星空の下で(フラン)
時々風に鳴る葉。見上げると強い光が目に入って、慌てて下を向く。揺れる葉の間からの日射しは地面もきらきらさせながら、薄い膜が重なるみたいに先の景色をぼやけさせてた。
まだ朝なのにこれだもんね。
早起きは苦手だけどちょっとだけ早く起きて、暑くなる前に水を汲みに行くようになった。それでももう日射しは眩しい。
雨の季節が過ぎたら空も森もなんだかくっきりして。これからだんだん日射しも強くなって、ますます暑くなってくる。
暑さに弱いノエルにも、黒い毛のぼくにも、ちょっと厳しい季節だけど。
森の中はまだ涼しいかな。
「気持ちいいね」
ぼくより朝に強いノエルももちろん一緒。伸びをするみたいに両手を空に伸ばしてる。
「まだこれくらいならいいけどね」
これからの暑さを考えたらげんなりするけど。
仕方ないよね。
本当に暑くなったら行けなくなるから、その前に一度街に買い物に行って。冬支度分のお金を用意するために、今から少しずつ狩りもしておかないといけない。
秋は森に木の実や果物が実ればそれも売れるけど、どれだけ採れるかわからないからあまりあてにはできないし。
雨の季節はノエルに頼りっぱなしだった分、これからはぼくが頑張らないと。
少しはお兄ちゃんらしいとこ、見せられたらいいな。
竈に火を入れて、水で溶いた小麦粉を薄く焼く。これに赤い実のシロップを少しだけ掛けて食べるのが美味しいんだよね。
ぼくが焼いてる間にノエルが畑の葉野菜を摘んできてくれたから、少しだけ塩を掛けて。ふたりで朝食を食べた。
あの人は酢も使ってたけど、ノエルとぼくにはつんとした匂いがきつすぎて、ふたりとも苦手で使わない。だから戸棚には少しだけ残ったままの瓶がいつまでも置いてある。
古いからもう捨てちゃってもいいのかもしれないけど。見てるとあの人の顔が浮かんでしまって、なんとなく、捨てられないでいる。
いつも穏やかに。
時々寂しそうに。
あの人はいつも微笑んで、ぼくたちを見守ってくれていた。
朝にそんなことを考えてたから、なんとなく寂しくなったのかもしれない。
「ノエル。星、見に行かない?」
「星?」
日が落ちてからノエルにそう切り出すと、ノエルは少しびっくりしたようにぼくを見てからすぐに頷いてくれた。
こういうことは大抵先にノエルが言い出すから。びっくりするのも無理ないよね。
元の姿で外に出て、森の中を走っていく。
月は出てるけどほんのり葉の縁が白くなってる程度で、隙間から差し込むほどの光はない。森の中は暗くて地面もよく見えないけど、夜目の利くぼくたちには問題ない。
暗さのせいか、葉が揺れる音やノエルの足音が昼間よりも大きく聞こえる。
こんな風に、あの人と三人で夜空を見に行った。あの人はぼくたちみたいに見えないから、真っ暗な中を足元を気にしながら歩いてた。灯りを持ってくればいいのに、ぼくたちがいるから平気だって、そう言って。木の根に躓いたり聞こえる音にびっくりしてるのを見てられなくて、ノエルとふたりで両側から手を引くようになった。
人と同じ姿を取ってしまったらぼくたちも少し感覚が鈍ってしまうから、ノエルは犬の姿、ぼくは猫の姿のまま人化して。
二本の足で立つ獣は、人化族でしかなり得ない姿。
大抵の人は嫌悪する、人の形をした獣。
あの人だけは、受け入れてくれたんだ。
原っぱに着いたらノエルははしゃいで走り出した。
ぼくは座ってぼんやりと眺める。
走るノエルとそのうしろの森の影、あとは全部星空で。少し雲は多いけど、半分よりちょっと大きな月がある。
開けた場所だからか、夜だからか、風が涼しくて気持ちいい。
暑くなって、ノエルも昼間に走れなくなったから。久し振りに身体を動かせて嬉しそう。
走るノエルの銀色の身体に月の光がキラキラして。
隣であの人がぼくを撫でてくれながら、きれいだなって言ってたのを思い出した。
なんだか急に寒いくらいに涼しく感じて。ぼくはその場で丸くなる。
――そうだね。ノエルは眩しい。
羨ましいくらいに、眩しくて、まっすぐだよね。
「フラン!!」
ノエルの慌てた声に驚いて身体を起こす。
目が合うと、ノエルがほっと息をついてこっちに走ってきた。
「どうしたの?」
今にも泣き出しそうな顔をしたノエルは、真正面で止まってぼくをじっと見てる。
心配になって近寄ろうとしたら、ノエルの方から擦り寄ってきた。
「……なんでもないよ」
確かめるように頭をくっつけてくるノエル。
ノエルもあの人のことを思い出して寂しくなっちゃったのかな。
落ち着いたのか、ノエルはぼくの隣に座った。そのまま空を見てるから、ぼくも見上げてみる。
そこにあるけど届かない光。
あの人は星を見上げてる時はいつも寂しそうだった。
あの向こうで待っててくれてるのかな、って。そう言って。
あの人は自分のことはあんまり話してくれなかったけど。大事な人たちがいたってことは、ぼくたちにも教えてくれた。
でも、どうしてひとりになってしまったのかは、結局最期まで聞けなかった。
「曇っちゃったね」
星は見えてるけど、少し前から月が雲に隠れてぼやけてる。
これじゃあノエルもキラキラしないから、ちょっと残念。
「そうだね、でも……」
吹き抜けていく風は、ノエルが隣にいるからか、さっきほど涼しく感じなかった。
空を見てたノエルはぼくをじっと見て、なんだか嬉しそうな顔をする。
「これもいいかなって、あたしは思うよ」
「そうなの?」
「うん、星もよく見えるもん」
そう言ってまた空を見上げるノエル。
その横顔を少し見てから、ぼくも顔を上げる。
ノエルの言う通り、さっきよりも明るく見えるかもしれないね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます