いてある布に気付いた。
暖かそうな橙色。毛布ほどじゃないけど、普通の布より分厚くて、触ってみるとふわふわで柔らかくて。
くるまったらあったかそうだよね。
これだったらきっと――。
「ほしいの?」
触りながらじっと見てたら、いつの間にかフランがうしろにいた。
「フラン」
「それ。さっきからずっと見てるけど」
あたしが答えないままでいると、フランはさっとそれを取っておばあちゃんのところに持っていった。
慌てて追いかけたら、フランはおばあちゃんと何か話してる。
「ねぇ、フラン……」
フランは布を手に持ったまま、くるっと振り返った。
「これ、膝掛けなんだって。お金も足りるから買おう」
「えっ?」
「気に入ったんだよね? 使えそうだし、いいんじゃない?」
フランはなんでもないことみたいにそう言ってくれた。
にこにこしてるおばあちゃんと、優しい顔で頷いてくれるフラン。
「……いいの?」
「もちろん」
フランが膝掛けもテーブルに載せてくれた。
「ありがとう、フラン」
あたしがお礼を言うと、フランはいいよと笑ってる。
あたしがどうしてそれをいいなって思ったのか、フランは気付いてないだろうけど。
喜んでくれたらいいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます