渡される優しさ(フラン)

 今日は街に今年最後の買い出しに来た。

 売りに来たついでにある程度は買ってあるから、あとは食料品を足せばいいだけ。

 そう思ってたんだけど、斧の柄がぐらついているみたいだから直してもらわないといけなくなった。

 今から薪を作るのにたくさん使うからね。

 金物屋さんのおじさんはあまりこっちを見ないで必要なことだけ言ってくれるから、ぼくも居やすい。

 修理をお願いしてる間に日用品店で買い物を済ませることにした。


「今日は買うだけなの」

「そうかい。ゆっくり見るといいよ」


 ノエルだけじゃなく、ぼくにまでそう笑ってくれるおばあさん。

 気付くと優しい顔でこっちを見てるから、どうしたらいいかわからなくてそわそわする。

 ノエルは全然平気そうだけどね。

 何を買うかはもう決めてあるから、空けてくれたテーブルの上にノエルとふたりで置いていく。

 春までは来れないから。困らないように準備しておかないと。

 あれとこれとと集めてるうちに、ノエルが棚の前で立ち止まってるのに気付いた。

 じっと何かを見てるノエル。視線の先にあるのは橙色の見るからに柔らかそうな布。

 手を伸ばしてそれに触れて、ノエルは考え込むように見つめてる。


「ほしいの?」


 声を掛けるとノエルが驚いた顔で振り返った。


「フラン」

「それ。さっきからずっと見てるけど」


 ノエルはなんだか気まずそうな顔をして黙ったまま。

 あの飴だってそうだけど。

 ノエルはほしいものをほしいって、あんまり言わない。

 やりたいことは言うけど、それだってワガママじゃなくてできるようになりたいって思ってるから。

 自分のことより誰かのことばっかりなノエル。

 少しくらい自分のことを優先したらいいのにって。そう思ってるんだけどな。




 ノエルが何も答えないから、ぼくはその布を取っておばあさんのところに持っていった。

 気付いたおばあさんが促すように首を傾げる。


「これって何にするものですか?」

「それかい? 膝掛けだけど羽織れるくらいの大きさはあるよ」


 値段を聞くと、そこまで高価なものじゃない。斧の修理代を残しても買えそうかな。

 そんなことを考えてると、うしろにノエルが来たから。買おうと言うと、ものすごく驚いた顔をされた。


「気に入ったんだよね? 冬の間使えそうだし、いいんじゃない?」


 ほしいものをほしいって言うことは、きっと普通のことだから。

 ぼくはあの人みたいにノエルの気持ちに気付いてあげられないから、せめて気付けた分くらいは叶えたい。

 どんなに願っても叶わないことだってあるけど。

 そんなことばっかりじゃないんだよって、ぼくはあの人とノエルに教えてもらった。

 だから、なんでもないことのように。


「……いいの?」


 困ったような、それでも嬉しそうな、ノエルの顔。

 もちろんって返事をすると、ノエルはやっと笑顔だけになった。


「ありがとう、フラン」


 お礼を言われるけど。

 ノエルが笑ってくれたら、ぼくだって嬉しいんだよ。




 日用品店を出たぼくたちは、金物屋に斧を取りに戻った。

 おじさんは仕上がった斧を見せてくれた。

 柄は新しくなって。刃先もきれいだから、多分研いでくれたんだと思う。


「……これはうちで買ったものだな。普段の手入れは誰が?」

「……ぼく、ですけど……」


 修理代を払い終わったところでそう聞かれた。

 初めはあの人がしてくれていたけど、今はぼくがしている。

 何か間違ったこと、してたのかな。

 ちょっとびくびくしてると、おじさんがそうかと呟いた。


「丁寧に扱ってくれてるんだな。ありがとう」


 聞こえた言葉に驚いておじさんを見上げる。

 おじさんの顔が少し優しくなったような気がした。


「何かあればまた持ってくるといい」


 そう言いながら、おじさんは斧を包んでくれた。


「ほら」

「あ、ありがとう……」


 手渡された包みは、行きにぼくが包んだよりも小さくて。余った布が上に置かれてる。

 受け取って、もう一度お礼を言って店を出た。

 久し振りに人とたくさん話したからか、なんだかちょっとそわそわする。

 でも、いやな気持ちじゃなかった。




 家に戻って。荷物を片付けている間、ノエルは嬉しそうに何度も膝掛けを触っていた。

 よっぽど気に入ったんだね。

 ひと通り終わってから、おばあさんにもらった飴を食べることにした。


「ねぇ、フラン。ここ座って!」


 ノエルが自分の敷物を引っ張ってきてぼくに言う。


「どうして……?」

「いいから! ほら!」


 ノエルの敷物は大きいから、人の姿のぼくたちでも十分座れるけど。

 どうして急にこんなこと言い出すんだろ。

 不思議に思いながら言われた通りに座ると、ノエルはニコニコしながら膝掛けを持ってきた。


「まだそんなに寒くないけど、使ってくれる?」


 そう言って、ノエルはぼくの膝にそれを掛ける。

 驚いて見上げるぼくに、ノエルは嬉しそうな顔のまま続けた。


「フラン、寒いの苦手でしょ。これなら人の姿でも猫の姿でもあったかそうだなって思ったの」


 えへへと笑って隣に座るノエル。

 そんなノエルを目で追いながら、ぼくはすぐにありがとうも言えなかった。

 ノエルがこれをほしがったのは、ぼくのためだったなんて。

 ノエルが喜んでくれたらって思ったのに、ぼくを喜ばせるためだったなんて。

 やっとノエルがほしいものを渡すことができたと思ったのに。

 嬉しい気持ちと、いいのかなって思う気持ちと。ごちゃ混ぜになって、なんにも言えないままで。

 ノエルはやっぱり嬉しそうな顔をしたまま、持っていた飴を口に放り込んだ。

 食べないの、と言いたげな視線に、ぼくも飴を口に入れる。

 まんまるの飴は大きくて、食べ始めると暫く話せない。

 口の中いっぱいの甘い味。隣を見ると美味しいものを食べてる時の顔のノエル。

 その両方に、だんだん気持ちが落ち着いてくる。

 もしかしたら、ぼくがノエルに笑ってもらえたら嬉しいように、ノエルもぼくが喜ぶと嬉しいのかな。

 幸せそうに飴をころころさせてるノエル。ぼくが見てることに気付くと、美味しいねって笑ってる。

 口の中に飴が入ってるから、今は頷くことしかできないけど。

 なくなったら、ちゃんとありがとうって言うからね。

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