降り積もる思い(ノエル)

 目が覚めたらフランがどこにいるかを確かめて、起こさないようにそっとベッドを下りる。

 あたしが抜けても寒くないように、毛布を掛け直しておくのも忘れないようにしないと。

 寒いのが嫌いなフラン。

 何があったかは知らないけど、フランにとって寒いのは悲しいに繋がるってわかってるから。できるだけそんな思いはしてほしくない。

 寝室を出て、いつも通り水瓶を覗いて。静かに外に出たら、桶を持ってお水を汲みに行く。

 畑にお水をあげなくていいから夏場ほど量もいらないし。わざわざフランに冷たい水辺まで汲みについてきてもらわなくても大丈夫だもんね。

 木の葉っぱの間から見上げた空は曇ってて。もうすぐ雪の季節だって教えてくれてるみたい。

 雪が積もったらあたしは嬉しいけど、フランは絶対家から出ないから。寒がらせたくはないけど、今のうちに少しだけでも外に出てもらったほうがいいのかな。




 家の中はあったかくていい匂いがしてた。


「おかえりノエル」


 もう起きてたフランにただいまとおはようを返すと、おはようって返してくれる。


「水、汲んできてくれてありがとう」

「いいよ」


 お礼を言ってくれるフランだけど。いい匂いがテーブルの上のスープの匂いだってわかってるからね。

 フランだって、あたしが火の扱いが苦手って知ってるから、こうして進んで食事を作ってくれてる。

 だからお互い様ってやつなんだよ。


「それよりいい匂い! お腹すいちゃった」


 スープを覗き込んでそう言うと、フランも笑ってくれた。

 ひとりじゃ足りないあたしたち。

 でもフランがいてくれるから、あたしも頑張れるんだよ。




 まだ熱いスープを少しずつ冷ましながら食べる。

 干し肉は苦手だけど、小麦粉を溶いて焼いたのと赤い実のシロップばっかり食べてちゃだめだってあの人に言われてるからね。

 でもやっぱり。あたしはあっちのほうが好きなんだけどな。

 フランにまた作ってって頼もうと思ったけど、その前に別のことを頼まなきゃいけないんだった。

 

「あのねフラン、あとでちょっとお願いがあるの」

「いいけど、何?」


 すぐにそう返してくれるフランに、あたしは森の中に置いたままの薪を運びたいって頼んだ。

 寒くなる前に薪にするための木は何本か切ってあるんだけど、どうせ乾かさないといけないからその場に残したままにして、少しずつ枝を落としたり切り分けたりしてる。

 水汲みはなくてもあたしは外に出たいから。朝、ついでに少しずつ切っておいた。

 今朝の空を見てたら、もうすぐ雪が降ってきそうだし。雪で湿っちゃう前に持ってきておきたくて。

 それに、お昼間ならフランもまだ外に出やすいかもしれないしね。


「わかった。行こう」


 フランはまたすぐにそう応えてくれた。

 嫌がらずに頷いてくれたフランにありがとうって言うと、ちょっと困ったみたいに笑ってる。

 フランが寒くて嫌な思いなんてしなくていいように、ずっと家の中にいてもらえたらいいんだけど。少しは外にも出てほしいって気持ちもある。

 寒いのだって、冷たいのだって、悪いことばっかりじゃないんだよ。

 降ったばかりの雪の柔らかさとか。それを踏む楽しさとか。いつかフランにも知ってもらえたらいいのに。

 それとも、もしかして寒くなければフランだって楽しんでくれるのかな。

 でも雪は寒いから降るんだもんね。

 フランが片付けてくれてる間にそんなことを考えてたら、あたしの敷物の上の橙色の膝掛けが目に入った。

 おばあちゃんのお店で買った膝掛け。ふわふわで気持ちいいから、フランも気に入ってくれたんだよね。

 いっそ猫の姿のフランをくるんで――って!

 いいこと思いついちゃった!





「これ掛けていったらあったかくないかな」


 出ようとしてたフランを呼び止めて、羽織るように膝掛けを前で結ぶ。

 フランはきょとんとあたしを見上げてから、はっとしたように瞬きして、結び目をほどこうとした。


「汚れちゃうよ」

「洗えばいいもん」


 慌ててフランの手を握り込んで止めて、そのまま引っ張る。


「いいから。行こう」


 外に出ちゃえばもう外そうとしないだろうから。そう思って外に出ると、途端にフランが身震いした。

 フランはずっと家の中にいるんだもん。当たり前だよね。


「ほらね。あったかいでしょ?」


 確かめてもらうように、膝掛けの上から肩を撫でる。

 それまだあたしのことを心配するフラン。あたしが雪の中でも走り回ってるの知ってるはずなのにね。

 もう一度手を引っ張って歩き出すと、フランはそのままついてきてくれた。

 あったかかったらいいなぁって思ってフランを見てるの、気付かれたみたい。


「……ありがと。あったかいよ」


 ちょっと恥ずかしそうなフランの声。

 自分だけ掛けてるのを気にしてるのかもしれないけど。

 あたしはフランが寒くない方が嬉しいんだよ。




 薪のある場所に着いたフランは、びっくりしてあたしを見た。

 少しずつやっておいたの、喜んでくれるかな。


「朝にね、少しずつやったの」

「朝に……」


 フランは驚いて見回してたけど。気付いてなくてごめんねって言ってうつむいた。

 ちょっと沈んだ声に、心配になってくる。

 あたし、なんか変なことしちゃってたのかな?

 間違ったこと、しちゃってるのかな?

 そのまま待っていられなくなって、フランの前に行って両手をぎゅっと握る。


「……驚いてくれた……?」


 顔を上げたフランはなんだか困った顔をしてるから、あたしはますます不安になった。


「ちゃんとできてるかなって心配だったけど、フランをびっくりさせたくて……」


 勝手なことしないでって怒られるかな。

 薪、使えなくなっちゃってたらどうしよう。

 そんな心配が次々に浮かんでくる。

 どうしようって思ってると、フランがふっと息をついた。


「……うん、こんなに終わっててびっくりした」


 聞こえた声に顔を見ると、フランが笑ってくれる。


「ありがとう。やっぱりノエルはすごいね」


 優しい声に、フランが怒ってないことも間違ったことをしてないこともわかって、あたしはやっとほっとした。

 よかった。あたし、役に立ててた。


 暑い時はなんにもできなかったからって言うと、そんなことないよって返ってくる。


「ありがとう、フラン」


 フランの言葉が嬉しくて仕方ない。

 フランに喜んでもらえるように、あたしももっと頑張るからね。




 一度に運びきれないから、薪は何度かに分けて運ぶことにした。

 森の中を歩いてる途中、何か見えた気がして足を止める。

 空を見上げてもわからなくて。木のところをじっと見てたら、やっぱり白いものが見えた。


「あ、フラン!」


 降りそうだなって思ってたけど、やっぱり雪が降ってきた。

 ふわふわの白い雪。寒いけど、見てるとなんだかほわほわしてくる。


「降ってきたね」


 空を見上げたフランもそう呟く。

 積もるのはまだ先だけど。いつかフランと一緒に雪の中で遊べたらいいな。

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