視線の先に



 二度目の街、フランとノエルは前回よりも少し落ち着いた様子だった。

 今回もまた比較的安全と思われる道を教えながら、街での注意点を話していく。

 今は私がいるが、ふたりで来なくてはならなくなった時に厄介事に巻き込まれないように。人化族だということを差し引いても、外見は子どものふたり。妙な輩に目をつけられる可能性もある。

 普通の子どものように、いざという時に誰かに助けを求めることはしないだろうから。私にできるのは巻き込まれる可能性をできる限り減らすことだけ。

 本当なら頼れる誰かを見つけてあげられたらよかったのだが。どこまで人を信じていいのかがわからない私には無理だった。

 ――私はあいつを信頼していた。だからなんとしても助けてやりたかった。

 金も、時間も、労力も、人脈も。使える限り使ってあいつの力になろうとした。

 だが、あいつはそうではなかったのだと、気付いた時には遅かった。

 何もかも奪われ、残ったのは莫大な負債。残ってくれたのは、妻と子だけ。

 いっそのことあの時私を見捨ててくれれば、今こうして生きているのは私ではなく妻子だったのかもしれない。

 そう考えるとやるせなく。

 支え合い暮らしたあれからの日々を愛しく思う反面、申し訳なく思う。




 一番世話になるだろう日用品店は、穏やかな高齢の女性が営む店を選んだ。客に対する物腰も子どもに対する態度も柔らかく落ち着いている。これならふたりが萎縮することはないだろうと思えた。

 しかしまだふたりとも警戒しているのだろう。私にぴったりくっついて離れようとしないが、俯くフランとは対照的にノエルは興味深げに周りを見ている。私の袖を引いては小さな声であれは何これは何と聞くその姿は、好奇心旺盛な普通の子どもでしかなかった。


「あれは?」


 ノエルの視線の先には、瓶に入った白い飴玉。

 店主に声を掛け、瓶を手に取って見せてやる。


「飴、というお菓子だよ。とても甘いんだ」

「そうなんだ!」


 じっと見入るノエル。フランはフランで、あからさまな様子は見せないが、興味はあるのか横目で窺っている。


「ありがとう。もういいよ」


 ノエルが笑ってそう言った。





「何か気になるものはあったか?」


 支払いの前にふたりにそう聞くと、ノエルがちらりと飴玉の瓶へと視線をやった。しかしすぐに戻し、何もないよと首を振る。

 気を遣ってくれているノエルがいじらしく。素直にほしいと言わせてあげられない己が情けなく。

 そうかと応え、店主に選んだ品物と飴玉ふたつの購入を伝えた。


「自分で好きなのを選ぶといいよ」


 店主が飴玉の瓶の蓋を開け、驚くふたりの前へと差し出す。

 目の前の飴玉の瓶、店主、そして私へと視線を移し、戸惑った表情を向けるノエル。そんなノエルを見つめていたフランが、さっと手を伸ばして飴玉をひとつ取った。


「ぼくはこれにする」


 フランの唐突なその行動に、ノエルはますますうろたえて見つめていたが、フランに頷かれてようやくそろりと飴玉を取る。

 瓶を戻した店主がそれぞれの飴玉を紙に包んでくれた。


「……ありがとう」

「いや。買い物についてきてくれた御礼だよ」


 手のひらの上の飴玉を見つめるノエルの顔が、次第に嬉しそうに綻んでいく。

 隣でどこかほっとしたようにノエルを見ていたフランが、私の視線に気付いて少し笑った。

 普段なら取りそうにないフランのあの行動は、躊躇するノエルの背を押すためだとわかっている。

 本当に、フランはノエルをよく見ている。


「食べるのは帰ってからにするんだよ」


 そう言うと、嬉しそうな声でわかったと返ってきた。

 ふたりの頭を撫でてから顔を上げると、和やかな表情でこちらを見る店主と目が合う。その眼差しに、この店ならこの先も大丈夫だと安堵した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたが遺してくれたもの 古都池 鴨 @kamo-to-moka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ