ただ日常の幸せを

 底から冷えるような日が続くようになり、まだ積もりはしないが雪が降る日も増えてきた。


「気をつけるんだよ」

「はぁい!」


 チラチラと舞う雪の中を走り回るノエル。暑さは苦手でも寒さはそうでもないようで、雪を追いかけるように跳ねている。

 楽しそうなその様子に、身体が大きく動くことが好きなノエルには、やはり家の中だけでは窮屈なのだとよくわかる。

 一方のフランは全く外に出ようとせず、家の窓越しにこちらの様子を眺めていた。

 いくら苦手でも少しくらい外気に触れた方がいいのではないかとも思うが、凍えきっていたあの姿を見ているだけに無理を言う気には到底なれず。寒い時期ならではの楽しみを教えてやれないままだった。

 水溜まりの薄氷を踏み割り喜ぶ我が子を思い出し、懐かしく思う。

 尤も、靴を履いている姿をしていても、ふたりは素足なので氷を踏むことはないかもしれない。毛皮で靴でも作っておいたらそのうちやってみてくれるかもしれないな、とひとり笑う。

 できることなら何も憂うことなく日常を楽しんでほしい。

 身近なものを怖がるフランには、時間がかかることなのかもしれないが――。




 はしゃぎすぎたノエルは敷物の上で丸くなって眠ってしまった。疲れに加え、家の中が暖かいせいもあるのだろう。


「ノエル、楽しそうだったね」

「そうだな」


 ノエルを一瞥して呟くフランは、どこか沈んだ表情で。何か考え込んでいるのだとわかった。


「どうした?」


 そう尋ねても、フランはすぐには何も言わなかった。

 暫く待ってみたが言うつもりはなさそうなので、それ以上は聞かずにおく。

 代わりに昔に聞いた、光る氷が降る話や、夜空に緑や赤い光が揺れることがあるという話をする。

 気温が低くなければ見られないらしいと話すと、フランはぼくには見れないねと笑った。 


「ノエルは外が好きだよね」


 ぽつりと呟くフラン。


「でもぼくが行かないから。ノエルに遠慮させてるよね」

「そんなことは……」


 続く言葉はフランの笑みに消された。

 本当はどうなのか、フランの方がよくわかっている。


「ぼくの方がお兄ちゃんなのに。ノエルに心配させてばかりだね……」

「フラン……」


 ノエルの兄であることに自身の価値を見出しているような面があるフラン。いい方向に働くこともあれば、今のように危うさを感じることもある。

 フランはただノエルのために誇れる兄でありたいだけ。自覚のない危うさを上手く指摘することは、私にはとてもできそうになかった。


「……ノエルも、もちろん私も。フランがフランらしくいてくれればそれでいいんだよ」


 掛けられたのはただそれだけの言葉。

 できないことがあっても、それがフランなのだから。そのままでいいのだと。

 こんな拙い言葉では、きっと伝わらないだろうが。

 

「ありがとう」


 そう返してくれたフランだが、やはり吹っ切れた笑みではなかった。




 もう先のない私にはフランを変えていくことはできないままかもしれない。

 しかしいつか、フランのことを純粋に慕うノエルから。

 兄であっても。兄らしくなくても。そのままのフランでいいのだと気付いてくれればと。

 私にはただ、そう願うことしかできなかった。

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あなたが遺してくれたもの 古都池 鴨 @kamo-to-moka

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