街を離れて
夕食もそこそこに眠ってしまったフランとノエルをベッドへと運ぶ。
よっぽど気疲れしたのだろうな、と。少し申し訳なく思う。
今日は初めてふたりを街へと連れて行った。
今までは私ひとりで買い出しに行っていたが、この先のことを考えると、ふたりにも街に慣れてもらわねばならない。
大きな街だから、もちろん同じものを売る店が何軒もある。その中から選んだ二軒は街の中でも奥の方だが、この店主なら大丈夫だろうと思った。
私がいなくなれば、フランとノエルはふたりで買い出しに行かねばならない。
人化族、ましてや子どもとなると、相手によっては冷遇される。それでも売ってもらえなかったりふっかけられるくらいならまだましだろうが。
今日ふたりに教えた店の店主たちは、おそらくそんなことはしないと思える人柄だった。
買い出し先を考え家の位置を決めた。
この場所にしたのはあの街に近すぎず、しかし日帰りで十分行ける位置だから。
大きな街の方がよくも悪くも周りの関心が薄い。安心して任せられる相手がいない以上は、たとえ後暗い部分を含むとしても、そういったところの方が余計なちょっかいをかけられずに済むだろう。
ふたりのことをよく知ってもらえれば、親身になってくれる人は必ずいるとは思うが。それを見極める目も時間も私にはない。
本当なら街の方が不自由なく暮らせるとわかっている。
こんな場所にふたりだけ置いていくことでこの先どんな苦労をかけるのか、想像に難くない。
しかし、人を信じられない私には、あのふたりを託す相手を見つけることができなかった。
暫くするとフランが起きてきた。
猫の姿のまま足元にすり寄るフランを抱き上げる。
「怖かったか?」
尋ねるが、返事はない。
膝に下ろすとそのままうずめるように顔を伏せてしまったフラン。その背を宥めるように撫でてやる。
町の片隅で冷たく凍え切っていたあの日の姿を思い出してしまい、温めるように背を撫で続けた。
「……ノエルには言わないでくれる?」
「ああ。言わないよ」
そのうち落ち着いたのか、見上げて心配そうに聞いてきたフランにそう返すと、安心したように金色の瞳を細めた。
「眠れそうか?」
「うん。ありがとう」
ベッドに連れていくと、フランはもぞもぞとノエルの傍で丸くなった。
もう一度その背を撫でてから、おやすみと声を掛けた。
翌朝、ノエルはスッキリとした顔で起きてきた。いつものように銀色の髪を梳きながら、昨日はどうだったかと問う。
「おっきくてびっくりした。ママといたのは、もっともっと小さい町だったから」
ノエルの母親は人化族ではなかったという。
突然人化した娘を、犬の身体で守り育てた母親。
一体どれだけの苦労があったのだろうかと、私には偲ぶことしかできないが。
それでもノエルがこれほど明るく素直に育ったのは、間違いなく母親の愛情があったからだと思えた。
「小さい町より怖いことも多いから気をつけるんだよ」
「うん。あたしがフランを守らないとね」
フランが怯えていることは、私が話すまでもなくノエルも感じ取っていた。
編みおわった髪を揺らして、ノエルが振り返る。
「大丈夫だよ。あたしたちはもうひとりじゃないもん」
こちらを見つめる青い瞳には、憂いなど微塵もなく。
ただ未来への希望だけが見えるようで。
「……ああ、そうだな。フランがいる」
そう答え、頭を撫でる私に。
あなたもいるよ、と。微笑んで告げるノエル。
すぐには返事をすることができずに、ただノエルを見つめ返す。
「どうしたの?」
きょとんと首を傾げるノエル。
このまっすぐな優しさに、フランも私も救われている。
「……いや。ありがとう」
もう一度頭を撫でると、ノエルは嬉しそうに笑った。
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