降り積もる思い(フラン)

 目が覚めたぼくはぼんやりしながら隣を確認する。

 一緒に丸まって寝たはずのノエルはもういなかった。

 寒くなるとぼくはなかなか朝早くに起きられなくて。いつも気付かない間にノエルはいなくなってる。

 もう一度丸まって眠りたい気持ちもあったけど、それじゃだめだと起き出した。

 寝室から出てもノエルの姿はないから、外に行ってるんだろうな。

 最近はぼくが寝てる間に水汲みも済ませてくれてる。水遣りの分がいらないからひとりで十分だってノエルは言うけど、本当はぼくが寒いのも冷たいのも嫌いだからだってわかってる。こんなに寒いのにって思うのと、ぼくの分までごめんねって思うのと両方で。

 だからありがとうとごめんねを伝えると、ノエルはいつだっていいよって言ってくれる。

 優しいノエル。

 でも、ぼくはいつまでも甘えたままでいいのかな。




 追いかけるよりはいいかと思って、竈に火を入れてお湯を沸かす。

 干し肉はぼくたちには塩辛くてそのまま食べられないから、いつもお湯に入れてスープにする。塩辛くないくらいに薄めるとお肉の味はあんまりしないけど、干したきのこがある間はまだ美味しく食べられるかな。

 できたスープを器に注いでテーブルに置いて。冷める前にノエルが帰ってきた。


「おかえりノエル」


 片手に水の桶を下げてるノエル。やっぱり今日も朝のうちに水汲みに行ってくれたんだね。

 

「ただいま。おはよう、フラン」

「おはよう。水、汲んできてくれてありがとう」


 お礼を言うと、いいよとくすぐったそうに笑われた。


「それよりいい匂い! お腹すいちゃった」


 水瓶に水を移したノエルが、そう言ってテーブルの上のスープを覗く。

 嬉しそうなノエル。ぼくにできるのはこれくらいしかないけど、それでも喜んでくれてよかった。





「あとでちょっとお願いがあるの」


 スープを食べるノエルが急にそんなことを言い出した。


「いいけど、何?」

「雪が降って湿っちゃう前に、薪をこっちに運びたくって」


 同じ場所の木ばかり切っちゃだめだとあの人が言ってたから、薪にするための木はちゃんと場所を変えて切ってる。

 その場所で持ち運びやすいくらいまで切り分けてから少しずつ持ってきてるんだけど。確かに冷えてきたからそのうち雪も降るかもしれない。あまり湿ると使いづらいし、何よりここまで持ってくるのが大変になる。


「わかった。行こう」


 ぼくが断るはずないのはノエルだってわかってただろうけど、それでもほっとしたような顔をして。


「ありがとう」


 そうお礼を言われたけど。本当ならお礼を言うのはぼくの方なんだけどな。




 食べ終わって片付けて。ノエルにばっかり任せるわけにはいかないから、寒いけど頑張らないと。


「あ、フラン、ちょっと待って」


 何かと思ってノエルを見ると、肩に橙色の膝掛けを掛けられた。


「これ掛けていったらあったかくないかな」


 そう言って膝掛けの端と端を結ぶノエル。

 ぼくたちは服を着たような見た目に変われるのと、実際は毛皮のままだから、こんな風に何かを着たり羽織ったりすることはない。

 掛けられた肩と背中、触れてる部分から暖かさが広がってくるみたい。


「汚れちゃうよ」

「洗えばいいもん」


 取ろうとするぼくの手を止めて、ノエルはいいからと笑う。


「行こう」


 ぼくの手を掴んだまま外に向かうノエル。本当にいいのかわからないまま、引っ張られてついていく。

 少し前まで竈に火が入っていた家の中に比べると、外は本当に寒くて。思わず身震いすると、ほらねとノエルがぼくの肩を撫でる。


「あったかいでしょ?」

「でもノエルは……」

「あたしは大丈夫なの、フランも知ってるよね」


 確かにノエルはぼくより寒いのも平気だけど。

 ぼくだけ使っていいのかなと思いながら、結局膝掛けを羽織ったまま薪の場所に向かった。

 風は冷たいけど、肩と背中はあったかい。

 歩きながらちらっとノエルを窺うと、なんだかにこにこ嬉しそうにこっちを見てる。


「……ありがと。あったかいよ」


 膝掛けを見てるってわかったからそう言うと、ノエルはさっきよりもますます嬉しそうに笑ってた。




 薪のある場所に着くと、薪はもう運びやすい大きさに切られてた。落とした枝もいつの間にか運び終わってるみたいで、あとはいくつかの塊があるだけ。

 ぼくが覚えている限りだと、ここまで切ってなかった気がするんだけど。

 いつの間にと思ってノエルを見る。


「朝にね、少しずつやったの」

「朝に……」


 力仕事はぼくよりノエルの方が上手だけど、ぼくだって少しくらいは手伝えるのに。

 頼られなかったことと、気付いてなかったこと。その両方に思った以上に落ち込んだ。


「……ごめんね、気付いてなくて……」


 ノエルはこんなに頑張ってくれてるのに、ぼくは呑気に寝てるだけで。これじゃノエルのお兄ちゃんでいたいなんて言えない。

 それ以上なんて言っていいのかわからずにうつむいたぼく。その視界に、ノエルの足と手が映った。


「……驚いてくれた……?」


 ぼくの手を取って尋ねるノエルの声は、なんだか怖がってる声だった。

 慌てて顔を上げると、ぼくを見るノエルはやっぱり不安そうな顔をしてる。


「ちゃんとできてるかなって心配だったけど、フランをびっくりさせたくて……」


 何かを待つノエルに、ぼくはやっと気付く。

 もしかして、ノエルは……。


「……うん、こんなに終わっててびっくりした」


 そう言うと、ぱっとノエルの顔が明るくなる。

 やっぱりほめてほしかったんだね。


「ありがとう。やっぱりノエルはすごいね」


 ぼくなんかより、よっぽど。


「暑い時はなんにもできなかったから」


 嬉しそうに笑うノエル。

 なんにもなんて、そんなことないのに。


「そんなことないよ。魚だってノエルが捕ってくれてたよね」


 暑いのも冷たいのも嫌いで、水にだって入れない。

 ぼくの方がよっぽどなんにもできてない。


「ありがとう、フラン」


 ノエルのお礼にどうにか笑って頷いた。

 なんだか嬉しいのに苦しくて。

 そんな自分が情けなかった。




 それでもぼくはまだノエルのお兄ちゃんでいたいから。

 ノエルには気付かれないように。なんにもないように。いつも通りのぼくのまま薪の準備をした。


「あ、フラン!」


 ふたりで薪を運ぶ途中、ノエルがぼくの名を呼んだ。

 振り返ると、ノエルは空を見て立ち止まってる。

 同じように木の隙間から空を見てると、ふわりと白いものが落ちてくるのが見えた。


「降ってきたね」


 ぼくのところに来るまでに消えてしまった雪。

 ぼくのこんな気持ちも、あの雪みたいに消えてしまえばいいのに。

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