時にはひとりに
棚の上に置いた敷物に丸くなるフランと、張られた布のこちらとあちらを行ったり来たりするノエル。
それぞれの反応に、喜んでもらえたのだろうかと思う。
狭い家なりにも、ふたりがそれぞれひとりでいられる場所を作ることにした。
ノエルの上がれない棚の上にはフランの。
反対の隅には布で仕切ってノエルの。
それぞれの場所に合わせた大きさの敷物を買ってきて、そこに置いた。
「ありがとう」
「ありがとう!」
今はまだ自分の場所という響きだけで喜んでいるふたり。
よく気付いて神経質なフランと、おおらかで一直線なノエル。普段は補い合うようなふたりでも、時に噛み合わない時もある。
今はまだ私が間に入れるが、いつまでもというわけにはいかない。
尤も、根は素直な子たちだからさほど心配はしていない。少し冷静になれば、きっと自分たちで仲直りできる。
だから私がすることは、冷静になれる場所を用意することと、少しばかり話をしておくことだけ。
ケンカをすることは悪いことばかりでもない。
相手と自分を見つめ直すためにも必要だ、なんて。できなかった私がいうのもおかしな話だが。
――私の失態は疑問を口に出さなかったこと。
人とぶつかる恐怖に勝てなかったこと。
その教訓を得た代償はあまりに大きく、私自身は二度と立ち上がれなくなってしまったが。
まだこれからのふたりには、私と同じ過ちをしてほしくなかった。
出たり入ったりしていたノエルがこちらに駆け寄ってきた。
「あそこにね、ママの石も置いていい?」
「もちろん。ノエルの好きなものを置くといい」
わぁい、と歓声を上げて、ノエルは寝室に置いてある石を取りに行った。
ノエルが母親と一緒に遊んだという石は、おそらく水辺で拾ったのだろう、角が取れて滑らかで。ノエルに怪我をさせまいとした母親の気遣いが見えた。
「フランも何かあるなら置くが…」
「ううん。ぼくはないよ」
猫の姿で棚の上に持って上がるのは大変だろうと思い声を掛けるが、大丈夫だと首を振られる。
ノエルのように思い出の品はないフランだが、気に入っているものがいくつかあることは知っている。
「あまり大きなものは置けないが。小さくて軽いものなら大丈夫だぞ?」
遠慮しているのかと思いそう聞くが、やはりないのだと返された。
「ぼくの大事なものはここから見えるから」
それで十分なのだとばかりに、こちらを見下ろして金色の瞳を細めるフラン。
咄嗟に何も返せず、私はフランを見上げるだけだった。
その夜ふたりに話したこと。
ケンカをしたら、お互い少し離れてひとりになってみるといい。
少し時間をおけばきっと、自分と相手がなぜそう言ったのかがわかるだろうから。そうしたら改めて、お互い思ったことを伝え合えばいい。
おそらくよくわからなかったのだろう、きょとんとしていたふたりだが、覚えておくと言ってくれた。
その日は嬉しそうに自分の場所に丸まっていたふたりだが、翌日には今まで通りの様子だった。
「自分の場所もいいけど」
「やっぱりふたりでいる方がいいもんね」
寄り添ってそう笑うふたりに、この先何も心配ないだろうと心から思う。
お互いのかけがえなさを、ふたりはちゃんと知っているのだから。
安堵する私に、ふたりが駆け寄ってきた。
「でもやっぱり」
「三人だともっと嬉しいよね」
嬉しそうに見上げるふたり。
口下手な私には、込み上げる喜びをふたりに伝える術はなく。
やはり私は未熟だな、と。
そう思いながら、ふたりを抱きしめた。
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