街から新緑の森へ(ノエル)

 今日は街でお買い物。久し振りの街だけど、相変わらず色と音に溢れてて、賑やかで楽しそう。

 フランとふたり、いつもの道を通っていつものお店にいく。

 犬の姿のあたしが全速力で丸一日走っても全部の道を通れないんじゃないかなって思うくらいおっきな街。せっかくだからほかの道も通ってみたいなって、本当は思うけど。

 フランは街が好きじゃないから。

 わがままは言わないよ。

 繋いだ手は冷たくて。フランの緊張が伝わってきてた。

 今日の目的地、日用品のお店は街の真ん中より向こう側。ちょっと歩かないとだね。

 お店はいい匂いがしたり、初めて見る物があったり。だめってわかってるけど、つい気になっちゃって歩くのが遅くなっちゃう。


「ノエル」

「あ、ごめんね」


 フランに心配かけちゃいけないよね。気をつけないと。





「おや、久し振りだね。いらっしゃい」


 開いたままのお店の入口から中を覗くと、すぐに優しい声がした。

 入口の正面に椅子を置いて、お店のおばあちゃんが座ってる。

 このおばあちゃんはいつもとっても優しくて、あたしは大好きなんだけど。フランは今も一歩引いたまま。

 フラン、あの人とあたし以外にはほとんど話さないからね。


「おはよう。お買い物に来たの」


 フランは黙ったままちょっと頭を下げた。


「あとね、これ、買ってもらえるかな?」


 おばあちゃんの隣の小さな台に、持ってきた荷物を置く。中は暖かくなってから狩った分の皮が入ってる。


「そうかい。じゃあ見させてもらうから、その間に店を見ておいで」

「はぁい」


 立ち上がったおばあちゃんは布包を開けて、一枚ずつ丁寧に見始めた。

 いくらで買ってもらえるのか見てもらってる間に、買いたいものを探していく。

 でも。どこに何を置いてるかなんて、あたしもフランももう覚えてる。お砂糖もお塩も小麦粉も、食べられる物が置いてある、入って左側の棚に全部並んでるし、右側には布とか桶とか本とか食べられないものがある。

 お砂糖と小麦粉と、お塩は一番小さい袋を取る。フランもあたしもあんまり濃い味は食べないもんね。


「これ」

「おや、早いねぇ。もう少し見てておくれ」


 台に買う物を置いたら、また店の中を見させてもらう。

 今度は反対側。あの人がいた頃はいい匂いのする泡で洗ってもらうこともあったけど、ふたりになってからはしてない。フランは洗われるのも嫌いだし、あたしを洗うのも濡れちゃうもんね。

 針と糸も家にはあるけど、あたしたちは服を着た姿に変われるからほとんど使わない。包む布を枝に引っ掛けちゃったりした時はフランが縫ってくれるんだけど、あの人みたいに上手くできないなって悲しそうな顔をする。

 フランはあの人がやってたことをたくさん覚えてるし、細かいことも得意だし、火だってナイフだって使えるのに。

 あたしにはできないから、できるフランはすごいって思うのに。

 あの人みたいに上手くできないって言ったり、あたしみたいに力が強くないって落ち込んだりするんだよね。

 全然そんなことないって、いつも言うんだけど。どうしたらわかってくれるのかな。




 おばあちゃんから皮を売ったお金をもらって、その中から買い物した代金を払う。

 銅貨が三枚余ったけど。寒くなる前にはまたたくさん買わないといけないから、取っておかないとね。


「じゃあ包んでおいたよ」


 おばあちゃんが持ってきた布に全部包んでくれた。包んでくれる手元をじっと覗き込んでたフランが、その声にさっとあたしの隣まで下がってくる。おばあちゃんが包むと中身が全然ガサゴソしないから、いつもフランはおばあちゃんがどうやって包んでるのか見てるんだよね。


「ああそうだ。ひとつずつ取っていいよ」


 おばあちゃんはお店の棚から瓶を取って、あたしたちの前で蓋を開けてくれた。

 中には白いまん丸の飴。

 あの人が、ついてきてくれたお礼だよって、いつも買ってくれてたもの。

 ふたりで来るようになってからは、おばあちゃんがおまけだよってくれるようになった。


「ありがとう」

「ありがとう……」


 それぞれ選んだ飴を、おばあちゃんはひとつずつ紙に包んで渡してくれた。




 森まで戻ってきたあたしたち。買ってきたものともらった飴を背中にくくりつけてもらう。


「重くない?」

「大丈夫。行こう」


 猫に戻ったフランと一緒に走り出す。

 あたしとは一歩の幅も走る速さも違うフラン。速すぎないように気をつけないとね。

 お昼にはまだ早い時間。森の中は涼しくも暑くもなくて気持ちいい。

 葉っぱの隙間がキラキラしてて。なんだか嬉しい。


「ねぇフラン」

「何」

「寄り道しようよ」


 隣を走るフランがあたしを見上げて笑った。

 そう言うと思ってたって、そんな顔してる。

 もちろんいいよって言ってくれたから。家につく少し手前で道を変えた。

 少し坂道だけど、慣れた道だから荷物を持ってても大丈夫。

 暫く走ると木の幹の向こうが明るくなる。

 最後の木の間を抜けると、ざぁっと風が抜けて。

 目の前に原っぱが広がった。




 見渡す限り、ではないけど、あたしが走り回れるくらいの広さのある原っぱはお気に入りの場所。

 この季節はお花がたくさん咲いてるから、逆に走りにくいんだけどね。

 荷物を下ろしてもらって、人の姿になって。フランと並んで座って、もらった飴を口に入れた。

 元の姿だとあたしはすぐに噛んじゃうし、フランには大きすぎるから。飴を食べる時はこの姿。

 ふたりして黙ったまま、甘いかたまりを口の中でコロコロする。

 あの人がくれた思い出の飴だけど。

 あの人がくれたものじゃないから。

 同じだけど違う飴。

 暑すぎないおひさまと、気持ちいい風と、きれいに晴れた空と。

 隣にフランがいるから。

 違う飴だけど、変わらないくらい美味しいよね。


「フラン」


 飴が小さくなって話せるようになったら、なんとなくフランの名前を呼びたくなった。


「あに」


 まだ話しにくそうなフラン。ちゃんと話せてないのが面白くて笑っちゃったら、ちょっと嫌そうな顔をされた。


「気持ちいいね」


 さっき笑っちゃったから、フランは答えてくれなかったけど。

 あたしを見る顔はもう拗ねてないよね。

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